Episode 6
「一体どういう事か説明しろ。」
エドアルドを連れて戻り、見るや否やマッテオは静かな低いトーンで問いただす。少し分かってきたが、このトーンは結構キレている。
ギャアギャア自分の正当性をまくし立てる彼を制止し、仲裁に入ってくれた男が状況を説明する。
聞いているマッテオは、感情の爆発を必死に抑えるように、目を見開いている。
一通り聞き終えたマッテオは俺にも説明を求める。
「お前の言い分も聞かせてくれシカリウス。な ぜ 殺 し た ?」
やはりキレているな……。
瞳孔が開きっぱなしだ。
「もう助からないと思ったから楽にしてやったんだ。最後の情けってヤツだ。それに関しては言い訳は無い。」
「コイツが言ってるお前とエドが共謀してたって話は?」
やれやれだ……。
「何を勘違いしてるか知らんが、俺は説得してただけだ。そしたらそいつがいきなり撃ってきやがった。エドが撃たれた後にも、話し掛けたり介抱してやったりも事実だ。何せ俺はあんたから"生け捕り"をオーダーされていたからな。助ける道を探していた。これに関しても俺には出せる証拠は無い。」
実際に俺とエドアルドとに何があったかは説明していないが、嘘はついていない。
「お前がオレを裏切ってるとは思えんが、説得なんかしなくても、力ずくで連れ戻すことはいくらでも出来たんじゃないか?オレがカルロスでも当然お前を疑う。」
カルロス……撃ってきたヤツか?そう言えばここに居る人間の名前をほとんど知らなかった。
しかし少し不味い状況だ……。マッテオの矛先はこっちに向いている。
「お言葉ですがドン……。」
今までずっと沈黙を続けていた黒ずくめが突然口を開く。
「監視役を務めさせて頂いていた自分から言わせて貰えれば、シカリウスさんはシロだと思います。今までに怪しい行動はありませんでしたし、エドは彼が殺さなくても助からなかったと思います。自分はエドの死体をここまで運んで、間近で見ていますので分かります。ドンにも見て貰えれば分かるかと……。」
「それもそうだったな。」
思い出したかの様にエドアルドの遺体の検分を自ら始める。
意外な所からの助け舟を貰った。無口なのかと思っていたが、とても流暢に喋るヤツだった。
「おい!なンでそいつの肩を持つンだ?ドン!!おかしいですよ!!!そいつも以前はエドと1番仲が良かった。きっと皆裏で繋がってて、騙そうとしてンだろ!?」
黒ずくめは無視して続ける。
「それと誰も気付いて無いようですが、シカリウスさんの右肩に怪我があります。エドが逃げる前には無かったものです。恐らくカルロスの流れ弾が当たったものかと。ドンは自分に彼を客人の様に扱えとおっしゃいました。その客人に怪我をさせたとなると、それは恥ずべき事ではないかと考えます。」
「な!!!それは憶測なンだろう!?」
「シカリウスさん?」
「そうだ。」
「…………。」
またしても分が悪くなりつつあるカルロスの、正にぐぬぬといった表情の彼を見て少しほくそ笑む。俺はつくづく性格が曲がっていると思う。
そして聴取と検分を終えて、少し怒りが収まってきたと見られるマッテオが口を開く。
「大体の事の成り行きは分かった。まずはシカリウス、部下の無礼と仕打ちについて詫びさせてくれ。怪我をさせたのは完全にこちらに非がある。すまなかった。」
「よしてくれ!怪我は大した事無いんだ。あんたに謝られると気持ちが悪い!それよりも依頼が完遂出来なかったのは事実だ、本来なら後金の支払い義務はそっちにはない。」
「いや……本来の依頼内容は完了している。後金は全額払おう。エドを死なせたのはこっちの責任でもあるからな。」
「全額とは気前が良いな。俺にも責任はあると思うが?」
「いや過失割合で言ったらカルロスのが確実に多いだろう。それに残りは怪我の慰謝料だと思ってくれ。」
「カルロスねぇ……お前らの様な荒事の多い職業だ。狂犬を飼うのは構わないと思うが、躾はちゃんとしておいて貰いたいものだな!」
諧謔のつもりで皮肉を言うと、案の定マッテオは少し口元を綻ばせる。
