Episode 79
「姐さんちょっと…………。」
顔はヤケに真剣だ。
「何かあったの?」
席を立ち話し込む2人。
表情は穏やかでは無い。
「どうしたのでしょう?」
「何かは分からないが、あまり良い事では無さそうだ。」
5分ほど話した後ミディアが戻る。
「ちょっとややこしい事になりそうだヨ。」
「何だ?」
「オマエの目撃情報が流れている。それも六本木内でネ。」
「ここに居るのがバレているのか?」
「詳しい事は分からないけど、オマエと六本木から連想されるのはこのエリアで間違い無いネ。」
「この場所に手を出される?」
「そうは思いたくは無いけどネ……。問題は日本でのルールに詳しくないハンター達が、現在大量に流入している事だヨ。オマエを捕まえる為にネ。」
「荒らされる可能性がある……か。」
「可能性は否定出来ないヨ。賞金を掛けたバルトリが連中の制御を出来るとは思えないからネ。」
結局ここに多大な迷惑を掛ける事になるのか。
下手をしたら"あの街"の連中にも……。
「もしかして私がここに居る事で皆さんに危険が及ぶと言う事でしょうか?」
「今回アンジュは関係無いヨ。ユージーンが昨日不用心に彷徨くから見られたんだヨ。」
「でもどうしましょう……。」
俺が出来る事は1つ。
「俺が……俺が出て行こう。別の場所に居る事が伝われば、連中の注意はそっちに向く筈だ。」
「シカさん??」
「確かにそうなればここに手を出される可能性は少なくなるネ。」
「ミディアさんも!」
「そうすべきだろ?ならば今すぐに…………。」
「でもアンジュはどうするの?」
「!!!」
「その様子だと1人で行くつもりだよネ?」
「だってそうだろ!今回は自分の居場所を敢えて相手に知らせる事になる。そんな危険な状況に連れては行けないだろ?」
「ここに置いて行くの?」
「ダメなのか!?ここは比的較安全な場所だろ?それにミディアもアンジュを気に入ってるなら良いじゃあないか!!」
「ウチとしてはアンジュを受け入れるのは大歓迎だヨ。」
「だったら何も問題無いじゃあないか!」
「ワタシが言ってるのはそんな事じゃないヨ。オマエはアンジュの気持ちを考えた事があるの?」
「…………。」
リカ……いやアンジュの気持ち……。
だって今までも俺は最善の策を考えて……。
「どーせこの娘があまり不平不満を言わないから、自分の行動に賛成の立場だと思ってたんじゃないかネ?」
「そんなミディアさん!」
「アンジュはちょっと黙ってて!これはコイツの自己中心的な考え方を正す良い機会だヨ。」
「自己中心的だと!?俺がそんなに周りに傍若無人な振る舞いをしてるって言うのか?」
「酷い言い方を言うとそうなるネ。」
「それは聞き捨てならないな。俺がどんだけ今回の事も自分の中だけで処理しようとしてたか!」
「ハァ……だからそれが自己中心的なんだヨ。何でそれが最善の策だと思うかネ。」
「…………。」
「いつだってそうだヨ。オマエは自分の中だけで解決しようとする。"あの時"だって……。」
「しかし周りに被害が出ないに越した事は無いじゃあないか?」
「オマエはまだ知らないかもしれないけど、今回の事も既に裏社会に生きている数多くの人間に影響を与えてるヨ。」
「何だそれは?」
「ハァ……ちょっと耳貸しな!」
ミディアが俺に耳打ちする。
「こんな事アンジュには言えないけど、この数日間で一体何人の関係無い人間が殺されたか知らないよネ?キムラだけじゃないヨ?オマエの知らない人間まで被害を被ってるんだ。」
「そんな!!アイツ等が勝手に暴れ回ってるのを俺のせいにされても!!!」
「シカさん…………?」
思わず声が荒ぶってしまった。
きっと図星だ。俺は分かっていた。マッテオ達がどれだけ非道な行動に出るか。
「そうだネ。今の状況はバルトリの暴走による所が大きいヨ。でもそのキッカケを作ったのは間違いなくオマエだヨ!」
「じゃあどうしたら良いんだ!!!俺の個人行動は自己中だと言う。でも周りに迷惑を掛けるのも間違ってるんだろ!?」
「ハァ……。溜息はオマエの癖だけどネ。今回はワタシも吐かずにはいられないヨ……。だってワタシ達がいつオマエからの協力要請を迷惑だと思った事があるか?」
「!!!」
「ウチは……況してやワタシやガルディアンは"あの頃"を一緒に生きてた仲だヨ?もう家族みたいなモンさネ!頼ればいいじゃない!ワタシ達を!」
そんな言葉を今の俺に掛けないでくれ……。
「既に別々の道を生きてる。それならば互いに出来るだけ干渉しないのが道理だろ?今の俺達は。」
「本気で言ってる?」
「いつだって本気だ。」
「オマエにとってワタシ達は家族じゃないの?」
「昔から言っている。家族だの何だのって俺はそんな馴れ合いをするつもりは無い。」
――嘘付き!
