Episode 83
蛇唆路を抜けた後、ウチの店には戻らずとある場所へと向かった。
ネオンで彩られたそのエントランスは華やかと言うよりは下品な雰囲気を醸し出している。
「やっぱり営業してるネ。まぁ個人の自由ではあるけど。」
中に入るとロビーには数人の客が待機していた。
こんな時にまで……全く男って奴は!
まぁコイツラはまだ事情を知らないかもしれないけどネ……。
「ミーナは居るよネ?」
受付の男に問いただす。
「ミディアさん!?何のご用でしょうか?」
「良いから呼んでヨ。」
その時丁度ミーナがオフィスから顔を出す。
「げっ!!ミディア!何の用よ?まさかこの店を潰しに来たんじゃないだろうね!?」
ここは"パラダイム"。このミーナが経営する風俗店。
「今日の営業は控えるように通達した筈だけどネ。」
「お客さんが来る以上は私達は営業するわよ!とにかくオフィスで話しましょう。」
ロビーすぐ横のオフィスへと入り、急ごしらえのパイプ椅子に座らされる。
「コーヒーでも飲むかしら?」
「悪いけどゆっくりしている暇は無いんだヨ。」
「そう……。で用件は?」
「アンタ達もう亜美の件に関わるのは止めなさい。彼女にももう来ない様に伝わってる筈だから。」
「全ては筒抜けってワケね……。でも何で?今のこの状況が関係しているの?」
「アンタ達が知る必要は無いヨ。」
「原因はシカリウスよね?」
「止めなさい!!ホントに知らない方が良いんだ!命に関わるヨ?」
「あら怖い。でも直接忠告しに来てくれたって事は本当にそれだけヤバイんだね……。分かった。関わらない様にするわ。私も従業員が大事だしね。でも私とアミちゃんは連絡手段を持ってないの。私達の状況を知らない律儀なあの子は明日も来てしまうかもしれないわ。そしたら私からも忠告しとくから。それで止めるわ。」
「理解して貰って助かるヨ。後は張だけど……アイツ今どこに居るか知ってる?」
「いつものパターンだと"九龍"って中華料理屋に居ると思うけど。」
「分かった。ありがとネ。」
「いいえ~ミディアも頑張ってね!」
パラダイムから出て九龍へ向かう。
ここからは少し離れた中国系が集まってる場所。そこに九龍はある。
中国人も他人の忠告聞かない奴等だネ……。
中国系の店は全て営業している。
ワタシは溜息を吐きながら店内へと入った。
誰かさんのクセが完全に移っちゃったネ。
「張!!」
探し人はすぐに見つかった。
数人の仲間と卓を囲んでいる。
「うわっ!ミディア!!殺される様な事はまだしてないぞ!?」
どいつもコイツも…………。
ワタシはそんなに怖い存在なのかネ……。
「アンタに話があるだけだヨ。」
隣に勝手に座る。
「話って何だ?」
張は自分の椅子をワタシから遠ざける。
「まぁ警戒しないで聞いてヨ。簡単な話さ。今探っている事はとても危険だから止めなさいってだけだヨ。」
「春鳥とシカリウスか?」
「早い話がそうだネ。」
「危険な事は分かってるが金になりそうな案件だからな……。」
「全然分かってない!アンタの命だけじゃないんだヨ。アンタが情報を撒き散らすとストリートの皆にも危険が及ぶんだ!」
「しかしなぁ……簡単には諦められん件だし……。顧客も付いているんだ。」
「亜美ならもう来ないから安心して。」
「マジか……もうそこも手を回しているのかよ……。」
「とにかく!アンタが勝手に死ぬのはワタシはどうでも良いんだけど、周りに迷惑を掛けるのだけは止めてよネ。」
「チッ!分かったよ。仕方ない。」
口では言ってても納得してる顔じゃないネ。
張はまだ要注意だヨ。
「じゃよろしくお願いネ。ワタシは忙しいからもう行くヨ。」
「あぁ行ってくれ。お前が居ると酒がマズくならぁ。」
腹立つ奴!
オマエなんてその汚い金歯全部抜かれて死んじまえ!!
でも一々喧嘩する労力も無駄。
鬼の形相で睨みつけてから九龍を出る。
張は近くにあったトレーを構えて防御態勢を取っていた。
今度こそ一旦戻ろう。
ハァ…………精神的に疲れたヨ。
アンジュをモフモフして癒されないと……。
ディナーは何にしようかネ。好きな物は何だろう?