「ハッハッハ!言ってくれるじゃないか!しかしそうだな!この世界に生きてりゃ道理とケジメは通さないといかん。ここ日本は特にそういう事を気にするしな!お前は噂によると、日本人のハーフだろ?その気持ちはオレ達より理解できるんじゃないか?」
「確かに日本人の血が入ってはいるが、育ちは違う。悪いが心は日本人じゃあない。」
「何だよくあるハーフのアイデンティティー喪失ってやつか?可哀想な奴だな。」
「うるせぇ!」
皮肉で返される。憎たらしい野郎だ。
マッテオの気分も良くなって、和やかな雰囲気になるかと思いきや、次の瞬間には空気が一変する。
「さて……。話が逸れたが、カルロス!次はお前についてだ。」
その顔は緊張感とは裏腹に、優しい笑顔を浮かべている。
「お前は本当によくやってくれてる。」
なぜかカルロスは緊張の面持ちだ。
「恐れを知らず誰よりも先陣を切り、身を挺してオレを守ってくれる。射撃の腕も良い。だから側近としておいている。頭が良くないのがたまにキズだが……。」
「滅っ相もありませン!」
「本当だ。ここ最近の部下の中で1番評価しているんだ。」
マッテオが話し掛けながら、ゆっくりとカルロスに近づく。
「ありがとうございます!」
好意的な言葉に、少し緊張の糸を解すカルロス。
「お前みたいな奴には、これからもまだまだ活躍して貰いたいと思っている。」
目と鼻の先に立ち止まる。
「だから……少し心苦しいんだが…………。」
突然カルロスの左手首を掴み、後頭部側に捻る。
まるで合気道の様な技に、ワケも分からず、受け身を取ることも出来ないまま、カルロスは背中から地面に叩き伏せらせる。
「カハァッ!」
小さく息を漏らす。
マッテオは流れるような動きで、そのまま左手首を膝で踏みつけ、懐から出した銃でカルロスの左手を撃つ。
放たれた銃弾は、正確に左小指の第一関節から先を消失させた。
時間にしてわずか2秒ほどの出来事だった。
「ーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
カルロスは声にならない唸り声を上げ、拘束から開放された左手を抱え込む。
「おい誰か止血してやれ!」
マッテオの一言に、唖然としていた部下達が駆け寄り手当を始める。
「さっきも言ったが、ケジメは大事だ。このまま怪我をさせた責任を取らせない訳にもいかないだろう。なぁシカリウス?」
「……いや、俺としてはそういうのはどうでも良いんだが……。」
「ほら!それに何だっけこれ?なぁ?日本の伝統的な責任の取らせ方!ヤクザは小指無い奴多いだろ?」
聞いちゃいない……。
嬉々として語るその姿は、部下の痛みなど微塵も感じちゃあいないだろう。
さっきカルロスに放った賛辞の言葉も嘘だろうか……。
「……エンコ詰めだ。伝統的かは知らん。だが一般的ではないのは確かだ。」
「それそれエンコ!エンコ!しかし一般的ではないとな?じゃあ一般的なのは何だ?腹切か???」
「お前何年日本に住んでんだ?そんなん見たことあるのかよ?」
「ハッハッハ!冗談だよ!オレは日本生まれだからな!そのくらい知っている。」
「……ったく!何がしたいのか分からん!」
「怒るなよ。会話が弾んだろ?」
まるで子供の様に笑う彼は、先程部下にキツイ制裁を加えた人物とは同じに見えない。
「それよりも……おーいお前ら!カルロスの血は止まったかー?」
「はいドン!今出来る手当は終わりました!」
「よーし!じゃ戻ったら抗生物質飲ませてやれ!したらワザワザ病院に行く必要無いだろ?なあカルロス?」
「…………はいぃ……ドン……。」
「お前にはまだまだ頑張って貰うからな!小指が無くなったくらい、射撃にも問題ないだろ?」
「…………ありがとうございます!ドン!」
左手を適当な布でぐるぐる巻きにされているカルロスは、今だ襲う痛みのためか力なく答える。
一度こちらを睨みつけ、憎悪に満ちた視線を送られる。
よしてくれ!そうなったのはお前の行動の結果だ。俺はお前に対して何もしていない。
「ねぇ……何時までウダウダやってんの?」
その時、マッテオの車の後部座席の窓が開いた。