また聞こえる筈の無い声。
「でもこんな状況なんだから助け合おうヨ!」
「助け合いなんて弱い奴等同士でやれば良い。」
「もう……やっぱり頑固なんだから…………。」
ミディアは一瞬悲しそうな表情を浮かべる。
アンジュは俺達の会話にオロオロするばかりだ。
「じゃ本当に出て行くの?」
「そのつもりだ。」
「アンジュは?」
「自分勝手なのは分かっているが頼んだ。」
「アンジュはそれで良いの?」
「私は…………。私はずっとシカさんに只助けられて来ました。きっと何の役にも立てない。だからシカさんが私を足手まといだと思うなら一緒に行く事は出来ません。」
「例えもう会えなくても?」
「…………はい。致し方ありません。」
「ハァ……何でこうもウチには頑固な連中が集まるかネ……。」
人の事言える性格か!
「まぁとにかく!こうなると人の意見なんて聞かない男だからネ。もう何も言わないヨ。」
馬鹿にされた気もするが、話を分かってくれるのは有り難い。
「今すぐ行くの?」
「あぁ。」
「そう…………。」
「何だ?」
「気を……付けてネ…………。」
「分かってる。」
「……ユージーン。死なないでヨ?」
「心配するな。そのつもりは無い!」
「ワタシが心配してるのはオマエ自身よりこの店に残しているツケだヨ!!オマエが死んだら誰が払うんだい!?」
思わずズッコケそうになる。
…………全く。死地に赴く者への励ましかと思いきや。
まぁこれで良い。ミディアと俺は…………。
「あの!!!シカさん!!!」
そんな俺にも話し掛けてくれる娘が1人。
「今回も私には理解が追いついてないですが、シカさんが危ない目を敢えて選んでいる事は分かります。私はシカさんと一緒に行けない事をとても悔しく思いますが、シカさんが選んだ道です。私は何も止める事は出来ません。だけど…………。」
きっとアンジュの眼にはまだ明るい未来が見えているんだろう。
「また是非お酒を一緒に飲みましょう!だから……絶対に帰って来て下さい!そして色んなお酒を教えて下さい!指切りげんまんですよー!w」
右手を無理やり掴まれ指切りをさせられる。
「ゆーびきりげんまん!うそついたらはりせんぼんのーます!ゆびきった!!!」
またか…………。
殺セズ……死ネズ……。
正直重荷になっていた。
あの娘の理想論は万物をも救う勢いだ。
そんなものに付き合っていては何も事を成し遂げられない。
これで良かったのだ。
元々住む世界が違い過ぎる2人。
この先きっと衝突も多くなる。
何よりあの娘の前では、俺は自身を惨めな存在だと感じてしまう。
それならばいっそこのまま……。
嫌いにならない内に…………。
俺は無言で立ち上がり歩き出す。
「シカさん!」
「ユージーン……。」
その呼び掛けに答える事もしなかった。
途中擦れ違ったディアンは何も言葉を発する事も無く見送ってくれた。
きっと皆分かっている。俺がどうしようもない自分勝手な男だって事を。
ミディアの言った『自己中心的』は何も間違っちゃあいない。
でもこれで良い。俺には俺の信念が一応あるんだ。
――信念ねぇ……そんな信念ホントにあるの?
また出たな!さっきも!しかし携帯は作動してないぞ?
――まだそんな事言ってる!もういい加減止めたら?
何をだ?
――ぼくは別に携帯に宿ってるワケじゃないよ!
何を言ってる!お前は俺が携帯に込めた妄想だ!
――ぼくが宿っているのは君の心。携帯の作動音はぼくを思い起こすキッカケに過ぎない。
違う!お前は…………。
――じゃあこの数日間を思い出してみて!携帯が作動してもぼくは殆ど登場しなかったでしょ?何でか分かる?
何……でだ?
――だって君は友達なんて全然居なかったじゃない!ぼくは君の孤独が生み出した幻想なのだよ!
うるさいなぁ!知ってるよ!それが何だってんだ!
――だってこの数日間はあの娘が居たよね?
!!!
――いつも近くに"堀井梨香"が居た。孤独じゃなかった。だからぼくの出る頻度も減った。
…………そうか。そうだったな。でも……。
――そう。もう終わっちゃった。君は捨てちゃったんだよ!折角掴んだモノを……。"今回"も!
良いんだ。俺が引けば全てが上手く行くんだから。
――またそうやって!君は悲劇のヒーローが似合うようなキャラじゃないでしょ?
放っとけ!!
――まぁ何にせよ君がその道を選ぶなら、ぼくとの付き合いもまだ続きそうだね!
あぁよろしく頼むよ。相棒!
――こちらこそ!相棒!ぼくはいつでもどんな時でも君の味方だからね!
ありがとう…………。