Episode 87
まず見えた光景は一面真っ白の霞がかった世界。
そして瞳に感じる鋭い痛み。
目が眩んでいる!!?
しまった!!!
オフィスの蛍光灯は煌々と光り、暗闇から侵入する者達の目に容赦なく突き刺さる。
ワタシは防衛本能から間髪入れずにその場に伏せた。
ピチャ……。
伏せる際に地面に突いた手が何か生暖かい液体に触れる。
ワタシは不快感を感じながらも必死に眼前に銃を構えた。
が、特に攻撃を受けることも無い。
そして突入から約2秒後には正常な光景を写し出す網膜。
ソイツはワタシの見たくなかった映像を齎した。
張…………。
変わり果てた姿にはなっているが見覚えのある金歯は変わらない。
ワタシの目前に倒れている張の死体。
「うっ!」
立ったままのガルディアンも短い喫驚の声を上げる。
ワタシも立ち上がり、全体を確認した。
辺り一面には従業員の死体も転がっている。
オフィスの床全体を覆っている夥しい量の血液。
各自破損した箇所から飛び出している臓器。
張に至っては額から入ったであろう銃弾が後頭部を完全に破壊し、脳髄は床に全て流れ出ていた。
腸が破れている者が居るのだろう。排泄物と血液の臭い。
それに加え、今日の気温と湿度はその異臭に拍車を掛けている。
「ここにはもう居ないみたいですね。」
地獄絵図。
「あぁそうだネ。」
ここにはもう"人"は居ないヨ……。
それでも奥へと進み、まだ見当たらぬ顔を探す。
それ程大きくもないオフィスで"元"彼女はすぐに見つかった。
デスクが並んだその先に仰向けに倒れている白にワインレッドのドレスを着ている女性。その色は変色した血の色だとすぐに分かる。
腹部は刃物の様な物で裂かれており、腸の大部分が飛び出してしまっていた。
オマケに額への1撃。張と同じく脳の中身も流れ出ている。
近くの吐瀉物から漂うまだ新しいツンとした刺激臭。
「ミーナ……。」
「姐さん。死体は従業員の数と一致します。どうやら皆殺しにされた様です。不幸中の幸いと言ってはなんですが、名屋亜美さんは居ません。」
何故こんな事に??
張…………アンタのせいだヨ。警告したじゃない!
ミーナだって身体1つで成り上がって来た頑張り屋だったのに!!
でも殺されちゃったらブン殴ってやる事も出来ないじゃないか……。
吐き気を催す店を出る。
「ガルディアン。遺体処理の手配をして貰えるかネ?キチンと弔ってやる条件で。」
「かしこまりました。」
「一旦ウチに戻るヨ。ハンター達の足取りを掴みたい。それに血で服も靴も汚れてしまったからネ。」
「はい。」
洗い流したかったのは血液よりも鼻腔に残る悪臭。
このままじゃ何を食べても吐いてしまいそうだヨ。
ボラカイに戻るとアンジュには要らぬ心配をさせない様に、自分の部屋とは別のシャワールームに入った。
まさか本当に直接手を出されるとは。
仲間が殺されたのは残念だけど、これで協力も得やすくなった。
原因であるバルトリは絶対に許さないヨ!!
