Episode 96
「そこで止まれ!お前等が監禁してる女を助けに来た。」
階段の陰から話しかける。
「Mierdaもしかしてシカリウスか!?何故こっちに!」
「あっちの2人ならとっくに殺して来た。俺を挑発した報いだ。」
「¡No puede ser!」
「大人しくそこの女を渡せばお前の命は助けてやる。さぁどうする?」
「そんな事は……Mierda……。」
「ならばお前にも死んで貰うしかなくなる。10数える内に降伏するんだ!」
突然見張りの男は後ろへ後退を始める。
「¡Mierda! ¡Mierda! ¡Mierda!」
テンパってんのか!?
逆に面倒くなっちまった。
「日本語分かるか?¡Renuncia!」
階段を上がり切り、遮蔽物を利用しながら追いかけた。
「あぁぁぁ!! ¡Mierda! ¡Mierda!」
見張りの男はこちらに向けて発砲して来る。
コイツ大丈夫か?
やってる事が無茶苦茶だ。
どうやら戦闘に関してはさっきのリーダーらしき男のワンマンチームらしいな、このチームは。
「今から10を数えるぞ。分かりやすくスペイン語で言ってやろうか?」
「¡Mierda!¡Mierda!」
銃の照準も全く合ってない。
「シカさん大変です!!裏口の方にこれは……ヤクザ屋さんでしょうか?見た目がそっち系の方達が……。」
もう来やがったか!
「特徴は分かるか?」
「はい、先頭の方は40代くらいのスーツ姿の男性です。周りの方達が居なければ見た目は普通のナイスミドルと言ったところでしょうか。」
「日本人か?」
「はいそうです。」
鏑木会だな。バルトリじゃあなくて良かったが……。
「今は裏口で皆さん待機してます。どうやら突入のタイミングを話し合ってます。ちょっと待って下さい…………ユキムラ。ユキムラさんと言う方がその方々の中にいらっしゃるみたいです。」
選りにも選ってユキムラかよ!
俺としては会いたくはないが……。
しかしそうか。今は神崎のチームに居るんだな。
「ありがとうアンジュ。もう見付からない場所に移動してくれ。」
「らじゃーです!」
さて……こうなったら白ウサギを信じるしかない。
どの道もう名屋亜美を連れ出す余裕は無くなった
それにユキムラなら他の奴よりは遥かに信用出来る。。
それならば奴に任せる方に賭けよう…………。
「Diez……Nueve……。」
カウントダウンを始める。
もはや俺がやらなくても何とかなるとは思うが、折角だから奴等への置き土産だ。
この場は俺が制圧させて貰う!
「¿Cómo... cómo es que llegué aquí?」
見張りは早口で自分の置かれている状況を嘆いている。
「Ocho……Siete……Seis……。」
カウントダウン中も滅茶苦茶に発砲を繰り返す。
いくら正確では無いと言ってもこれでは近付けない。
「Cinco……Cuatro……Tres……Dos……Uno……。」
そこまでカウントして俺はジイさんから買ったとある物を投げた。
カランカラン……。
「¡Cero!」
バァァァァァァァァァァァン!!!!!!
タイムアップに少し遅れて凄まじい爆発音が通路全体を包む。
そして出鱈目に行われていた射撃は収まった。
普通の人間ではその衝撃に抗う事は出来無い。そうスタングレネードには。
その爆発直後に俺は見張りの元へと走った。
蹲り防御態勢を取っているソイツに飛び掛かり、チョークスリーパーで絞めオトす。
あまり時間は無い。
きっとユキムラ達が今の音を聞いて突入してくるだろう。
急いで見張りを縛り上げると、俺は目の前の部屋のドアを開け中を確認する。
そこに名屋亜美は居た。彼女もまた部屋の中央付近で蹲りながら小刻み震えている。
無事か。
すまない……俺達で保護してやる事は出来無い。
だがユキムラが来るなら大丈夫だろう。
俺はドアを閉め、アンジュに連絡を取る。
「アンジュ聞こえるか?こっちは終わった。下の連中はどうだ??」
「シカさん!!?大きな音出すなら言って下さいよ!!!!まだ耳がキーンと……。」
「あぁ……すまない。」
耳が良いアンジュには余計に堪えたかもしれない。
「兎に角名屋亜美は無事だ。それから彼女の保護はそのヤクザの連中に任せる。だが安心してくれ、俺の知り合いだ。絶対に悪い事にはならない。しかし俺は今ソイツ等と鉢合わせる訳にはいかないんだ。どっちから下に向かえば良い?」
「えぇーっと……。ヤクザ屋さん達は左右の階段に分かれてそっちに向かってます。」
おい!俺は袋のネズミか!!
「逆にシカさんはエレベーター使って降りれば良いんじゃないですかね!」
そうか!その手があった!
俺は急いで通路の中央にあるリフトへと向かい、降下のボタンを連打した。
早く来てくれ!!!
昇って来る時間がやけに長く感じる。
もどかしさの中に居る俺は、左右をキョロキョロしながらボタンの連打を止める事が出来無い。
ポーン!
しかし俺の心配を余所にユキムラ達よりそれは早く到着してくれた。
慌てて乗り込むと、今度は地上階と閉のボタンを連打する。
ドアが完全に閉まりリフトが降下を始めると、俺は安堵の溜息を吐き、壁を背にその場にしゃがみ込んだ。
やれやれ……非常に疲れる1日だ。
「アンジュ今何処だ?俺は今下に向かっている。」
「はーい!じゃ私は1階のエレベーター前で待ってます!」
「分かった。合流したらすぐにこの場を去るぞ。」
「らじゃーです!!」
言葉通りアンジュは先に待っていた。
ドアが開くと満面の笑みで俺を迎える。
「完璧とはいかないけど、取りあえずミッションコンプリートかな?」
何方からでもなく、ハイタッチをする。
「あ~みんさんが無事に帰れるなら万事解決です!!」
「それじゃあ行こうか!」
「はい!!!」
俺達は秋葉原の街を並んで歩く。
夜も更けてきたが、観光地化が進んだこの街も、最近では人の往来が引っ切り無しに続く。
日本でも有数のオタクの聖地。その頂点に君臨する街だろう。
「何か不思議な気分ですw こうしてアキバを堂々と歩いているなんて。」
「どうしてだ?」
「私達はお世辞にも世間に知られてる存在とは言えませんが、ここアキバに限って言えば一応有名人なんですよ?w ですので声優がプライベートでアキバに来る事は大体の事務所で禁止されています。」
「色々大変なんだな。」
「いえ……好きでやっている事ですので……。でもこうして久々に何も気にする事無く歩いているのも気持ちが良いもんですね!w」
俺から切り出した訳ではないのに、何故かタブーに触れてしまった気持ちになる。
誤魔化してはいるが、やはり本来の仕事に戻りたいのだろう……。
「それより名屋亜美に会わせてあげられなくてすまなかった。」
「いえいえ!!!シカさんが謝る事じゃないですよ!私だって一応自分の状況は理解しているつもりです。」
いつもの笑顔には心なしか寂しさが漂う。
今回もきっとアンジュは我慢している。
この娘の性格だ。すぐにでも名屋亜美の元へ飛んで行って、互いの無事を喜び合いたいに違いない。
だがそれはさせてやれない。
特に今名屋亜美は鏑木会の連中と居る。
彼女だけなら未だしも、彼等にアンジュの存在を知られる訳にはいかない。
2人で人混みを掻き分けて歩く。
逸れない様にアンジュは俺の袖を掴み、バイクを置いた駐車場まで。
この交差点を渡ればもうすぐだ。