Episode 81
昔は慣れたモンだったこの雰囲気も、1度離れてしまうと不気味に感じるネ……。
女性1人で通りを歩く"異様"な光景に住人達が顔を出す。
「おい……女が1人だぞ!」
「她是誰?」
「Es peligroso.」
「家出娘にしちゃ随分と大人だが……。」
「What the heck is she!?」
「いや……あれはミディアだ。」
「Media!?」
「ミディアか!」
「ミディアさんじゃん!」
通りにまで降りて来てざわつき始める住人達。
今はアナタ達に構ってる暇は無いんだヨ。ごめんネ。
蛇唆路を抜け、向かう先は鬼棲街。
その入口は幾つかの路地に別れているが、各路地は彼方此方で違法工事が施され、中は迷路の様になっている。
ワタシはその中でもとあるビルへと一直線に通っている路地を選んだ。
「これはこれはミディアさん。お久しぶりですねぇ。護衛も付けずにお1人でどうしたんです?」
早速来たネ……。
目的地へと向かう途中で向こうから出迎えを受けた。
「アドミン……。ワタシがワザワザ来たって事は分かってるよネ?ヒロに会わせてヨ。」
「ヒロさんにですか?それは困りましたね。ヒロさんはあなたに直接は会いたくない筈ですから。」
満面の笑みで返される。
アドミン……ヴィジランテの幹部。
「そうでしょうネ。でもアンタ達が嫌でもワタシは行くけどネ。」
「まぁそう言うと思ってましたよ。あなたは私の言う事なんて昔から聞きませんでしたからね。勝手にどうぞ。」
笑みはニヤケ顔へと変わる。
ワタシはそのいつもの表情に寒気を感じながらアドミンの脇を擦り抜けた。
「そうそう!既にここにはあなたの事を知らない者も多い。目立った行動はお控え下さい。」
アドミンは振り返り、ワタシに向かって叫んだ。
「…………忠告どうも。」
食えない奴。
昔から何考えてるか分からない男だったヨ。
【ヴィジランテ】
元々はワタシと"アイツ"でこの街の治安改善や外敵から守る為に創った組織。
でもワタシ達が離れボラカイを設立した後は、その存在意義は変化し独り歩きしている。
それがこの街にとって良い事なんだと思いたいけどネ……。
アドミンに背を向け路地を真っ直ぐ進む。目指すはこの先に見えるこの街で1番高いビル。
知らない脇道が沢山出来ているネ。
ホントに絶えず変化してく街だヨ。
それでもあのビルへと向かう一本道は変わらない。
ここからは擦れ違う人間が増える。奥の住人は入口のとは違い活動的。
人々はワタシに好奇の目を向けている。
最低限のルールが出来てるとはいえ、まだ知らない者同士は奪い奪われの関係になる事が多い。
暫く進むと案の定3人の男達に絡まれる。
「こんばんは。見掛けない顔だね。アジア人?」
「女性が1人で出歩くなんて危ないなぁー。オレ達が守ってあげようか?」
「対価は貰うけど!」
お決まりの展開だネ……。
「もしもーし!?日本語分かる?中文?Tagalog?もしくはSinglish?」
男達に笑いが起こる。
この街でしっかりと日本語を話せる事はステータスの1つになっている。
階級など存在しない筈の街なのに、やはり母国語しか話せない者達は底辺の暮らしを強いられ、奪取される側にもなる。
日本人は殆ど存在せず、日本からも締め出された連中の上流言語が日本語なんて皮肉だよネ。
「全く……うるさいネ。臭い顔してオマエ達も日本人じゃないだろ!」
「何だと!?」
3人の中で1番ガタイの良い男がワタシを無理矢理掴んで引き止める。
その反動を利用し、ユージーンの時と同じ要領で相手の右手を後ろに捻り、膝の裏を蹴ってその場で跪かせる。
そしてコイツにはもう一手。隠し持っていたデリンジャーを後頭部に突き付けた。
「ワタシは時間が惜しいんだヨ。邪魔するなら遠慮無く殺すヨ?ここはそういう街だよネ?」
