Episode 89
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とあるアパートの1室。
薄暗い部屋には所狭しとPC関連の機材が詰め込まれているこの場所。
デスクに腰掛けている男とその背後から現れる男。
「お前か。こんな危険な方法で俺にコンタクトを取って。死にたいのか?」
「今晩は。でもそのお陰で貴方は来てくれた。」
「一体何の用なんだ?」
「僕は貴方にお願いしたい事がある。知っているかな?今国際通り周辺で何が起こっているか。」
「あぁ知っている。」
「いや知らないね。だってこのライブ中継が何だか知らないでしょ?」
「…………廃墟に女性が寝ている映像が何だ?」
「やっぱりね。この女性は名屋亜美。貴方を誘き出す為に監禁されている。」
「そんな女は知らん。俺には関係無い!」
「それが関係あるんだよ。だって彼女は堀井梨香の友人だからね。」
「何!?そう言えば大森麻衣が……。」
「ともかく巻き込まれてしまった様だね。」
「何が言いたいんだ?罠だと分かってて俺が助けてやる義理は無いぞ?」
「まぁそう言わずに。僕がそうしてあげたいんだ。」
「何故俺がお前の協力をしなければいけないんだ?」
「僕のハッキング能力は日本一……いや世界でも屈指の力があると自負している。」
「部屋を見るからにハッカーかクラッカーの類だしな。」
「Lepus Albusと言えば海外では有名なスクリーンネームさ。でも物理的な力は無い。だから貴方にお願いしたい。」
「俺は忙しいんだ。今は個人の依頼を受けている余裕は無い。」
「この件で既にミディアが動き出してると言ったら?」
「…………。」
「貴方はきっと関わらずにはいられない。だったら初めから僕と組んだほうが賢明だと思わないかい?」
「お前の目的は何だ?危険を犯してまでモヤシのハッカーが首を突っ込む事じゃあないだろ。」
「僕はねぇ……トミオカの恋人だった男だよ。」
「!!!」
「それに貴方が殺したエドアルドとも繋がりがあった。」
「本当に何でも知っているのか……。」
「何でもじゃないけどね。でもこれで分かったでしょ?僕と春鳥は因縁が深い。僕はアイツ等が嫌いなんだ。だからずっと機会を伺っていた。ぶっ潰す機会をね。」
「理由は分かった。しかし一介のハンター達を止めた所でバルトリに影響があるとは思えんが?」
「大丈夫。これは只のキッカケに過ぎない。もう全ての準備は終わっている。そこにやっと舞台が整い、幕を開けられるんだ。貴方の協力があればね。」
「言ってる事が分からないな。これだから頭のぶっ飛んでる奴は……。」
「貴方は何も気にせず今回の事件を解決してくれれば良い。そこで動き出したシナリオはもう止まらない。」
「お前のそのお遊戯に付き合えってか?御免だね。俺は俺のやり方で動く!お前を信用する要素も無いしな。」
「そうかい?僕は協力した方が上手く行くと思うけどな。それに貴方は僕が気になって仕方無くなるよ。ねぇ?御路多悠仁……?」
「テメェは…………。」
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パラダイムの惨劇から一夜明け、未だ名屋亜美救出の目処も立たないボラカイ。
深夜も過ぎた頃、彼女の監禁状況のライブ映像にはカウントダウンの様に減って行く時計が表示され始めた。
「これはやっぱりアレだよネ?」
ワタシのオフィスでガルディアンと只ひたすら映像とにらめっこをしている。
「それ以外無いでしょう。このまま正確に数字が減るなら0になるのは午後11時。それが処刑の時刻かと……。」
「コイツラ完全に喧嘩売ってるよネ?ユージーンだけじゃない。ウチも挑発されてるヨ。」
「ウチと言うより日本の裏業界全体にですね。」
中継配信を見る為のパスワードも一部ではあるが出回っており、ウチ個人の判断で鏑木会には既に情報提供している。
彼等お抱えのハッカー達に名屋亜美の居場所を探って貰う為。
「自分達のシマで余所者にこれだけの事やられたら、いくらバルトリと協力関係にあると言っても鏑木会は黙ってる訳にはいかない。それを分かっててやってるなら余程捕まらない自信があるんでしょう。」
「ワタシ達の情報網でも陰すら引っかからないしネ……。バルトリの動きは?」
「相変わらず関与は否定しています。しかし外国からの刺客の活動は活発化するばかりです。兄さんの懸賞金もまだ有効になってます。」
「あくまで無関係を貫いて止める気も無いってワケネ。」
「懸賞金もとある富豪個人からのと言う建前になっていますし、彼を調べてもバルトリとの関係性は出て来ません。」
「シラを切り通すからにはそれ程用意周到に準備している……か。」
「皆黒幕には気付いてはいますがね。証拠が無ければ誰も何も言えない。寧ろ裏社会では彼の様に立ち回れる人間が成り上がる。」
「まぁ……取りあえずバルトリの事は後回しだヨ。とにかく名屋亜美の救出が最優先。彼女までやられたらボラカイの名が廃るヨ!」
全く動かない彼女は実は死んでいると言う噂も流れたが、夜が明けて多少部屋も明るくなると、僅かだが彼女が呼吸しているのが確認出来た。
映像から怪我の類は見付けられず、手は縛られており、口元にはテープ。典型的な拘束状態。
拘束しなければいけない状況。つまりは名屋亜美はまだ自力で何か出来る元気な状態である事を伺わせる。
今は何かしらの方法で眠らされているだけ。それがウチラの結論。
現在時刻は午前11時を指している。猶予は丁度12時間……。