シャワーを浴びて髪を乾かし、服を着替えてガルディアンを探すと、彼は既に食事の準備を始めていた。
「姐さん気分はどうです?食事は出来ますか?」
男はシャワーも支度も早いネ。
「あぁ大丈夫だヨ。また部屋に持って来てくれる?」
「かしこまりました。」
ハァ……アンジュにはなんて説明しよう。
名屋亜美は居なかったんだから、何も無かったと言えば良い。
それだけなのに…………。
「ミディアさん!何かありましたね!?」
部屋に入るなりワタシの体じゅうを弄るアンジュ。
この無垢で真剣な眼差しがワタシを動揺させる。
「だ……大丈夫。チョットした事件だったけど、アンジュのお友達も居なかったヨ。」
「そうじゃなくて!ミディアさんは危険な目に遭いませんでしたか?」
「……ありがとネ。ワタシ自身には何も無かったヨ。」
「それなら良かったですけど……。ミディアさんだって女の子なんですから!もし何かあって傷でも残ったら大変なんですよ!?その……結婚とか……///」
恥ずかしそうにする姿も可愛らしい。
女の子……か。
30過ぎた女に何を言ってるんだかネ。
それにこんな男勝りでガサツな女じゃ貰い手なんて居ないヨ。
いつ手に入れたのか、今日は日本のカレーを作ってくれた。
正直香りの強い物は有難い。
しかしアンジュに合わせて作った為か辛さ控えめの上、蜂蜜がたっぷりと入っている。
ワタシにはデザートを食べている様……。
アンジュの食べる量は相変わらずで、その様子はまるで大食い大会でも見ている気分にさせた。
でもハムスター宛らに口一杯に頬張る姿はワタシを癒す。
そんな寛ぎの一時をぶち壊す悪報が齎される。
「ミディアさん。電話なら私に気にせず出て下さい。」
ディスプレイに表示されている相手の名前を見て固まっているワタシにアンジュが気を使う。
相手はアドミン。
向こうから連絡して来るなんて……。
「ごめんネ。」
アンジュに軽い謝罪を入れ、溜息交じりに応答をタップした。
「出て頂くまでに随分と躊躇いがあった様にお見受けしますが?」
開口一番にこの言い草。
「そうだヨ。悪いかネ?アンタとは出来れば関わりたく無いのさ。」
「酷い言われ様ですね。折角あなた達に関わる情報を提供しようとしているのに。」
「アンタから情報提供だなんてどういう風の吹き回しかネ?料金ふんだくろうって寸法かい?」
「嫌だなぁ。純粋に助けてあげようって心遣いじゃないですか。まぁ私からと言うよりヒロさんからですが。」
「ヒロが?」
「はい。今回パラダイムの件は残念でした。私共もショックを受けています。」
ホントかネ……。
「そこでヒロさんが情報提供くらいは協力してやれと異例のお達しで……。」
「その情報とは何だネ?」
「まぁまぁ焦らないで。そこにPCはあります?」
「あぁあるヨ。」
デスクの上にあるPCを横目で見る。
「そうしましたら今から送るリンクをPCからアクセスして見て下さい。」
すぐにリンクは送られて来る。
「おかしなモノじゃないだろうネ!?」
アンジュも居るこの場で変なモノは見せられない。
「安心して下さい。リンク先にあるのは至って平穏な映像です。ある一点を除けば……。」
腑に落ちない点を残しながらも、早速PCからアクセスを試みる。
「私も見て大丈夫ですか?」
アンジュも好奇心からかデスクまで近寄って来た。
まぁ大丈夫だと思いたい……。
出て来たのはとあるユーザー投稿型の動画サイト。
しかし映像はロックされている。
「IDとパスワードが無いと見れないみたいだヨ?」
「辿り着きました?ではそれも今から送ります。」
一体ワタシ達に何を見せようって言うのヨ。
IDとパスワードを入れると映像が流れ始めた。
何の変哲も無い、廃墟の様に乱雑に物が散らかっている部屋の映像。
「それはライブ映像です。つまりは現在進行形でとある場所を映してます。」
「暗くて良く見えないヨ。ここが何だって言うの?」
「何か見えませんか?」
アンジュと2人で目を凝らす。
幽霊でも出て来るんかネ……。
「ミディアさん。パソコンの光量上げたら分かるんじゃないですか?」
「試してみようか。」
少しはマシにはなったが、映像自体が電気も付いてない場所を映している為、結局良く分からない。
でも何か画面の中央に…………。
「あ~みんさん!!!!」