Episode 74
「兄さんが出た後、自分も呼ばれて最初はオフィスで話をしてました。姐さんは梨香さんの本性を引き出してやろうと躍起になってたみたいですが、その……何と言うか……梨香さんってずっとテンション高くて意味不明で掴み所が無いと言いますか…………。」
あぁ……何が言いたいか分かるぞ。俺はもう10日以上も一緒に居るからな……。
「ミディアさん!?変なトコ触らないで下さいぃぃ!!」
「良いじゃないのヨ……ヒック!悪い様にはしないからぁ……ヒック!」
未だ絡み合っている2人。
「とにかく姐さんが何を言ってもずっと笑顔で受け答えしていたもんですから、姐さんも敵意から得体の知れない物を相手にしている気持ちに変わった様で、今度は酒を飲ませて本性を聞き出すと、お店まで閉めて酒盛りを始めたんです。」
「リカに飲ませたのか!?」
「えぇ。ですが聞いて下さい兄さん。梨香さんめちゃくちゃワクなんです……。」
ワクとは……?初めて聞く言葉だ。
「酒は初めて飲んだ様で、でもいくら飲んでも全く酔っ払わない。そこで姐さんが面白がって従業員と飲み比べをさせ始めて、気付けば全員ノックアウトでした。」
皆が転がっている状況はそういう事か。
「このままじゃ終われないと今度は姐さん自ら勝負しだして。姐さんも随分なザルですから、もう既にかなり飲まれていた梨香さんには分が無いかと思いきや、姐さんもこんな状態にされる程のワクで……。」
成る程。大酒飲みの事をザルと言うが、その更に上をワクと言うんだな。
少しでも引っ掛かりのあるザルに対して、通過するだけの本当に只の枠。
日本語のスラングも中々面白い。
しかし水商売で働いていると色々な日本語を覚えるな。コイツはもう半分日本人の俺より知ってるんじゃあないか?
「確かにここまで酔ってるミディアも珍しいが、だからと言って敵意が反転するか?」
「えぇ……それに関しては酔ってるからでは無く、姐さんは本当に梨香さんの事を好きになったのだと思います。」
え???
「姐さんに酒が入って口調に棘が無くなってきたせいか、梨香さんもここ数日の事をキチンと話してくれる様になりました。確かに惨憺たる状況だったかもしれません。ですが、自分達はそんな事に同情出来る様な人間でもありません。もっと悲惨な人生を数多く見て来たからです。兄さんだって…………。」
「回りくどいぞ!今の話に俺は関係ないだろ?」
「そうですね……。結論から言うと、姐さんが梨香さんを気に入ったのはその"心意気"だと思います。」
心意気?
「まず驚いたのが梨香さんの話の中で恨み辛みや、更には誰かの悪口も一切口にしなかった事です。寧ろ巻き込んでしまった人達への謝罪や、兄さんを含む助けられた方々への感謝。剰えバルトリに対しても感謝していましたよ。『夢の1つを実現させてくれた』と……。それも終始笑顔で。」
そう言えば、俺も未だリカが個人的な不満を漏らす場面さえ見た事が無い。
「そう……梨香さんが放つ言葉には他者に対する"負"の要素が微塵も見当たらないんです。自分も恐らく姐さんもこんな人物には出会った事が無い。こんなにも人との出会いが多い環境に居るのに。」
確かにリカのキャラは唯一無二だ。こんなのが沢山居たら世界は大事だろう。
「梨香さんの性格を理解出来ると、今までの不可思議な行動や、意味不明な言動も、他人を気遣ってやっている事だと理解出来ます。」
俺もそんな事を思っていたが、果たしてあの娘はそこまで考えているのだろうか……?
「酒の席では少なからず皆本性を曝け出す。姐さんの持論ですが、自分もそれには賛成です。そしてその席でそれだけの徹底した心意気を魅せた梨香さんは、姐さんの心を大きく動かした事でしょう。」
それは心意気と呼べる物なのか疑問も残るが。
「後は簡単です。一度梨香さんを受け入れてしまうとあのキャラクター性ですから、姐さんもその一挙手一投足までも可愛く見えて来た様で。かく言う自分も……もう梨香さんのファンになってしまいました。」
「マジか?」
「マジです。」
全く…………。まさかコイツ等までリカの術中に嵌まるとは。
「そこから姐さんは飲んで飲ませてあんな状態に……。しかし梨香さんは全然変わらないのが凄いです。」
ハァ……コイツ等は何をやってるんだか。
「リィィカァァァちゃぁぁぁぁん……ヒック!もうあんな鈍感な奴放っといて……ヒック!ウチで働きなヨ……ヒック!ネ???」
「ミディアサン……タイジュウガスゴクカカッテル…………。」
「おい!いい加減にしてやれよ。」
ミディアをリカから引剥した。
「何ヨ!!!人に散々心配掛ける甲斐性無しのクセにぃ……ヒック!」
「分かった分かった!ごめんごめん!しかし未成年のリカに酒を飲ますなよ。アルコール耐性があったから良かったものの……。」
「良いじゃないのヨ……ヒック!少しくらい……ヒック!」
これが少しくらいの量なもんか。
目の前の空き瓶の山を見て呆れる。
「あの……シカさん。私とっくに成人してますけど?」
「「え?」」
思わずミディアと声が揃った。
今何て…………?
「寧ろこの前の誕生日で21歳になりました!言ってませんでしたっけ???」
何と…………。
確かに誕生日を祝ったが、歳を聞くのを忘れていたな。
今までずっと未成年だと思っていた。しかしまさか成人してるとは……。
見た目はどう考えても高校生くらいなのに。
ミディアは驚きのあまり固まってしまっている。
誰が見てもリカは未成年だと思うだろう。
見た目の幼さも然る事ながら、その落ち着きの無い動きや言動が拍車を掛けている。
「どうやら姐さんそのままオチてしまったみたいですね。相当酔っていたので。」
固まっていると思ったら既に寝ていた。
コイツのこんな姿を見たのは何年振りだろうか。
「申し訳ありませんが、自分は姐さんをベッドに寝かせて来ます。」
そう言ってお姫様抱っこでミディアを抱き抱えるディアン。
普通の女子なら胸キュンポイントなのだろうが、当の本人は寝ているし、起きてたとしてもそんな事で恋に落ちる様な玉じゃあない。
ディアンとも十年来の付き合いだ。何故態々ミディアの右腕なんかやってるのか……その理由くらいは分かる。
「不憫だ…………。」
ディアン……頑張れよ!!