Episode 97
「シカさん……どうしましょう……。」
その横断歩道を渡り切った所でアンジュが突然切り出す。
「どうした?」
「あ~みんさんが付いて来てます。」
「はぁ?マジか!?何処だ?」
「後ろです。横断歩道の反対側に居ます。」
「この雑踏の中でも"聞こえる"のか?」
「あ~みんさんとはずっと一緒に居ました。だから特別なんです。どんな場所に居ても聞き分けられます。」
「もう特技を超えて超能力だな。しかし彼女もどうして俺達が分かったんだ?」
「恐らくあ~みんさんも同じで、私がどんな変装をしててもバレてしまうのかもしれません。」
向こうも超能力持ちかよ……。
「アンジュ……申し訳ないが……。」
「分かってます。このまま知らん顔して行きましょう。」
唇をキュッと噛んでいる。
その姿に俺の心も少し痛みを感じた。
幸いにも向こうの信号は赤。
このままそこの路地を曲がれば駐車場だ。
振り切れる。
「リカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
とても大きく響く声が交差点を駆け巡った。
それは力強く、しかし何処か無い物を絞り出す様な弱々しさも感じた。
俺の袖を掴んでる指にもより一層の力が入っている。
「頼む。振り向かないでくれ。」
「分かってます。分かってます…………。」
信号が青に変わっても追い掛けて来る気配は無い。
俺達が反応しない事で諦めたのだろうか?
駐車場に着きバイクをスタートさせる。
流石にこの暑さでは暖機も殆ど必要とせず、すぐにでも走り出せそうだ。
「シカさん。1つだけお願いを聞いてくれませんか?」
タンデムシートに乗り込んだアンジュが インターカム越しに話し掛けて来る。
「何だ?」
「出来ればあ~みんさんの側を通って帰って貰っても良いですか?少し顔を見るだけです。私達はヘルメットを被っていますし、顔はバレないと思うので。」
「…………。」
「お願いしますぅ!!」
まぁ確かに姿はもう見られてしまっているし、側を擦れ違うだけなら影響は無いか……。
「分かった。」
「やったぁー!ありがとうございます!!」
バイクを発進させると路地から通りへと左折する。
そのまま直進すれば名屋亜美が居る筈だ。
彼女はまだ横断歩道の先に居た。
それに何やら座り込んでいる。
大丈夫だろうか?鏑木会は付いてないのか?
「アンジュ。擦れ違うのは1瞬だ。余計な事はしないでくれよ?」
「はい……。」
分かっているのか?気の無い返事だ。
信号は丁度青へと変わり、このまま減速する事も無く擦れ違うだろう。
それでもアンジュの為に左車線を進んだ。
少しでも近くで見られる様に。
向こうもこちらをずっと見ている。
俺達の存在を疑ってはいるが、まだ確信を持てていないと言った表情。
無視して擦れ違えば彼女も勘違いだったと諦めるだろう。
本当に1秒にも満たない時間だった。名屋亜美の側を通り過ぎたのは。
しかしその瞬間にバイクは左に重心を取られるのを感じた。
そして大はしゃぎするかと思っていたアンジュは押し黙っている。
「なぁアンジュ?」
「…………。」
やっぱり何かしたに違いない。
まぁ周りに鏑木会の連中も見当たらなかったし、少しくらいなら許してやるか……。
「アンジュ?」
「…………。」
「大丈夫か?」
「…………。」
ハァ……どうしたもんか……。
「フルフェイスで泣かないでくれよ……。」
「だぁっでぇぇぇ!うぇぇぇぇぇん!あ~みんさん無事でホント良かったよぉぉぉぉぉ!!」
遂にアンジュは声を漏らして泣き始めた。
しかし中で泣いてたら涙を拭く事も出来ないじゃあないか……。
「ジュルジュルジュル!」
鼻水!鼻水!
