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Episode 72

7月6日午後9時過ぎ、俺とリカは六本木の街を歩く。

朝から降り続いていた雨は上がり、それでもコンクリートビル群の隙間から吹き付ける風は、肌に張り付く様な湿気を運んで来ている。

今夜は熱帯夜となりそうだ。


日が落ちた後の国際通りは多くの外国人で賑わっていた。

ここは国際通りと呼ばれるのが一般的になってはいるが、住人からは単に"ストリート"と呼ばれている。

これは国際通りという名が定着する前に"ジャンブルストリート"と呼ばれていた名残だ。

人混みに溶け込み、俺達が真っ直ぐ向かっているのはボラカイ。


俺とは少し因縁のある所と関わっており、今回の事件の事で訪れるのを躊躇(とまど)っていた。

だがもう俺だけが駄々を捏ねていても申し訳無い。

利用できる場所は出来るだけ利用させて貰う。


いつもの様に斡旋所側からボラカイへと入る。

俺は知っていた。この時間はクラブ側が忙しくなるので、斡旋所は機能していない。

つまりロビーには人が居ないだろう。リカを連れて入るには格好の時間だった。


「ここで少し待ってて貰えるか?先に俺が友人に挨拶をしてくる。」


全てを話す時間は無かったので、リカには古い友人の店に匿って貰うと伝えておいた。


「はい!かしこまりました!!」


リカをロビーに待たせ、俺は"彼女"の元へと向かう。

アイツの事だからもう俺が来た事はもう知っているだろう。

だが気にする事も無く、ロビーの奥にあるバックヤードに入るドアを裏技で開け、そのままズカズカとオフィスへと進む。


ドアの前で止まり、一応ノックでもするか等と考えていると急にドアは向こう側から開かれ、襟首を掴まれた俺は中に引き摺り込まれた。

そしてそのまま壁際に正面から叩きつけられる。


「カハッ!」


吐息が少し漏れる。

俺の右腕は後ろ手に捻り上げられ、左肩は壁に押さえつけられる。更には右膝の裏に足刀の形で蹴りが入り、完全に身体の自由は掌握されてしまった。


「何だ……まだまだ格闘術も現役じゃあないか。」


良く見知ったその相手に憎まれ口を叩く。


「オマエ……何してたか?」


その相手、ミディアは顔を背けたまま質問を投げ掛ける。


「ちょっと依頼主といざこざがあってな……。」

「ワタシ、何回も連絡したヨ。」

「あぁ……知ってる。」

「バルトリはオマエを殺したがってるヨ。」

「あぁ……知ってる。」

「多額の賞金が掛かってるヨ。」

「あぁ……知ってる。」

「キムラも殺されちゃったヨ……。」

「あぁ…………知っている。」


改めてこちらを見上げたミディアの顔は涙に濡れていた。


「バカ……ホントに心配したんだからネ。」

「あぁ……すまない。」


ミディアには昔から色々世話になりっぱなしだ。

この女性だけには頭が上がらない。


「ま……まぁとにかく無事で良かったヨ。バルトリの奴等も最近は特に派手に暴れ回ってたみたいだったからネ。」

「正直結構危なかったんだ。」

「何でウチにすぐに来なかった?」

「いや……お前達を巻き込む訳にはいかないと思って…………イテテッ!!!」


踏まれてる右膝に更に圧力が加わる。


「ハァ……ワタシ達は"あの頃"からの仲間だヨ。何を気にする必要があるか?」

「それにあそこの連中にだって……。」

「そんな事言ってられる状況かネ?」

「すまない……だからまぁ来たんだが…………。」

「ホントバカだヨ。それなら最初っから来れば良かったのに。」


おっしゃる通りで……。

意地のせいで失った物もある。


「まぁ取りあえずウチの保護下に入れば簡単には手出しは出来ない筈だヨ。今度タイ政府からも庇護を受ける事になったからネ。」

「それはまた心強いこって。」


現在のボラカイは東南アジアを中心とした国々の要人や、スパイが情報交換の社交場として利用している。

国を動かす様な水面下の交渉事もここで行われる事がある為、ボラカイに手を出すという事は間接的に各国に喧嘩を売る事を意味する。そんな聖域じみた場所なのだ。

また日本への密入国者や脱国者の引き渡しや、時には要請により保護も行い、各国政府から重宝される仲介業者として扱われている。

何せ行き場を無くした外国人の殆どは、あの街……鬼棲街の噂を聞いてこの場所へと辿り着くのだ。


「細かい話は後にするとして……本題に入ろうかネ。」


(ようや)く俺を開放したミディアは自分のデスクに向かい、PCで何かを操作した。

すると壁際の一部の書類棚が反転し、そこから多数のモニターが顔を出す。


「えっと……これだネ。ユージーンこっち来てヨ!」

「何だよ……。」


傍まで行くと、デスクにあるPCのディスプレイを見せられる。

そこにもモニター映像が映し出され、知っている景色と、とある少女が見えていた。

リカである。