そう言えば朝御飯を凄い量食べていたけど、あれがあの娘には普通の量なのかネ。
…………。
ガルディアンに何か作って貰おう。
漸くボラカイヘと戻る。
「お帰りなさいませ。パラダイムと九龍にも行って来たんですね。」
「チョット忠告をしときたかったのが居てネ。アンジュは?」
「姐さんの部屋から出てないと思いますが。」
「そりゃ良かった。一緒にディナーを食べたい。アンジュの好きそうな物作ってヨ。」
「杏珠さんの好きそうな物……何でしょう?」
「何でもあるじゃない!ハンバーグとかカレーとか。」
あぁこれは日本の子供が好きな料理の代表だったネ……。
「我々の作るカレーは日本のと異なるのでハンバーグにしましょうか?」
「そうネ。あの娘には辛過ぎるかもネ。ハンバーグでお願い。」
「かしこまりました。出来ましたら部屋までお持ちします。」
「忙しいのにありがとネ。」
「いえお安い御用です。」
この笑顔、安心するヨ。
さっきまで邪悪なそれを見せられてたからネ。
さぁ部屋に戻ってもっと癒されよう。
「あ!ミディアさんお帰りなさぁい!!」
入って1番に飛びっきりの笑顔がワタシを迎えに走り寄って来る。
「あぁぁぁアンジュゥゥゥゥ!!!」
「うわ!!ミディアさんまたですか!」
その可愛さに思わず抱き付いた。
「さっきは人の事を散々に言う奴ばっかりで疲れたヨー!アンジュを撫でて癒し成分を補給しないとー!」
「私はペットですかぁー!!?」
「少しだけだからネ?お願い!」
「もぉー仕方ないですねー……。」
ペットか…………。
確かにそんな風に思ってしまっているかもネ。
気を付けるヨ。
一通り愛でた後に2人でディアンのハンバーグを食べる。
「ユージーンは何か作ってくれたりした?」
「ふぁい!モグモグモグ……ゴクッ!!いつも何か作って頂いてました!それに私の誕生日1日だったんですけど、色々作って下さって。シカさんのお料理はとぉっても美味しいです!!!」
「あらそうなの?もう遅いけどおめでとう!それは良かったネ。アイツは何故か料理が好きなのヨ。」
「ありがとうございます!料理好きなんですか!それであの腕前……。でももちろんディアンさんのお料理も美味しいですよ!それに味付けも何処と無くシカさんに似ていますね。」
「鋭いネ!ガルディアンはユージーンに影響されて料理を始めたんだヨ。」
「なるほど!それは似る訳ですねぇ。」
しかしやっぱりアンジュは大食いなんだネ。
ガルディアンも分かっていたのか、アンジュの分はワタシの2倍くらいの量があった。
それをペロリと平らげるんだから大したモンだヨ。
食後にアンジュが夜空が見たいと言い出したので、奥の寝室の窓を全開にして空を仰ぐ。
「どうしたのアンジュ?こんな淀んだ空なんか見たかったの?」
「ミディアさんは知りませんか?今日は七夕ですよ!」
七夕…………。
中国や日本などの極東アジアの風習だネ。
ワタシの国にはこんな風習は無かったヨ。
でも確か日本の言い伝えでは晴れてないと主役の2人は会えない筈。
「あぁ七夕だネ!知ってるヨ。でも今日は曇りで残念だネ。」
「私は……きっと2人は恥ずかしがり屋なんだと思ってますw」
「ん?どういう事かネ?」
「だって七夕って雨や曇りが多いじゃないですか。それだと織姫と彦星が会えるのは1年に1度どころか数年に1度になっちゃいます。それは悲し過ぎますよ。だからきっと2人で会う所を皆んなから見られるのが恥ずかしくて、雲で隠しちゃってるんだと思う事にしてます。」
「なるほどネ。ポジティブに考えるモンだネ!」
「そっちの方が夢があって良いですよねw」
「確かに!」
ホントに純粋で良い娘だネ。
やっぱりこんな娘他には居ないヨ。
そんな中、外はにわか雨が降り始める。
「あっ!!!やりましたよミディアさん!!!!」
「何がヨ???」
「七夕の日に雨が降ると、それは2人が会えた喜びで流す嬉し涙なんだそうですよ!!!」
「それはまた夢のある話だネ。」
「そうですよね!!?私も韓国人の友達に聞いたのですが、この韓国の俗説は大好きです!!」
全く……たかが空想の話なのに自分の事の様に喜んじゃって……。
「やったぁ!やったぁ!今年も2人は幸せだぁ!!!」
この笑顔を守らなきゃ。
ユージーンが居ない今ワタシが…………。
さぁ!!仕事に戻ろうかネ!!!