「ふぇぇぇぇぇん!!」
俺はまたしてもこの涙を止める術を知らない。
だが止める必要は無い。今回も好きなだけ泣かせてあげよう。
だって大森麻衣の時とは違ってこれは"嬉し涙"なのだから…………。
「お帰り!無事で何よりだヨ。っっってアンジュどうしたの!!?目が腫れてるじゃないのヨ!!ユージーン!!オマエ何した!!?」
帰るなり俺はミディアに襟首を掴まれる。
「何もしてない!!」
「アハハー!ミディアさんシカさんは何もしてないですよーw 私が勝手に泣いていただけです。」
しかし掴まれてる襟首は離される気配が無い。
「泣かせる様な状況にしたのはユージーンの責任だヨ!」
「そんな無茶苦茶な……。」
「まぁまぁ姐さん。全て上手く行った様ですし、落ち着いて下さい。」
「フン!」
漸く解放される。
「アンジュ大丈夫?怪我とかしてない?」
「私は大丈夫です!でもシカさんが耳を……。」
「アイツはいつもどっか怪我してるからほっときゃ良いんだヨ。」
一仕事終わらせて来たと言うのにえらい言われ様だ。
「そんな酷い事言わないで下さいよー。」
「…………じゃガルディアン!消毒薬と包帯でも持って来てやんな!」
「分かりました。」
ディアンは救急箱を取りに向かう。
「ディアンさん!すみません……私も手伝います。!」
「それではよろしくお願いします。それと安心して下さい。姐さんも好きの裏返しであんな事言ってるだけですから。」
「ガルディアン!!?何か言ったかネ?」
「……行って来ます!!」
そそくさとオフィスを出た。
「ハァ……全く……。しかしバルトリや鏑木会も介入して来たって聞いた時はどうなる事かと思ったヨ。」
「まぁ何とかな……。その後名屋亜美の情報は入って来てるか?」
「どうやら鏑木会お抱えの病院に向かってるみたいだネ。怪我は無かった様だけど、映像でも結構憔悴してる感じに見えたし、一応検査するんじゃないかと思うヨ。」
「無事に保護して貰えた様だな。少し心配だったが。」
「まぁ大丈夫だヨ。何せアイツラ知り合いだしネ。」
「何!?やっぱりそうなのか??」
白ウサギは正しかった。
「あれ?言ってなかったっけ?彼女は神崎やユキムラと面識があるんだヨ。ワタシはてっきりユージーンは分かってて任せたのかと……。」
「聞いてないぞ!教えてくれよ。心配して損した気分だ。」
「まぁまぁ良いじゃないか。全て上手く行ったんだしネ!」
……それをさっき言われても怒ってたお前は何だったんだ。
噂をすれば白ウサギからの着信。
「やぁお疲れ様!無事に解決したみたいだね。」
「お前!楽しんでんだろ?」
「何の事だい?」
「別に俺がやらなくてもユキムラ達が全部解決してくれたんじゃあないか!」
「いやぁ僕には貴方の方が適任だと思ったんだけどねぇ。」
「お前…………シバく約束忘れんなよ?」
「ふふっ。どうやらそれは叶えてあげられそうにないな……。」
「何だって!?」
「気にしないでくれ。ともかくこれで僕の描いたシナリオは動き出した。」
「だからそのシナリオって何なんだ?」
「まぁ暫くは会う事は無いと思うけど、もしまた僕に会ったらその時はよろしく頼むよ。どんな"形"であれ……ね。だって僕達のパートナーシップはまだ継続中だから。」
「話を聞けよ。お前はいつも勝手だな……。」
「それじゃ元気でね!」
「え?おい!おま!!またそうやって一方的に!!!」
「…………。」
「おい!!!!」
通話は終了されていた。
「ウサギ野郎何だって?」
「さぁな……。アイツはいつも何をしたいのか分からないし、全てを達観した様な態度も癪に障るんだよ。」
「それはワタシも同意するヨ……。」
結局白ウザギは何がしたかったのだろうか……。
バルトリをぶっ潰すと言っていたが、こんなちっぽけな反撃で崩れる様な組織でもないしな。
それにアイツの言っていた"シナリオ"とは……?
「奴のみぞ知る……か。」
「何?」
「いや独り言だ。」
そしてドアがノックされる。
「シカさん!!戻りました!!!」
「兄さん。治療しましょう。」
2人が戻って来た。
いつものアンジュの屈託の無い笑顔に、心配顔のディアン。
またいくらか平和な日々を味わえるだろうか?
それは一時的で、偽りの物と分かってはいても些か期待してしまう。
この4人で……もう少しだけ…………。
――良かったね!
良かったのか……。
――これで良かったんだよきっと!
でもまだ根本的な事は何も解決しちゃあいないけどな。
――まぁゆっくりやりなよ!今は仲間も居る!
そうだな…………。
――じゃもう大丈夫だね?
え?何がだ?
――ぼくはもう行くよ!
何だそれ。
――だって……今の君にぼくはもう必要無いもん!
は?何を言ってる?
――本当は分かってるんでしょ?
…………。
――だから……元気でね!
…………。
――最後くらいもう少し爽やかに出来無いモンかな?
……あぁ。そうだな。今までサンキューな!相棒!
――どう致しまして相棒!
じゃあな!
――それじゃあね!
…………ありがとう……"プエラ"。