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Episode 8

「…………エドから聞いたのか?」


無言で頷くと、カイはキョロキョロと周りの人気を確認する。

心配しなくてもまだ人が彷徨(うろつ)く時間でもない。


「そうだな…………ドンはあなたを信用してるみたいだし、少しなら……。」

「頼む。」

「まず提携する組は古来よりの大手である"鏑木会(かぶらぎかい)"だ。今勢いのあるウチと、何かしらの協定を結んでおきたいのだろう。それに伴い、鏑木会系のとある芸能事務所が譲渡される予定だった。エドは提携の話のまとめ役に抜擢された。その芸能事務所にも、新しい筆頭株主という形で、顔を出していたらしい。」

「誰か関わりの深かった人物は分かるか?」

「いや……自分は担当ではなかったし、エドからもその事に関しては何も聞いていない。エドが関わった人物としては、鏑木会会長の"藤堂政一郎(とうどうせいいちろう)"か、相談役の"神崎司(かんざきつかさ)"。あとは傘下の組長だったり、その芸能事務所の社長とかだと思うが、ハッキリとは分からない。」


確かに大物揃いだ。だが決定打に欠ける。

エドアルドを裏切らせるだけの人物。だが俺の保護を必要とするほど後ろ盾が乏しい。

直接の関係者ではないのか?今となってはさっぱり分からん……。


「まぁまさか事務所譲渡の話をエドがブチ壊すとはねぇ……。」

「そうなのか?じゃあやはりその芸能事務所に関係する人物で間違いないな。」

「あなたには関係の無い事だと思うけど……。誰かを探しているのか?エドに何か言われたとか?」

「いや何だ。アレだ!タダの好奇心だ!エドアルドを変えた人物。それがどんな奴なのか……。お前は気になったりしないのか?」

「そりゃ気になるけど、きっと自分には計り知れない事情があったのだろうとは思う。」

「そうか……。じゃあ俺もこれ以上首を突っ込むのは止めにしよう。」

「おかしな人だな。他人の事なんてどうでも良いって感じの人だと思ってたのに。」

「ちと魔が差しただけさ。忘れてくれ。」

「了解。じゃもう行くけどいいか?」

「あぁ!それじゃあまた!」

Ciao(またな)!」


あの組織は挨拶が決まっているのだろうか……。

去って行く彼に右手を挙げ見送る。


仕事柄住処はいくつか用意している。ここから一番近い所はバイクで20分。そこでいいか…………。

愛車に火を入れながらふと考える。何故今だにエドアルドの事を気にしている自分がいるのか。

もう終わった事だ。彼のお願いとやらの詳細も結局分からず終い。


走らせてから住処のとあるアパートまではすぐだった。まだ明け方で道はガラガラだったからだ。

専用の駐輪場に止め、外階段で部屋に向かう。ドアを開けても"お帰り"を言ってくれる相手は居ない。

電気を点ける事もなく、すぐさまベッドに倒れ込む。


「シャワー……浴びなきゃな…………。」


独り言を放つが、全くその気は起こらない。


過ぎた事を考え過ぎるのは良くないが、やはり考えてしまう。

カイも言っていた。『エドは手当すれば生き永らえたかもしれない』と。

俺だって医者じゃあない。あの時の俺の判断は正しかったのだろうか……?

他にいくらでもエドアルドを助ける方法はあったのではないか?

『結果的には救ってくれた』そんな言葉は何故だか気持ちを楽にさせる。


それにしても『助ける方法』だぁ?俺も焼きが回ってきてるな……。

殺し屋が人助けを考えてしまうなんて……。


それに、もしカルロスが追いついて来なければ、俺はエドアルドをちゃんと捕まえられていたか?

あの時の俺の精神状態から考えて、見逃していた可能性は……?

もし見逃したとして、それがバレれば、マッテオから制裁を受けたのは俺だっただろう。


俺は時々利害に沿ったものとは別に動いてしまう。情に流された行動は身を滅ぼしかねない。


「もっと冷静に行動しなければ……。」


マッテオ達とは、次の仕事の後は間を空けるべきか……。

彼からの仕事は報酬は良いが、イマイチ乗り気になれない事が多い。


「今は金には困ってないしな~。」


さて今日は仕事の予定もない。ゆっくり寝ていよう。


「全く、やれやれだ……。」


意識は夢の中へと流れていく…………。



―*―*―*―*―*―*―*―*―



時は少し経ち、次の日の夜、マッテオの自宅。寝室にてマッテオはデスクに向かい、書類に目を通しながらウイスキーを飲んでいる。

その隣のベッドの上では、カリナが寝そべりながら、タブレットPCでインターネットを見ている。


「さっきから何をソワソワしてるんだ?」

「もうすぐネット上で、公式による女性声優人気投票の結果発表があんのよ。柄にもないキャラ作って頑張って来たんだから、きっとあたしが1位よ!」

「カリナは声優としては駆け出しなのに大丈夫なのか?」

「これは"新人女性声優"って括りの人気ランキングだし、グラビアの時よりもキモいオタク共に、あれだけ媚売ったんだから当然よね!」

「そんなものこだわらなくても、仕事が欲しければ取ってきてやるぞ?」

「それじゃダメなの!!!やっぱ実力で周りを蹴落とすのが快感なのよ!しかも前回別の人気投票で、キチガイのバカ女に1位を取られたから、今回は絶対に勝つ!」

「おぉ怖いねぇ。」

「そう言えばあのバカ女、確か芸協所属だったわよねえ……。邪魔が入らなければ、芸協はウチのものになっていたんでしょう?そうしたらどうにかしてやれたのに!!!エドワードだっけ?あのアホ!」

