Episode 67
次の日俺達は大森麻衣の滞在するホテルへと向かった。
時間を指定していた訳では無いが、彼女の言い草からしてずっと待っているつもりなのだろう。
今日も生憎の雨。またしても俺達の行く末を案じている様だった。
着いたホテルは如何にもな、場末感漂うものだった。
フロントにはベルが置かれているだけで人は居ない。ロビーにも客の姿すら見えず、誰にも見られる事なく部屋へと向かえる。
確かに俺達の目撃者は少ないに越した事はないが、それだけこのホテルの怪しさを物語っていた。
「ホーンテッドマンションみたいで不気味ですね……。」
リカがこの雰囲気に怯えながら呟く。
そのなんちゃらマンションと言うのは知らないが……。
「こんな所に本当に大森さんが居るのでしょうか?」
確かに罠の可能性は十分にある。
この人気の無さは身を隠している俺達にとって好都合だが、襲撃するのにも打って付けって訳だ。
勿論大森麻衣も"密会"と言うシチュエーションの為、こんな場所を選んだのだと思うが。
結局部屋の前まで誰と顔を合わせる事も無かった。
ドアベルを鳴らす事に少し躊躇してしまう。
開けてすぐ襲われる可能性もある。
右手がいつでも銃が抜ける様に、俺の意識は指先に集中していた。
ジリリリリリリリ
俺の危惧を余所に、リカは何の躊躇いも無くドアベルを押した。
ビックリした俺の顔とは裏腹に、リカの表情は期待に満ちたニコニコ笑顔だった。
そんなに大森麻衣に会える事が嬉しいのだろうか……相変わらずの能天気さに呆れる。
「ハァ……やれやれだ…………。」
俺の溜息と同時にドアは開かれた。
中から顔を覗かせた女性、やはりあの時の女性で間違いない。
確かに以前より窶れて見えるが、あの時の暗い表情は今は無い。
「大森さん!!!」
誰かが言葉を発する前に、真っ先にリカが変装を取り大森麻衣に抱きついた。
「ちょ!梨香さん!?と……取りあえず中へ。あなたも。」
そのままリカを抱えて中へと入り、俺もそれに続いた。
ドアを閉めても2人はその場で抱き合っている。
「大森さん!大森さん!大森さん!」
「梨香さん…………。無事で良かった。本当に……。」
リカの肩越しに見える彼女からは涙が溢れている。
「ごめんなさい。私が止める事も出来た筈なのに出来なくて……。梨香さんを苦しめてしまいました。あなたも本当にありがとうございます。梨香さんを救って頂いて。」
「…………別にアンタの為じゃあない。」
「でもこうして連れて来て貰って、生きている事が分かって、本当に本当に安心しました。あの日から早10日……私はずっと生きた心地がしてませんでした。」
「ごめんなさい。私……大森さんに連絡する事も出来なくて……。ご心配をお掛けしました。」
「そんな!謝らないで下さい。私はそうなってしまった一端を担っていたのですから。」
「大森さんの所為ではありません。そうするしか無かったのならそうするべきだったのです。」
「梨香さん…………。」
2人の感動の再会に水を差す訳ではないが、そんな慰め合いはどうでも良かった。
俺は1人で部屋の奥に向かい中を隅々まで確認する。まだ彼女を信用は出来ない。
暫く探したが、特に仕掛けは見当たらなかった。取りあえずは大丈夫か……。
その内に2人が満足したのか、こちらに入って来る。
「ごめんなさい。今お茶を淹れますね。備え付けのインスタントしか有りませんが。」
「ありがとうございます!」
「俺は遠慮する。気にしないでくれ。」
敵か味方か分からない奴の飲食物は喉を通らない。
一方のリカはずっとニコニコしている。本当に警戒心の薄い娘だ。
「さぁどうぞ!座って下さい。」
お茶を淹れた大森麻衣とリカがテーブルに着く。
「シカさん座らないんですか?」
「俺は立ったままで良い。」
いつでも動ける様に。
「それで……どこから話して貰おうか。アンタの事とこれからの計画。俺も信用出来なければ、リカを預ける事は出来ない。」
「……当然の事ですね。では先ずは私達とスペタコロの関係からお話ししましょう。きっと梨香さんも気になっている事だと思いますので。」
「はい……私に関わってしまった皆さんがどうしているのか心配です。」
お茶を一口含むと大森麻衣は語りだした。
「私は昔から芸能界に憧れを抱いていました。でも何の才能も無い私にその道が開かれる事は無かったのです。そんな時見付けたのがスペタコロのマネージャー募集の広告です。応募資格は特に無かったので、これしかないと思いすぐに応募しました。そして何度かの面接の後、私は無事に受かる事が出来ました。そして1年間マネージメント業務について勉強させて頂いて、ついには担当に付くことになりました。この時までは私は普通の会社員として働いていたつもりだったのです。」
リカは真剣にその話に聞き入っている。
俺は壁にもたれ掛かりながら、肝心な所まで聞き流すつもりでいた。
「おかしいと感じ始めたのは担当がコロコロ変わる事からでした。私は俳優さんも歌手さんもどちらも担当させて貰っていたのですが、長くても1年。早い方で1ヶ月で担当を離れました。マネージャーとはそんなに変わるものだろうかと思っていました。これは後から知った事実ですが、私が担当を離れた方達は殆どがその後すぐに引退をされたそうです。しかもひっそりと、そして忽然と消えていて、元担当の私にも知らされなかったのです。確かに私が担当していたのは駆け出しの方達ばかりで、新人が売れる事無く芸能界を去る事も珍しくありません。でも会社の、しかも元担当にも秘密裏に引退する事ってあるでしょうか?」
「確かに変です。何があったのでしょうか……。」
「はい……腑に落ちない点を抱えながらも仕事を続け、ついに事実を知る時が来ました。それは先月の始めの事です。ご存知の通り私は4月の半ばより、ウチから歌手デビューの決まった梨香さんの担当を任されました。私は自身初のデビュー担当という事もあり、会社への不信感も忘れ、精一杯このプロジェクトに打ち込んでいたのです。幸いにもお会いした梨香さんは本当に可愛くて、心まで綺麗で、私はいつの間にか梨香さんの虜になっていたのです。」
「ンフフフフw」
リカが照れ隠しで笑い始める。
「本当ですよ。プロジェクトチームの名誉の為に言いますが、他の方々は事実を何も知りません。皆さん梨香さんの事が大好きで、このプロジェクトに全身全霊を捧げていました。梨香さんにはそんな人を魅了する力があるんです。」
「そ!そんなぁ~!止めてくださいよぉ~w」
ついにはモジモジし始めた。
「そうです……。悪いのはこの私一人です。全ての責任は私にあります。先月……6月の始めに私はオーナーから呼び出しを受けました。お会いするのも初めてでした。そこで全てを聞かされたのです。私がどんな事をしてきたか、何の片棒を担いでいたのか。」
「人身売買だろ?」
遠回しに話を進める彼女に、ついには痺れを切らし口を挟んでしまった。