「堀井梨香……。この娘だよネ?今回の中心に居るのは。」


ロビーで待たせているリカが映し出されている。


「そうだな。」

「こんな少女に何があるってのヨ……。ユージーンもこの娘のせいでこんな事態になっているんだよネ?」

「まぁ……リカのせいって訳でも無いんだが……。」

「ちょっと待って!この娘様子がおかしいヨ!他に誰も居ない筈なのに誰かと喋ってるみたい。」


確かに只待ってると言うより、自分の隣に顔を向け、口元が小刻みに動いている。


「侵入者!?そんな……誰にも気付かれずにウチに入れる筈は無いヨ!!」

「でもだとしたらヤバイ!助けに行かないと!!」


すぐにでも部屋を飛び出そうとする俺をミディアは制止する。


「待って!今音声を繋ぐヨ。状況を見てからの方が対処し易いからネ。」


ミディアがPCを操作すると、リカを映しているモニターのオーディオが流れ始める。


「あなたはどこから来たの?」


本当に誰かと話している。やはり侵入者だろうか……?

にしてはヤケにフレンドリーに話しているが。


「ん~~僕は~~えと……東南アジアの原生林から来たんだ!」


ん?待てよ……これは…………。


「へぇ~そうなんだぁ!東南アジアのどこから来たの?」

「えと……えと……あれだよ!その…………ジャングル!ジャングル!!w」

「おい!!w 原生林とジャングルってほぼ同じ意味やないかい!!!www」


飾ってある観葉植物と話していた。

しかも一人二役。


「何なの?この生物はユージーン?」


ごもっともなご指摘で……。


「この珍妙な生物にユージーンが命を懸けてまで助ける価値があったの?」


価値があるのか如何かと申されますと……その……人の価値と言うのは簡単に計れない物でして……。


「ハァ……とにかくここに連れて来なよヨ。」


かたじけない……。


俺がロビーまでリカを呼びに行くと一人芝居はまだ続いていた。


「実はこの間、虫さんに葉っぱの1部を(かじ)られまして~。」

「あらまぁホントだねぇ。大丈夫なんかい?」


何故か落語口調へと変わっている。


「えぇえぇ。(かじ)られてる間ずっとムズムズするもんですから、早よう終われ!早よう終われ!と願っておりました。」

「まぁまぁ!それは災難な事で……。」

「えぇえぇ。また別の日には私の葉っぱを(むし)って団扇(うちわ)代わりにする人間が居たんですよ。」

「観葉植物なのに酷い事する人が居たもんだねぇ。」

「えぇえぇ。しかもその方『これは汎用性が高いねぇ』なんておっしゃってましたよ。」

「観葉植物と知っててやったんだね?人間の風上にも置けんヤツだねぇ。」

「えぇえぇ。でもそのお陰でこうして自我が芽生えまして……。」

「どうなってしまったんだい?」

「立派な半妖植物と相成りました。」


お後がよろしい様で。


「おい……リカ。」

「あ!シカさーん!w」

「何してたんだ?」

「何でも無いですよーw」

「…………まぁいい。来てくれ。ここの主が呼んでる。」

「あ!はーい!」


俺達はミディアのオフィスへと戻った。


「こんばんは。あなたが堀井梨香さんだネ?ワタシはミディアだヨ。よろしくネ。」

「どうもー!初めましてー!よろしくお願いします!!そうです!私が堀井梨香です。リカッシュと呼んで下さい!!なんちゃってー!www」


何だコイツは?と目で俺に訴えるミディア。

俺は肩を竦める事しか出来なかった。


「アナタそれ作ってるネ?」

「作ってる?あぁ変装ですかー?シカさんが作ってくれました!」


今度は頭を抱えるミディア。

作りでは無いんです。地でやってるんですこの娘。


「まぁ良いヨ。ちょっとじっくり話そうじゃないか。ワタシが世話を焼くからには何者か知っとかないとネ。」


ミディアが邪悪な笑みを浮かべている。

これは怖い事になりそうだ。

早く逃げ出さないと。


「俺はちょっとバイクを取りに行って来るから2人でよろしくやってくれ。」


俺も居たらどんだけ責められるか分かったもんじゃあない。

それにバイクを取りに行きたいのは本当だった。いつまでも放置しておく訳にはいかない。


「逃げるの?まぁ良いヨ。2人の方が腹を割って話せるからネ。」

「シカさん行っちゃうんですか??すぐ戻って来ますよね?」

「あぁそんなには掛からないと思うぞ。」

「分かりました!それまでにミディアさんと打ち解けれる様に頑張ります!!ファイトー自分!よし!w」


ミディアが鬼の形相をしている。

彼女の性格的にリカみたいなのは嫌いだろう。

すまないリカ……成仏してくれよ…………。


俺は心で謝りつつ部屋を出る。


「さぁて……そのぶりっ子の皮を剥いでやるヨ。」


ドアを閉める直前に穏やかではない言葉が聞こえたが、それは聞かなかった事にしよう。

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