「その話なんだが……。」

「ちょっと待って!時間だわ!」


持っているタブレットで、すぐさまランキング発表のウェブサイトへと跳ぶ。


"NBH声魂(こえたま)ラジオ主催【今勢いのある新人若手女性声優の総選挙】"

サイトトップに掲げられたイベント名、そこをタップすると、ずらりと女性声優の写真が並んでいる。

ページ下の結果発表の入り口。時間通りすでに結果は出ているようだ。

カリナは自信に満ちた表情でそのページの読み込みを待つ。しかし次の瞬間にはまた別の表情へと変わるだろう。

堂々の1位として掲載されているその名は…………


堀井梨香(ほりいりか)


前回1位を取ったとされる名前がまたしてもそこにあった。

2位と圧倒的大差をつけての首位。絶対的人気を誇っている。

また、一言コメントも多数掲載されている。

"ハイテンション声優"

"ウザかわいい"

"動きがおもしろい"

"黙っていればかわいい?いいえしゃべっていてもかわいい"

"マジ天使"

などなど……。


そして、2位にはカリナの名前があった。が、明らかな敗北である。2位以下にはコメントも掲載されていない。

被選挙権は声魂ラジオに関わる声優に限定されているが、アニラジ業界において番組数、視聴率共にトップに君臨しているこの放送局の影響力は大きい。

3位までをBIG3などと称してはいるが、その扱いの差は明らかに王者を決めるためのモノだと覗える。

カリナは怒りのあまり、タブレットを枕元へ投げ捨てる。


「またあのキチガイ女…………ッッ!こんなの有り得ない!!!!そうよ!きっと枕したに違いないわ!!!!卑怯な奴ッ!!!」

「まぁまぁ落ち着いて……。別に声優なんてニッチなところで売れなくても、もっと大きな舞台を用意してあげるからさー。そうだ!モデルとかどう?カリナはスタイル魅力的だし、アメリカの方でも仕事あるぞ!」

「…………ダメよ。もう2回も負けたんだから、このままでは終われない!でもどうしたら……。」

「ふむ……その娘は芸協所属と言ったな…………。まだ鏑木会とのビジネス提携で、芸協の譲渡の話は続いているんだが。」

「じゃあウチのものになるのね??そしたらこの娘を"アレ"にやってよ!カマトトぶっているその化けの皮を剥がしてやるのよ!!!」

「まだ決定じゃないんだ。それにエドアルドがその話を、先方にリークしやがったからな。あちらさんはそんな事をさせるつもりは無いらしい。そのせいで提携の話もなくなりかけたし、まぁすぐに動くのはまず無理だろうな。」

「ッたく!もどかしいったらありゃしない…………。」

「しばらくは我慢しててくれよ……。」


カリナは不貞腐(ふてくさ)れたように一方的に押し黙った。

やれやれといった表情のマッテオは、ふぅーっとため息をつき、グラスの中の液体をグッと流し込む。

カリナの扱いをよく解っている彼は、落ち着くまでその沈黙に付き合うつもりだ。あわよくばそのまま眠りに落ちてくれることを期待している。喧嘩になった時もそうだが、翌日にはケロッとしている事が多い。

しかし今回の出来事は違った。彼女の劣等感は越えてはいけないラインを超え、それに伴う衝動は、彼女の元々壊れかけていたネジを遥か彼方に吹き飛ばす。


「…………ねぇ?あの女を殺してよ。」


さっきまでの感情的な口調から、悪意に満ちたものへと変貌する。

いや悪意と言うより、無機質な感情に近い。人が蚊を叩き、子供が蟻を踏み潰すような、目の前の邪魔なものをただ排除するだけの"作業"。

そこに道徳や哀れみの心は一切無い。

マッテオは一瞬鋭い眼差しを向けるが、すぐに親しみのある表情に戻り諭す。


「おいおい勘弁してくれよ……。オレのビジネスを壊す気かよ。」

「じゃあ殺さなくてもいいから、この業界から追い出してよ!」

「なるべくカリナの願いは聞いてあげたいと思ってる。でもオレのビジネスに直接影響がある事はしてあげられない。」

「ダメなの?たまにうちのタレントを売り捌いたりしてるじゃない!」

「そりゃあウチの所属はオレのもんだし、売ったり追い出したりはオレの自由だ。でもその娘はウチのもんでないし、手を出せる道理も名分もねぇ。」

「…………じゃあ逆に言えば道理が通ってれば良いわけね?」

「まぁそういう事になるけどなぁ……。」

「そしたらあたしに考えがあるの!」


カリナが彼女の考えた作戦を話すと、マッテオは少しニヤケ顔で、残っていた一滴を飲み干した。


「悪い子だ……。しかしそういうお前は嫌いじゃない。」


そうつぶやきながら、グラスを置きベッドへと向かう。双方が向き合いながら、同じような笑みを浮かべる。

主が去ったデスクの上にはまだ氷が溶け切っていないグラスと、幾つかの書類の束。

そのうちの一束の見出しにはこう書いてある。


【芸能協同組合の譲渡における所属タレントの処分計画書】

1章完

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