Episode 76
リカと仮眠室を目指す。
『階段上がってすぐの左手の部屋です。』
ディアンはそう言っていた。
ボラカイは3階建てに造られているが、俺も詳しくは知らない。
分かるのは店となっている地上階と、3階にあるミディアの部屋くらいだ。
「ここみたいですね!」
部屋はすぐに見付かった。
しかし入ってすぐに頭を抱える事案が発生する。
「これは…………。」
「あら……どうしましょう…………。」
ディアンの奴……。露骨過ぎるぞ!
そこには2つ寄り添うように並べられたベッドがあった。
「ちょっと文句言って来る。」
「でも……お世話になる身で文句なんて言ったら申し訳無いですよ。」
相変わらず律儀だなリカは。
ワザとやられてるのに。
「ハァ……仕方無い。俺は下の店のソファーで寝るからリカはここで寝てくれ。」
そう言って出て行こうとする俺の袖をリカが掴む。
「そんなダメです!私分かっています。シカさん……私に遠慮して最近キチンとした場所で寝れていませんよね?今まで誤魔化されて来ましたが、今度はシカさんがしっかりと休息を取る番です。私が下に行きます!」
「それは出来ない!こう見えても女性を差し置いて自分が楽しようとする様な教育は受けてないからな。」
「でも私はシカさんがソファーで寝るのは反対します!」
「俺はリカがソファーで寝るのを反対する!」
まるでチャンネル争奪戦をしている子供の様に睨み合う。
「じゃーここで一緒に寝ましょう!」
「はい?何を言っとるんだ??」
「2人の意見を尊重するとそうなりますよね?w」
「しかしだな…………。」
「大丈夫ですよ!一応ベッドは2つに分かれてはいますし、今までだって同じ空間で寝てた事もあるじゃないですか!」
いや……これは距離が近過ぎるだろ。
「シカさんが気にしないなら私は全然気にしないですよ?何てったってシカさんは私の恩人ですし、信用しています!」
無邪気な笑顔でリカは言い切る。
「…………。」
全く…………。
俺達は並んでいるベッドへとそれぞれ横になった。
気恥ずかしさのせいか、互いに背中を向けている。
それでもいつもより若干速く鼓動を刻んでいる俺の心臓。
何故年端も行かぬ娘に振り回されているのだろうか……。
いや……成人しているんだった。
これが素なら天然ジゴロだ。
おかしい……。
クーラーは効いている筈なのにヤケに汗を掻く。
熱帯夜の弊害なのか?それとも……。
悶々とした俺の心情を余所に隣からは早くも寝息が聞こえ始めた。
いくらワクと言っても、流石にあれだけ飲めばアルコールが効いていたのだろう。
まぁこれで俺も変に意識する事も無く休める。
ベッドで寝る事自体久々だ。確かに歳の所為か、身体の彼方此方にはガタが来ている。
今晩くらいは緊張を解いてゆっくり寝るとしよう。
明日からの事は…………。
ゴチャゴチャ考える始めるより以前に、疲れ切った身体は深い闇へと落ちて行った…………。
次の瞬間に俺はハッと目が覚めた。
起きる前の記憶が曖昧だ。警戒を始める。
見慣れない部屋……見慣れないベッド……俺は何をしていたっけ……?
隣には並んだもう1つの無人のベッド。それを見た瞬間に昨夜の事が一気にフラッシュバックした。
リカが居ない……。
腕時計を確認すると、とっくに昼を過ぎていた。
何時間寝たんだ?
それにリカが起きた気配に全く気付かなかったとは……。
どうやら久々に熟睡してしまったらしい。
この場所が俺を安心させたのだろう。
ノソノソと階下へと降りると、昨晩のパーティ騒ぎは嘘の様に片付いていた。
もう床で寝ている人間も居ない。
「お早うございます兄さん。ゆっくりお休みになられた様で。昨夜ハッスルされたせいですか?」
早速ディアンと遭遇する。
「お前はTeenagersみたいな事を言うんだな。」
「冗談ですよ。しかし何も無かったなんて兄さん悟りでも開いたのですか?」
「放っとけ!」
ニヤニヤしてやがる。
こんな奴だったっけか……。
「それはそうと、食事の用意も出来てますが召し上がりますか?」
「いや今はいい。それよりリカは何処に居る?」
「姐さんと部屋で何かしている様ですが……。後で兄さんも呼ぶ様に言われています。」
「そうか。なら今行こう。」
今度は逆に3階へと向かう。ミディアの部屋へ。
ドアの前に到着するとそこで立ち止まる。
普段ならあまり気にせず入って行くのだが、今日はノックくらいした方が良いだろうか?
中で着替えでもしていて"キャー!"なんて叫ばれる展開は俺も御免被りたい。
この物語はラブコメじゃあないんだ。
コンコンコン
堅い木のドアは綺麗なノック音を響かせる。
「誰ー?」
「俺だ。」
「いいヨ!入ってー!」
「お邪魔しまーす……。」
何となくその言葉が口から出る。
ドアを開けて中に入ると、すぐに何か薬品の香りが鼻を突いた。
「随分長く寝ていたネ。リカは今髪を洗ってるからちょっと待っててヨ。」
ミディアの部屋は居住出来る1LDKの形となっている。
入ってすぐがリビングルームと隣接されたキッチン。その奥のドアを入るとベッドルームとバスルームがある。
俺も奥には入った事は無い。
「お前達随分仲良くなったんだな。昨日は化けの皮を剥いでやるとか言ってなかったか?」
「そんな事言ったっけ?」
コイツ…………。
「えらく早い変わり様だな。」
「だってー!あんな可愛い生物見た事無いヨ。何処で見付けたのヨ!」
捨て猫でも拾った様な言い草だ。
「まぁ俺としても仲が悪いより良い方が都合が良い。それより何だこの匂いは?何をしてたんだ?」
「リカの改造をしていたんだヨ。」
改造だと!?
「俺達はショッカーとでも戦うのか?」
「ハァ!?何言ってんだヨ。」
ミディアに日本の冗談は通じなかったな。
「いや何でも無い……。」
「何だヨ。まぁ良いネ。昨日のリカの変装はちょっと酷過ぎると思ってネ。」
「そうか?いつもアレだったぞ?」
「だからネ!どの世界にマスクとサングラスとニット帽で変装するプロが居るのヨ!そんなの"変装してます"って言ってる様なもんだヨ!?」
「そんな事言われても……俺も変装する時は服を着替えるくらいだったからなぁ。特に女性はどうして良いか分からん。」
「だからワタシが改造してあげたのヨ。女の子はネ、少しイジってあげれば驚く程綺麗になるもんだヨ。でもリカは元から可愛いけどネ!」
ベタ惚れじゃあないですかー!
「ミディアさーん!!この後どうしたら良いですかー???」
その時丁度リカの叫ぶ声が聞こえた。
「はーい!今行くヨー!!」
答えたミディアがこちらを睨む。
「覗くなヨ?」
「…………興味無いね!」
手をシッシッと払って送り出す。
1人になったリビングルームを改めて見渡すと、何とも味気の無い部屋である。
最低限生活する為の物しか置いてない。
基本的には客を受け入れる事も想定外なのか、茶を出された事も無い。
凡そ女らしさの欠片も見えないその部屋は、所有者であるミディアのズボラさを物語っている。
人にはお節介焼きの癖に、自分の事となると相当な面倒臭がりだ。