1章 4 テンニン・ビオラ・ヒバリギ
4月9日1限目
サルビアは何の迷いもなく最後列の席につきそのまま机に突っ伏し眠りに落ちようとする。
「お隣いいですか?中隊長。」
そう言って隣に座ったのはいかにも聡明そうな、しかしながら優しさと少しばかりの天然によって構成されていそうな女生徒であった。
「俺が許可する前にもう座ってるじゃないか。それに誰が何処に座ろうと自由だろう。」
貴重な休憩を邪魔されて腹立たしいサルビアは少しきつく言う。
「もしかして……怒らせちゃいました?うふふっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。
あたしテンニン・ビオラ・ヒバリギって言います。
第2小隊長を任ぜられたのでご挨拶を、と思いまして。」
「挨拶か……確かに大事なことだ。
だけどね ヒバリギさん。時と場合をわきまえた行動も大事なんだ。
君の挨拶のおかげで俺の貴重な睡眠時間が大幅に減ってしまったではないか。
次からは俺が暇な時に来てくれたまえ。」
そんなことを言っているとチャイムが鳴り教師が入ってきて挨拶の号令がかかり礼をする。
「えぇ~ それでは歴史の授業を始める。教科書を開け。」
挨拶を済ませた後もサルビアは気だるげで心ここにあらずである。
「ジギリタスさん。歴史はお嫌いですか?」
その態度に嫌いな科目と思ったのかテンニンが聞いてくる。
だが、そんなテンニンの問いかけにもサルビアはあくびをしながら答える。
「歴史ねぇ……ふぁ~、歴史は好きだ。だけど歴史の授業は嫌い。これでいいかい?」
サルビアは端的かつ明確に答えを出して会話を終わらせようとする。
だがテンニンは質問を続ける。
「それは一体どういうことなのでしょう?好きなことを学べる授業は楽しいんじゃないんですか?」
「あのね、ヒバリギさん。君は『学ぶ』ということを勘違いしている。授業は『学ぶ』時間ではなく『押し付けられる』時間だよ。
ほんとに『学ぶ』っていうのは自分で調べて理解することであって先生や社会の言い分を鵜呑みにすることじゃない。」
「なるほど」と納得するテンニンを先生が当てる。
「では、ヒバリギ君。第一次侵攻戦においてヴァン小隊が行った最も有名な戦いを答えよ。」
「えっと……その……。」
テンニンは必死に教科書をめくるがサルビアとの会話に夢中だったため
無論 授業など聞いておらず、答えはおろか教科書のページすらもわかっていなかった。
教室は、こんなのも答えられないのか、と失笑に包まれる。
「……53ページ。」
テンニンに助け船を出したのは同じく授業を聞いていなかったはずのサルビア。
ちゃんと聞いてたんだ、と感心しつつ慌てて教科書53ページを開く。
「えっと、イングの撃破戦です。」
テンニンはなんとか先生からの質問を正解できほっとする。しかし、冷静に考えれば、サルビアは共に会話しながら授業を聞き、開いてもいない教科書のページを教えてくれたという事実に驚く。
すると、そのサルビアに質問が飛ぶ。
「ではジギリタス、イングの撃破戦の特出すべき点を答えよ。」
これは教科書に答えがない質問だ。教科書も開かないサルビアに対する先生の嫌がらせかあるいはサルビアへの腕試しであろう。
クラスの中でも歴史に強い数人が頭を抱えている。
サルビアはため息を一つつくと立ち上がり、
「イングの撃破戦はヴァン小隊48名にて、3個中隊300余名を打ち破ったことが名誉であり特出すべきところと言われています。 6倍もの兵力に対し、撤退せず果敢に戦ったからです。
このヴァン小隊の勝利によって敵の行軍は大幅に遅れ、友軍増援が到着、敵を撃破し前線を突破することが出来たと言われています。」
先生は悔しながらもその答えに首肯する。
しかしながら、サルビアは喋るのを止めない。
「ですが、“イングの撃破戦に特出すべきところはない ”と自分は考えます。」
この発言に教室は先生も含む全員のざわめきに包まれる。
「ジギリタス君。君は一体なにを。」
「イングの撃破戦は確かに約6倍の兵力差を覆した戦いです。ですが中身を見てみれば、3つに別れた部隊約100名ずつを合流前に各個撃破した戦いであり実際に戦ったのは兵力の2倍、しかも優位な地を取っての一方的な戦いでした。」
そこまで言うとサルビアは教室のみんなを見る。
「お前らは歴史を頭尾しか見ない。総数どれだけの兵と戦い、勝ったか負けたかしか見ない。
だけどね、本当に学ぶべきはどのように戦ったか。何故そうしたか。
ここにある。
それを無視した今の歴史の授業は英雄譚に変わりないんだよ。」
言いたいことを言ったサルビアは満足気に着席する。
教室は思いがけぬサルビアの発言への驚きと納得と困惑で静寂に包まれた。
その後もサルビアはあらゆる授業で持論を展開し生徒はおろか教員までも圧倒したことを付け加えておこう。