Episode 84
今日中に出来る事は何でもやっておきたい。
クラブボラカイも敢えて開け、客の中から力になってくれそうな協力者を探す。
日頃仕事を与えてる蛇唆路や鬼棲街の住人から、有志でパトロール隊員も募った。
ウチの顧客のプロ達にも協力を呼び掛け、出来るだけ戦力を強化する。
とにかく守りを固めて先手を取らなければならない。
ワタシが求めているのは事後解決よりも事前予防。
過剰過ぎるという事は無い。相手が手出しを躊躇う程の防壁を築けば良い。
やるべき事は沢山ある。時間が足りない。
気付けばもう明け方になっていた。
「姐さん。少し寝た方が良いのでは?」
「そうも言ってられないヨ。今日明日が勝負だからネ。」
「しかし兄さんも派手に動き回って撹乱している様です。昨晩からの目撃情報も南は蒲田、東は錦糸町、それから赤羽や練馬などでも確認されています。もうそれ程心配しなくても良いかと。」
「確かに本人を直接追う者達はもうここには来ないかもネ。でもワタシが心配しているのは"周りから攻めるタイプ"なんだヨ。」
「情報屋達……ですか?」
「そうだネ。ここには情報屋も数多く居る。彼等の情報を狙って来るハンターも居ると思うヨ。特に……。」
「張…………。」
「あぁ。昨夜忠告はしたけど、アイツは目先の利益に目が眩むタイプだからネ。多分あの後もユージーンの情報を探っていたに違いない。」
「迷惑な奴ですね。」
「だけどそんなヤツも守るのがワタシ達だヨ。それが"ルール"であり"約束"でもあるからネ。」
「そうでした。相変わらず姐さんは立派ですね。お見逸れしました。」
「オマエそれ意味知ってて使ってる?白々しいのは嫌いだヨ!」
「失礼しました。」
「まぁ良い。ガルディアン……今日はアンタの方面を頼らせて貰っても良いかネ?。」
「もちろん自分は構いませんよ。」
「直接会いに行ける?」
「今日の今日ですか?」
「時間が限られているからネ。」
「そうですか……では今からアポイントメントを取ってみます。」
「急で悪いけどよろしくネ。」
「かしこまりました。」
「出来れば朝一から動きたい。だからガルディアンも少しは休んでおいてネ?」
「分かりました。少し休憩も頂きます。」
「はい。ホントにありがとネ…………。」
ガルディアンが去った後もワタシは手を休める事は出来無い。
パトロール隊の募集には現在数名の名乗りがあるが、彼等はヴィジランテと違い力は無い。
今日の夕方には開始出来ると思うけど、無茶はさせない様にしないと。
プロ達からの反応は無かった。
日頃ウチを利用しておきながら薄情な奴等だけど、大して金にならないという条件からプロとしての判断は正しい。
それにこれで構わない。ワタシ達の周りには確実に出来始めている防壁。
しかしこの日に状況は大きく動き出す。
7時過ぎにはガルディアンと共に店を出た。
彼も彼で顔は広く、独自のコネクションを築いている。ワタシも知らない人物へとアクセスするのが狙い。
「しかし姐さん。アポイントメントもそこそこに会いに行って協力を得るのは難しいんじゃ?」
向かう車中でガルディアンから当然の質問。
「いや……実際の所協力なんてのはどうでも良いんだヨ。」
「どういう事です?」
「ワタシ達の目的は各方面で噂になる事。ボラカイのミディアが何かしてるぞって噂だネ。」
「それがどんな形で作用するんですか?」
「今日はヤケに鈍いじゃないか。つまりは……ハンターって奴等は基本的に情報を頼りに獲物を追っているよネ?」
「はい。兄さんの目撃情報が出てしまったが為に、各々てんやわんやしてしまっていますもんね。」
「日本のルールが通用しないハンター達も情報や噂には敏感になる。業界内の最新トピックスの中で、もしウチが様々な所に協力を頼んでいるって噂になっていればどう?」
「噂が独り歩きしてウチがより強力になったと思わせるのが狙いですか?ともかく裏社会の注目は浴びますよね。」
「そういう事だヨ。アイツラだってアウトローだから目立つ事は避けたいよネ?」
「という事は……人々の関心が集まっているウチには手を出し辛くなる。」
「そう所謂これは情報防壁だヨ。ワタシ達は昔このやり方であそこを守って来たよネ?」
「確かに……。今では本当に自分達を守ってくれる人達が居て忘れていましたが。」
「実際の協力は二の次。ワタシ達に手を出すとヤバいと思わせる事が出来れば良いんだヨ。まぁハッタリだよネ。でも情報戦で勝つという事は戦争では最も重要な要素なんだヨ。」
「姐さん流石ですね!」
「そんな事無いヨ……。ワタシには力が無いから、周りに頼って、ハッタリかまして、そうして生き延びて来たんだ。」
「それでちゃんと皆を守って来たのですから立派ですよ……。」
ガルディアンは寂しそうに呟く。
でも本当の事。
鬼棲街の管理も出来て無ければ、少し攻撃の危機にあれば混乱するこの体たらく。
ワタシがここまで来れたのもユージーンが居たからだヨ…………。
ワタシはアジア系に強いけどガルディアンは中南米などに強い。
そこはバルトリとも深い繋がりがあるし、ハンターや殺し屋も多く居る。
今日はガルディアンに頼らせて貰う形。
その方面からの出国や入国管理の強化が出来れば万々歳。さっきも言った通り噂になるだけでも充分。
時刻は昼下がり。
午前から始まり、3軒目のエージェントと話している時に事態は急変した。
「それでは何も協力は得られないのですネ?」
「えぇ……申し訳ないのですが、お力になれそうな事は何も無いのです。」
「まぁ仕方がないよネ……。他に協力を得られそうな方をご存知ありませんか?」
「うーん…………。一応私共の方でも声を掛けられる所には掛けてみますが、急な話ですので期待はしないで頂きたいです。」
「ありがとうございます。」
「いえ、友人ガルディアンの頼みですからね。それに噂のミディアさんにお会い出来て光栄です。」
「それは大袈裟です。それにしてもガルディアンの奴遅いネ。」
ガルディアンは5分ほど前に連絡が入り席を立った。
「すみません戻りました。」
噂をすれば丁度戻って来た。
「姐さん、急いで戻らねばいけなくなりました。もう話の方は……?」
「あぁ今終わった所だヨ。どうしたんだい?血相変えて。」
「詳しくは車の中で。とにかく一刻も早く戻る必要があります。」
「…………何かあったんだネ?」
「はい。行きましょう!」
挨拶もそこそこに立ち上がる。
「改めてありがとうございました。」
「こちらこそお役に立てなくてごめんなさい。」
「すまない。慌ただしくて。」
ガルディアンは古い友人に声を掛ける。
「No te preocupes.」
「Gracias.」
「Todo irá bien!」
「Muchas gracias! Hasta la vista.」
「No! Hasta pronto!」
2人共笑顔で別れを告げる。
しかし車に乗り込んだガルディアンの表情はとても険しいモノへと変わっていた。