Episode 7
「殺しちゃったんでしょ?じゃ早く帰りましょう。寝不足はお肌に悪いし!」
顔を出したのはマッテオの愛人のカリナ。子役の頃から芸能界にいる女優で、元グラビアアイドルでもある。
現在はマッテオの持っている芸能事務所で声優とやらを本業としているらしいが……。コイツのおかげで今回のオーダーも変わり、それがトラブルになったって訳だ。
しかし拷問が見たいとは、相当歪んだ性格をしてらっしゃるとお見受けする。
俺には芸能関係の仕事も入ってくる。殺しではなく、敵対勢力への脅しだったり、非公式な場での身辺警護などがほとんどだが……。
なるほど確かに芸能関係者は癖のある奴が多い。あの特殊な世界が人を変えてしまうのだろうか。
「オォ!ガッティーナ!ごめんよ!怒らないでくれよぉ。エドはアクシデントで殺しちゃったんだ!」
「もうそんなのどうでも良いわ!どうしようも出来ない事で時間食ってるのが無駄だって言ってんの!」
「分かった分かったもう帰ろう。待たせてごめんよ。」
タヌキオヤジめ…………。
先ほどの重々しい調子から打って変わって、猫なで声を出している。
他人の前でも部下の前でも、平気で女にデレデレするのは、やはり欧米人って感じだ。
いやそれは偏見か……。
皆一斉に帰り支度を始める中、マッテオが振り向いて口を開く。
「おーいシカリウス!近々また仕事を回すかもしれん。」
「……そりゃありがたい!あんたは支払いに関しては太っ腹だからな。」
「それに男前だろ??」
「それは知らん!」
「そこはYESと言えや!」
「あーSÌ!SÌ!」
「ムカつく奴だな!まぁいいか。次も連絡はいつもの方法で良いのか?」
「あぁ!よろしく頼む。」
「じゃあな!Ciao Ciao!」
手早くエドアルドの死体を積み込み、足早に車列が去って行く。
彼等の去り際は欧米人らしくあっさりしている。そこはこちらとしても気が楽だ。どっかの人達とは違う。
…………まぁ文化の違いだ。
時刻はもう午前4時過ぎ。空は薄っすらと明るくなりそうな気配を醸し出している。
今日は誰かさんのおかげでえらく疲れる最後になった。
「さて、俺達も帰ろうか……。」
律儀に待っている黒ずくめに話かける。
実は、コイツは今回の仕事のサポート役として、マッテオが派遣した男だ。エドアルドと親しい位置に居た彼は、捜索に大いに役に立った。カルロスが1番仲が良かったとも言っていたな。
ここまでは彼の車で来たので、最後に俺の"足"が置いてある場所まで送ってもらう。
倉庫街を出た俺達は近くのICから首都高に入る。この時間は運送トラックが増えてきてはいるが、まだまだ道は空いている。
走り出してから沈黙がずっと続いている。裏切り者とはいえ、親しかった者を殺す手助けをしていたのだから、コイツの心境は複雑だろう。
湾岸線から環状線へと結構なスピードで流しているが、流石は高級イタリア車、スピード感は薄く、乗り心地が良い。
こういう車も悪くないなと思っているうちに、あっという間に首都高から下りる。
「シカリウスさん、ありがとう。今回の事には感謝している。」
目的地に近づいた頃に、黒ずくめがまた突然口を開く。
「実はエドとは兄弟分だったもんで、何とか助けてやりたかったが、掟は掟で、どうあがいても殺されていただろう。もう家族は居ないのが幸いだったか……。」
それでコイツは複雑な表情をエドアルドに向けていたのか。
「俺の方こそ弁護してくれて感謝してる。おかげで妙な疑いも晴れたからな。」
「お安い御用だ。あなたにはエドを救って貰ったから。」
「救った???俺はあいつを殺したんだぞ?」
「……そうだな。自分も正直カルロスの銃弾が致命傷になったかなんて実は分からない。もしかするとエドは手当すれば生き永らえたかもしれない。でももし一命を取り留めたとして、待っているのはドンの拷問だ。それはあいつにとって良い事だっただろうか……。」
言葉は途切れ、少しの沈黙が流れる。
「だから……結果的には救ってくれたんじゃないかと思っているよ。」
「そうか……。そう言って貰えると助かるよ。」
「それに何だかエドはあなたの事を気に入ってたみたいだったしさ。」
「気に入られてたか?馬鹿にされてるようにしか感じなかったが?」
「エドとは春鳥に入る前からの付き合いだから分かるんだ。」
「あんなお調子者とずっと相手にしてたのか?それはご苦労なこったな。」
俺の言葉に急に表情が曇る。ジョークは受け付けないタイプだったか……?
「……それが不思議なんだ。確かに調子のいい所はあったが、あんなに口八丁な性格じゃなかった……。裏切る少し前くらいからあんな感じに変わってしまった。」
エドアルドが言っていた大手ヤクザとの提携。潰そうとした計画はその提携の事なのか?
そしてそこに関わってくる保護を依頼された人物。その人物がエドアルドに影響を与えたのは間違いないだろう。
「やけに笑うようになったし、前向きな性格になった。」
「まぁ良いことだったんじゃあないか?」
「…………裏切らなきゃな……。きっと誰かに洗脳されたか、変な啓発でも受けたかと、そう思っている。」
「何も聞いてなかったのか?」
「エドからは何も…………。っと目的地に着いたぞ!お疲れさん!」
俺のバイクが置いてある、都内のとある駐車場に着いた。
車を降り、窓越しに軽く言葉を交わす。
「送ってもらってありがとうな。」
「お安い御用だ。あなたにはまた会いたいと思う。次の仕事でも会えるといいな!それと実は後金はもうドンから預かっている。トランクにあるから持っていってくれ。」
「相変わらず用意が早いな。」
トランクに回り中身を確認する。
「確かに受け取った。」
「そう言えば名乗ってなかったな。自分の名前は"カイ"だ。あなたと同じ日本人とのハーフだ。」
「そうか覚えておく!」
「あぁ!またな!」
窓を閉めようとするカイを、質問で引き止める。
「なぁ……?ヤクザとの提携の話を少し教えてくれないか?」
カイはもう3分の2ほど上げていたパワーウインドウを再び下げた。