Episode 91
―*―*―*―*―*―*―*―*―
ハァ……どんな顔して会えば良いのだろう。
あんな啖呵を切っておきながら、たったの2日で出戻るなんて。
ゴーストタウンの様な通りを1人歩く。
どうせ俺がここに居る事も見てるんだろうな。
本当にこのまま逃げ出してしまいたいよ。
――『俺には俺の信念がある!!!』なんて言ってたのにね!
うるさい!しかもそんな意気揚々と言ってない!
――やっぱりそんな物はちっぽけな物なんだよ!
あぁ……確かに俺の意地なんてちっぽけな物さ。
――だから気にせず堂々と帰ったら良いよ!
でも何か気恥ずかしいじゃんか……。
――今晩ベッドに蹲ってジタバタしそうだね!
クソ……そういう事を言うなよ…………。
――まぁ君が出戻るのは言わば"責任"。今回の事件の原因の1つは間違いなく君だからね!
分かってる。
――だから罵られようが、殴られようが、しっかり解決しておいで!
言われるまでもない。
――ファイト!相棒!!
見知った裏口をいつもの様に開ける。
「ちわ~っす。」
何となく気不味さから某三河屋の様な挨拶をしてしまった。
そして次の瞬間には俺の顔面に鉄拳制裁が飛んで来る。
ガッ!!!
鈍い音と共にそれは見事に俺の左頬を捉えた。
「イテッ!!」
そのまま尻餅を搗く俺。
見上げる先には仁王立ちの怖い女性が1人。
何かデジャヴだ……。
「オマエ!またシカトしてただろ!!!」
メッセージの事だろうか。
それならすまない……。面倒臭がりなんだ。
「悪かった。」
「ハァ…………いつもの事だから仕方無いけど、オマエは今の状況を理解してるのか?」
「あぁ。一応全部聞いてる筈だ。」
「ワタシの古くからの知り合いが殺された事は?」
「…………すまない。」
「戻って来た理由は?」
「今組んでいる協力者にここに行けと言われてな。」
「それは名屋亜美を助け出す事でだよネ?」
「まぁ……そうなるな。」
「それならオマエに対する怒りはまだあるけど今は置いとくヨ。取りあえず皆待ってるから行こう。ユージーン。」
ミディアが立ち上がるのに手を貸してくれる。
「シカさん!!!きっと戻って来てくれると信じてました!」
ミディアのオフィスに入り1番に迎えてくれる屈託のない笑み。
1度は決別したこの笑顔にホッとする自分が居る。
嫌気すら感じてたんじゃあなかったか?俺は……。
「兄さん。お待ちしておりましたよ。さぁ昔の様に自分達で何とかしてやりましょう。」
目を輝かせるディアンに後ろで腕を組んでいるミディア。
昔と何も変わらない。小躍りしている珍妙な生物が加わっている事を除けば……。
「まぁともかくウサギ野郎からも連絡あったヨ。このオマエ宛のメッセージを解読して連絡くれってさ。」
ミディアが名屋亜美のライブ中継を見せる。
「これは…………?」
「どう?分かる?」
「…………全然分からん!!!」
「おい!!!!ふざけるなヨ?」
「待て待て!分からないのは俺のせいじゃあないだろ。向こうが勝手に送りつけてんだから。」
「まぁまぁ2人共!ちょっと落ち着いて考えましょう。」
「そうだネ。1個1個もう1度良く考えてみようか。」
「分かった。まずはSicarius。これは俺の事で恐らく間違いないだろう。ラテン語だ。次にMomentは英語で瞬間。Allvisは単に名前だな。北欧神話に同名のドワーフが出てくるが、関係あるかは分からん。Saucersは受け皿の複数形。これも英語。Mousedriverなどと言う単語は英語に存在しないが、素直に受取るならネズミの運転手。Tempesはフランス語だな。意味は寺院の複数形。最後のHoramもラテン語だ。時刻や時間を表す。」
「やはり意味に一貫性は無いですね……。」
「ワタシ達はさっきアナグラムじゃないかって考えてたんだけどネ。まずベース言語が分からないんだヨ。」
「ラテン語、英語、名前、英語、英語、フランス語、ラテン語。数で言ったら英語が多いんですが……。」