「うっ…………!」
「マジかよ……この女。」
途端にビビりだす。
当たり前よネ。
いくらこの街でも日本の中にある以上簡単に銃は手に入らない。
それにここの住人には密売銃は高過ぎるしネ。
持っているのは極1部の連中とヴィジランテの幹部達だけ。
「なぁ……分が悪くないか?」
「銃を持ってるしな……。話が違う。」
ハァ…………呆れるヨ。
「分かったらさっさと何処かに行きな!」
拘束してる男を解き放つ。
「これは相手が悪い。行くぞ!」
「お……おう。」
男達はそそくさと退散した。
全く!急がないと日が暮れちゃうヨ……。
とは言っても目的地はもう目の前。そこはヴィジランテの集会所。
建物も違法建築や増築を繰り返すこの街で、数少ない変わらないランドマーク的存在。
その古臭いビルへと入る。エントランスにはセキュリティの男達。
「ミディアさん!?何しに来たんですか?」
「ヒロに会いに来たに決まってる。居るよネ?最上階?」
「えぇいつもの場所に居ますが……。」
「ありがと。」
「ちょっとミディアさん!!!」
制止を無視してリフトに乗り込む。
古臭いリフトは壊れそうな音を立てながらワタシを最上階まで運んだ。
相変わらず荒れ放題の部屋を抜け、テラスに出る。
この階は半分が青空の下にあり、テラスと言うよりは屋上と呼ぶべきかもしれない。
その中で古ぼけたビーチチェアーの様な物に寝そべる男が1人。
「"バカと煙は高い所が好き"って諺知ってるかネ?」
アイツも……だったネ。
「ミディア……すぐそこでトラブルを起こしたな。何故ディアンを寄越さなかった?」
こちらに顔を向ける事も無くその男が答える。
【ヒロ・ワーシップ】
現在のヴィジランテのリーダー。
組織の強権化を推し進め、過度な暴力による治安維持も辞さない。
ワタシ達の初期構想とは大きく変わってしまったけど、鬼棲街の治安は更に向上した。
「さてネ……誰かさんが"差し向けた"からトラブルになったんだヨ。それにガルディアンは今日忙しいのさ。」
「…………何の用だ?」
「チョットウチがトラブルに巻き込まれそうでネ。出来ればアンタの協力も得たい所なんだヨ。」
「そんな下らん理由か。この街に下界の問題を持ち込むな。」
下界…………ネ。
昔は良い子だったのにこんな変わっちゃうモンなんだネ。
日本人とイギリス人のハーフで、同じ日本人ハーフのユージーンにあんなに懐いていたのに。
やっぱりあの事が…………。
「でもウチが荒らされればここにも影響が出るヨ。混乱の中でまたマフィア達が介入してくるかもしれない。」
「そうなれば只皆殺しにするだけだ。下界がどうなろうが知らん。」
やっぱりダメか……。
「このトラブルにはシカリウスが関わってるヨ。」
「…………。」
これも反応無しかネ……?
「ねぇ?アイツの為にも……。」
「アイツの為?何故オレが裏切り者の為に動かなきゃならない!?」
「アイツは裏切ってなんかいないヨ!もう分かっている筈だよネ?あの時はあぁするしか……。」
「それにここを見捨てたのなら裏切ったも同じだ。」
「見捨てただなんて……。だって現に今もここに迷惑が掛からない様にって1人で戦っているんだヨ!」
「黙れ!お前等がいくら言い訳しようがオレの恨みは変わらない。」
「ハァ……アンタって奴は身体と口調は一丁前になっても中身は子供の様だネ。」
「何とでも言うが良い。とにかくオレ達は協力などしない。無駄足だったな。」
「そう…………残念だヨ。」
そう言い置いたワタシは別れの挨拶もしないままその場を後にする。
ヒロは何やら寝そべったまま右手の平を暗みの増す曇天の空へと翳している。
ビルから出ると傾いた陽は建物に遮られ、辺りに淀んだ冥闇を齎していた。