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Episode 63

俺は言われた通りに都心のとある事務所の前に車を停めている。

弔砲代わりにクラクションを2回鳴らし車の外に出た。


雨に打たれながら事務所を見上げる。すると向こうからもこちらを確認する人物が居た。


ユキムラだ……。


数年ぶりにその姿を見る。

本当に生きていたんだな。


俺を俺と認識したのか、ユキムラはその場から移動を始めた。

恐らくこちらに降りてくる。だが今彼と接触するのは(かんば)しくない。


そのまま車を残し俺はその場を去る。

激しかった雨は次第に収まり、まるで天が檜原を受け入れる準備をしている様だった。


滞在しているホテルに帰り着くと、リカは静かにゲームをしていた。


「おかえりなさい。約束されてた方とは会えましたか?」


もう元気は取り戻した様だ。


「あぁ……会えたんだが話は上手くはいかなかった。取りあえずシャワーを浴びさせてくれ。」

「それは残念です……。さぁシカさん濡れてしまってますので、どうぞ風邪引かないうちに。」

「それと仮眠を取ったら夜明け前にここを出るつもりだ。準備をしておいてくれ。」

「了解しましたぁ!」


呑気な返事だった。

仕方が無い。リカには何も伝えてない。

今日俺が何をしに行ったかも、何が起こったかも話すつもりは無い。

あの娘が知った所で何も変わらないからだ。

全身に疲労を感じながらバスルームへと向かった。


シャワーに打たれながら水の流れる音に只ひたすら耳を澄ます。

惜しい人物を亡くした。俺達と関わらなければ死ぬ事も無かっただろうに。

アンクルも…………。


俺か……リカか……死神はどっちだろうな。


だがまだ絶望するには早い。

もっと悲惨な事も経験してきたじゃあないか!


鏡を見ながら喝を入れ直す。


取りあえず明日は彼の所に行こう。

この前の代金を払って担保の時計を返して貰う。何より今は軍資金が必要だ。

もしかしたら何か役立つ情報も持っているかもしれない。


キムラの所へ……。


彼のRZ250は勝手にオークションに掛けて売ってしまっていた。あれは良い小遣いになった。

それを聞いたら怒るだろうか?

一応時計の担保で買った事にしてあるから大丈夫だと思いたい……。


シャワーから出て仮眠を取り、行動を始めたのは午前4時。

もうすぐ夜明けの時間だ。

相変わらず寝惚けているリカを叩き起こしホテルをチェックアウトする。

リカは無闇に連れて行かない方が本当は良いが、もう丸2日間も缶詰状態でまたストレスを溜められても困ってしまう。


まぁキムラのおっさんなら大丈夫だろう。

あまり細かい事は気にしない奴だ。


「この駐車場何で暖簾(のれん)みたいなのが付いているのでしょう???」


…………。


どうやら自分がどんな場所に居たかも分かって無かったらしい……。

そりゃ嫌がるもクソも無いわな。


敢えて教える必要は無く、適当に誤魔化しておいた。


高速に入り西へと向かう。

気掛かりはキムラが電話に出ない事。

普段はいつ電話しても応答があるが、昨晩も今朝も連絡は付かなかった。

まぁ直接工場に行っても大丈夫だろう。何か立て込んでいるのかもしれない。


リカを乗せているので途中休憩を挟みながら、それでも馴染みある海沿いの田舎町に着いたのは6時半頃。

辺りは完全に夜が明けていた。そのまま木村金属へと直行する。


「シカさん。目的地はここですか?」


工場前の門でバイクを停めた。


「あぁ…………。」


だが様子がおかしい……。


時刻はギリギリ7時前だ。

しかし工場からは既に機械がフル稼働している唸りが聞こえる。

もう一度キムラの携帯に電話を掛けるがやはり繋がらない。


「リカ……すまないがここで少し待ってて貰えるか?」

「は……はい!どうかしたんですか?」


俺の様子から何か感じ取ったのか、不安そうな表情をしている。


「少し様子を見て来るだけだ。」


そう言い残し工場内へと足を踏み入れる。

リカから見えなくなった所で銃を抜いた。


明らかに感じる異常な雰囲気。

作業場には中途半端にバラされた車。

事務所や稼働している精錬所内からも(およ)そ人の気配がしない。


先ずは2階へと昇り事務所や仮眠室も確認するが、キムラは居ない。

次に作業場の裏口を開けて建物の裏側を見渡すが、ここにも居ない。

やはり本命は機械が動いている精錬所。その中へとゆっくり進む。


きっと俺が神経質になっているだけだ。

この先ではキムラが作業をしていて、いつもの様に"ようあんたか!招かれざる客だな!"などと開口1番口の悪さを発揮するのだろう。


それでも手に持つ銃は下ろす事が出来ずに前方へ向けられている。

無人の精錬所ではコンベアーが動き、プレス機は対象も無いままひたすらプレスを繰り返している。

その奥では前に見せて貰った高温炉が低い唸りを上げていた。


相変わらず人の気配は無いが、ここには死角が彼方此方(あちこち)にある。気は抜けない。

ゆっくりとゆっくりと歩を進める。


ピリリリリリ……。ピリリリリリ……。


その時不意に携帯の着信音が響く。

俺は思わず音のする方へと銃を向けた。


ピリリリリリ……。ピリリリリリ……。


鳴り止む気配の無い音はプレス機の先、炉へと向かうコンベアーの辺りから聞こえる。


ピリリリリリ……。ピリリリリリ……。


周囲を警戒しながらもその場所へと近づく。

それでも人の気配は全く感じられない。


ピリリリリリ……。ピリリリリリ……。


音の発信源はもう目の前だ。

角度を変え、コンベアーを注意深く確認する。

コンベアーを支える柱の陰、そこに何かユラユラ揺れるものがぶら下っていた。


人間の腕だ……。


ピリリリリリ……。ピリリリリリ……。


今だに血が滴っているその手の中には、鳴り響く携帯電話が握られていた。

そしてその肘から先だけの腕が着ている作業着には見覚えがある。

更には手首に巻かれている腕時計。キムラに担保として取られた物だ。


これは……間違いなく…………。


「シカさん……?」


その声にハッと振り返った。

いつ迄も戻らない俺の様子を見に来てしまったのか、リカがそこに立っている。

腕に気を取られて全く気付かなかった……。

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