「本当に俺へのメッセージなのか???俺自身も解読出来無いぞ!」
3人で頭を抱える。
「最初と最後がラテン語なんですねぇ。それならいっその事全部ラテン語に変わっちゃえば良いのになw リバーシみたいに!」
1人相変わらず能天気なアンジュ。
しかしミディアはそこに反応する。
「え!?アンジュ何だって???」
「知らないんですか?リバーシ。両側を挟むと間のコマは全部自分の物に変わるやつです!子供の頃良く姉弟でやりましたよー。」
「それだヨ!!アナグラムで考えてても、Sicariusだけ既に明確な意味を持ってる事に違和感があったんだ!ベース言語はラテン語!それしか無いヨ!」
「何か取って付けた様な解読法だな。」
「いえ……試してみる価値はありますよ!」
「あれ!?私何かお役に立てましたか???」
「アンジュ出来したヨ!やっぱりウチの娘は天才なんだネ!」
いやまだ正解とは決まって無いだろ。
それにお前の娘じゃあない。
「そうと決まれば兄さんお願いします!」
「俺がアナグラム考えんの!?」
「この中でラテン語に詳しいのはオマエしかいないヨ?」
「クソ……面倒いな。」
「シカさん……あ~みんさんの為にお願いします!!」
そんな目で訴えられたら…………。
「ハァ……やってみるか。紙とペンをくれ。」
「はい!頑張ってネ!ユージーン。」
取りあえず文字をそのまま書き出し、頭の中で想像を膨らます。
アンジュの言った様にリバーシ形式なら、SicariusとHoramはそのままで、中の5単語の文字を入れ替え、ラテン語に変えてみる。
いくら知ってると言えど普段使う事も無いので、俺の知識もかなり曖昧だ。
結局5つ思い付くまで1時間以上は掛かってしまった。
「ほら!取りあえず出来たぞ。合ってるかは知らん。」
「どれどれ見せてヨ。」
「私も見たいです!!」
「兄さん解説お願いします。」
ハァ……やれやれだ。
「入れ替えで出来たのは……Montem、Vallis、Cerasus、Deversorium、Septemだ。」
「ふむふむ。では全部繋げると、シカリウス山谷桜宿7時。凄いですよ!!これ完全に正解じゃないですか!!?」
「これなら何か意味が繋がってる感じがするヨ!」
「シカさん凄いです!!」
「しかし……7時に何処かに来いと言うメッセージは分かるが何処だと思う?」
「山谷桜宿って名前の宿があるんかネ?」
「これは自分の個人的な見解ですが、台東区に山谷と呼ばれる地域が有ります。所謂ドヤ街ってヤツで、多くの安宿やゲストハウスが混在している筈です。そこの桜ホテルって意味じゃないでしょうか?」
「やるじゃないかガルディアン!それで決まりっぽいネ。」
「そんなホテルが存在すればの話ですが。」
「今マップで検索してみますねー。えぇっと…………桜ホテル…………ありました!!清川2丁目って所です!でももう潰れてしまってるみたいですね。」
「寂れたドヤ街の潰れたホテル。互いにおあつらえ向きって訳か……。」
メッセージは解読出来た。
「とにかくやりました!これ以上には無いくらいの答えですね。」
「今回はアンジュの活躍も大きいヨ。ありがとネ。」
「えへへー!やったぁ!褒められたぁ!よし!あ~みんさん!今助けに行きます!!待っててね!!!」
相手は様々な言語に詳しいらしいな。勿論日本語にも。
しかしいくらコードネームにラテン語を使っているからって、俺がラテン語を知ってるとは限らないだろ。
どういう意図でこんな暗号にしたんだ?
もし俺が解読出来無かったら?
きっと俺が行かなくても名屋亜美を殺して終わり。また新たなエサを探すのだろう。
状況からそんな非情さも感じる。
「どうするのユージーン?素直にその場所に行くつもり?ワタシは絶対に罠だと思うけどネ。」
「あぁ罠だろうな。でも行かなきゃならない。」
アンジュの顔をチラリと確認する。
折角戻ったのにアンジュを泣かせる訳にはいかない。
指定された時間まで約4時間。あれこれ考えてる時間もあまり無い。