Episode 68
「はい…………。」
やはりそっちが絡んでいるな。只カリナに言われたからリカを殺そうとしたとは考えにくい。
マッテオの事だ。何か裏がある。
「えぇぇぇ!!」
こんな時までリアクションの大きいリカを尻目に話は続く。
「春鳥について詳しい者なら誰でも知っている。」
「オーナーはまだ世にあまり出ていない者の中から、めぼしい人間をピックアップし、私の様な世間知らずを付けてその価値を測らせ、様々な場所に売っていたのです。思えばおかしな事が沢山ありました。興信所と連携してその方の過去や血縁関係を徹底的に調べたり、定期検診の時期でもないのに精密な身体検査をさせたり、特に女性が多かったです。性病検査などもありました。当時は芸能活動で必要な事だと聞かされ、私も深くは考えずにやらせていました。」
「あいつの持っているルートだと、海外の富豪への性奴隷として売られるのが多いだろう。純日本人は単価がかなり高い。それに芸能人崩れから堕ちていくなんてのは良く聞く話だし、誤魔化しもしやすい。あとは臓器密売か……。」
「その通りです。知らなかったとは言え、私は犯罪に加担していました。それも国際的な大きな犯罪に…………。オーナーからはその事を盾に、今回の梨香さんの計画にも協力するように脅されました。もし断れば私の家族や友人に多大な迷惑を掛ける事になると。私にはそれを断るだけの勇気が無かったのです。」
少しの間沈黙が辺りを支配する。
リカも別次元の話に困惑している様だ。
「後は皆さんのご存知の通りです。私は2人を引き合わせる役目を担いました。梨香さんが殺されるかもしれないと言う可能性を知りながら…………。お詫びの言葉もありません。全ては私の心の弱さが……己の保身を優先してしまった私の責任です。」
「そんな!!!!!!!」
リカが突然勢い良く立ち上がった。
「何を言ってるんですか大森さん!!!大森さんは何も気に病む事は無いです!!そうする事しか出来なかったのなら……それしか道が無かったのなら誰が大森さんを責められますか!?」
「梨香さん…………。」
「まぁそうだろうな。無力なアンタが1人騒いだ所で事態は何も変わってなかっただろう。」
リカが徐ろに大森麻衣に近付く。
「だから大森さん……これ以上自分を責めるのは止めて下さい。」
座っている彼女に覆い被さる様に、今度は優しく抱きつくリカ。
「私は少しも大森さんの事を恨んでなんていません。」
「うっ…………うぐっ!うぐっ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
リカの慈愛に満ちた言葉は、彼女の押さえていた感情を一気に爆発させた様だ。
大森麻衣の嗚咽だけが響くこの部屋で、リカは何の言葉も発する事も無く、只々彼女を抱きしめていた。
彼女が落ち着くまで俺もそれに付き合う。何せこれでは話も出来ない。
全く女性って奴は喜怒哀楽が素直で羨ましい限りだ。
リカなんかいつも全身で感情を表現している。
尤も怒った所はまだ見た事ないが……。この娘が怒る事はあるのだろうか?
「ご……ごべんなざい。」
やっと大森麻衣が泣き止む。
「私安心してしまって。」
「いえ私こそ大森さん1人に辛い思いをさせてしまってごめんなさい。私なんかシカさんに守って貰ってばっかりで、のほほんとしていただけですからw」
「でも楽しみにしていたデビューもまともに出来なくて、さぞ悔しい思いをされたんじゃないかと。ライブもあったのに……。」
「まぁ少し残念ですけど、デビューライブはシカさんとやりましたし!ねー!!?」
「…………あぁ。」
2人してこっちを見ないでくれ。
何故か気恥ずかしい。
「意外……です。初めて会った時には怖い印象しか無かったのに……。」
「そうなんですかー!?シカさんはとぉってもお優しいですよ!ンフフフフw」
だからこっちを見るなよ。
正直この場から逃げ出したい……。
「1つ良いか?」
居心地の悪さを質問で誤魔化す。
「何でしょうか?」
「俺とムジカに行った時のアンタの謎の行動が気になっているんだが。リカの居た部屋から駐車場までは直通の裏口が有った。俺達がムジカを去る際にはそっちを通ったんだが、何故最初は態々正面から入ったんだ?まさか知らなかった何て事は無いだろう?」
「あれは…………ごめんなさい!私なりの細やかな抵抗だったんです。正面を通れば確実に監視カメラに姿は映ります。もし事件となった場合に、警察の方々に証拠を残せると思ったんですが、流石に私の知恵など浅はかでした。映像は改竄されていたみたいです。」
「あぁそれに関しては俺がマッテオに言及したからな。俺だってプロだ。自分の痕跡は残さない様に最大限注意を払う。」
「ですよね……。本当にすみません。あの時あなたは悪の殺し屋にしか見えてなかったので……。まさか梨香さんを救って貰えるとは。」
「悪っつーのは別段間違っちゃあいない。まぁ俺はそれが分かれば充分だ。」
「そう言えば!監視カメラで思い出しましたが、私名屋亜美さんにお会いしました!」
「えぇ!!!あ~みんさんに会ったんですか!?」
誰だそれは?
新たな登場人物に困惑する。
「どちらでですか!?」
「5日前に家まで突撃されましたよ……。彼女も梨香さんを捜していました。恐らく今も……。」
「そ……そんなぁ/// あ~みんさん!ありがとうございます!!心配して頂いて!すぐに無事を知らせられる様に頑張ります!待っててね!よし!!」
何も無い空間に手を合わせて祈っている。
リカには何がそこに見えているのだろうか…………。
「思えば彼女と会った事は私も動き出すキッカケとなりました。相変わらずの強気な性格な様子で、お尻を叩かれた気がしました。」
「大森さん言い方!言い方ですよw 確かに少ぉ~し言葉使いが強い事もありますが、お優しくて芯の通っている方です。」
「それはリカの友達なのか?」
「えと……友達と言うより頼れるお姉さんって感じですかねぇ?でも私が1番仲の良い声優仲間です!」
「しかしリカを探しているとなると、その女性も少し危険だな。どっかの組織から目を付けられる可能性がある。」
「はい……梨香さんがこうしている事が分かった以上、その危険性は否定出来ませんね。」
「そんな!あ~みんさん危ないんですか!?知らせないと!!」
「知らせるってどうやって?」
「会いに行きましょう!」
「無理に決まってるだろ。」
「そこをなんとか!」
「ダメだ!」
「ふぇーん!そんなぁ!」
「泣いてもダメだぞ?」
「ちぇーっ。シカさんのイジワル~!」
「ハァ…………全く。」
まるで子守りだこれは。
「ぷークスクス!梨香さんお変わり無い様で安心しました。亜美さんには私から何とか話をしてみます。まぁそれであの方が聞き入れてくれるかは分かりませんが……。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「さぁ!お茶を淹れ直して来ますね!」
「わーい!お願いします!」
彼女がお湯を沸かしている間に、何となくカーテンの隙間から窓の外を眺める。
この部屋からはホテルの裏口しか見えない様だ。何とも殺風景である。
そこには搬入口なのか、車数台が停まれるスペースがあった。
さてさて……。今の所彼女をクロだと判断出来る要素は無い。
リカも懐いている様だし、このまま預けてしまう方が良いのか……。