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Episode 62

多少度数が低い酒でも、薄く伸ばし表面積を増やせばアルコールは揮発し易くなり、小さな火もそこから飛び火する。

クラウディオはスマートな奴かと思っていたがそうでも無いな。


勢い自体は大した事は無いが、この狭い空間で広範囲に燃える火は急激に酸素濃度を低下させ、彼等を混乱へと導く。

ハンター達が各々逃げ回ったりしている中、激しい火焔に焼かれる者が1人。クラウディオだ。

炎は彼のスーツに掛かったウイスキーにも移り、その身を焦がしていた。


「うぉおおおおおおおお!!!」


首から上まで火達磨の彼は我を忘れ動き回る。

しかし床のウイスキーはそのせいで跳ね飛び、炎のコートには更に燃料が投下された。

基本的には燃えにくいとされているスーツも、着火剤に(まみ)れていてはその限りではない。


その混乱乗じてこの場から急いで撤退する。

床に散らばった鋭利なガラス片は靴底を突き抜けるが、特殊繊維の靴下を履いている俺にはその刃が届く事は無い。


炎に包まれる通路を突き抜け、更に出口まで一気に駆け抜ける。

外は相変わらず大雨が降りつけ、世界に憂鬱な雰囲気を齎していた。

しかしこの雨なら例え建物が全焼しても、他に燃え移る事は無いだろう。


「シカリウス後ろだ!!!」


俺が外に飛び出すと辺りに叫び声が木霊した。

後ろを振り向くと、ハンターのリーダ格の男があの混乱の中追い掛けて来ていた。


「逃さん!!仲間の仇だ。」


相手の銃口はもうこちらに向いてしまっている。

俺も急いで銃を抜くが、発砲はほぼ同時に行われた。

と同時に俺の目の前に人影が立ちはだかった。


「おっさん!!!」


俺の放った銃弾はハンターの腹を捉え、相手をダウンさせる。

そして目の前の檜原もその場で崩れ落ちた。


「おっさん何やってんだ!!」


急いで抱き抱えると、彼の胸からは血が溢れ出し始めていた。


「お前なら連中から逃げられると信じていたよ……。でもその時足が無かったらまた捕まってしまうだろう?」


顎でしゃくった先には彼の車がある。


態々(わざわざ)待ってたのか?馬鹿な奴だ。それに俺を庇うなんて……。」

「やってしまった事を今は後悔しても仕方が無い……。それよりも早く車へ……。悪いが運転を頼む……。」


おっさんを助手席に押し込み、すぐに車を発進させる。

雨で濡れた彼の上半身は血が滲み、既に真っ赤に染め上げていた。


出血量が多い!これはマズイな!


「クソッ!車に何か止血出来るものは無いのか?」

「ハハハ……救急車じゃないんだ……。」

「1人で逃げれば良かったものを。」

「もう少し感謝してくれても良いじゃないか……。私は命の恩人だぞ?」

「代わりに死ぬ様なら只の馬鹿だ!!アンタが死んだらリカはどうする?」

「今まで通りお前が守ってやれ……。」

「違う!!!俺が言いたいのはそんな事じゃあない!!!これからはアンタがリカを守るんだ!だから死ぬな!!」


檜原の血は下半身にまで広がり始める。


「悪いが……私が死んだら死体を鏑木会に届けてくれないか……?暫く会ってないが、最後くらい戦友の手で葬られたい。」

「諦めるな!今病院に連れて行く。」


ハンドルを握る俺の腕を檜原が掴む。

それはとても弱々しく、掴むと言うより乗せただけに等しかった。


「止せ……。下手したらお前が捕まるぞ……?それに私も散々怪我をして、死に行く仲間も見て来たんだ。助かる傷かどうかくらいは分かってる……。」


彼の手を静かに振り解き、ハンドルを切る。


「医学は進歩してるんだ。おっさんの古ぼけた知識なんてアテにならんさ。だから弱気になるなよ!」

「そうだと良いがな……。しかしもう7月だと言うのにやけに寒い……。雨に濡れたせいか……。」


もうかなりの血を失ってる。近くにデカイ病院は無かったか?

車を走らせながら携帯で病院を探すが、近辺には診療所クラスの物しか無い。


外はスコールの様な激しい雨が降り注ぎ、視界をより一層悪くさせている。


「眠いな……。寝てしまいたい……。」

「体温が低下してるんだ。意識をしっかり持て。起きている方が生存率は上がる。」

「少しだけだ……少しだけ……。病院に着いたら起こしてくれ……。」


もう時間が無い。

クソッ!間に合ってくれ!


「寝るな!!!そうだリカとの話を聞かせてくれよ!」


意識を保つように話し掛けるのを止めない。


「あの娘は……そうだ……とても良い娘だ……。」

「初めて会った時のリカはどんなだったんだ?」

「あぁ……最初からとても可愛かった……。その時声をアテていたアニメキャラのコスプレをしていてな……。あれはもう1年前になるか……。」


(ようや)く近くの救急病院がヒットする。

ここから15分。ギリギリ間に合うか!


「あの娘が隣に居ると……こんな殺伐とした……生活を送っている私の人生にも……色が付いた様でな……。」

「あぁ分かるぞ!!リカは周りに元気を(もたら)してくれる。」

「そうだ……。随分とあの娘に癒やされた……。私の気持ちはまるで恋だな……。こんなジジイが少女相手に……気持ち悪いな……ハハッ……。」

「そんな事無い!立派な想いだ!無駄にする必要は無い!だからこれからは"俺達"でリカを守るんだ!リカにはおっさんが必要なんだ!」

「そうか……そうだな……お前と私……大きな事が出来る気がするよ……。」

「何でも出来る!だから今日を生き延びろ!!」

「あぁ……そうしたいな……だから次に目を覚ましたら……一緒に梨香君を守ろう……。な~にほんの少し寝るだけだ…………。」

「おっさん!!!」


ゆっくりと、静かにおっさんは意識を失った。助手席の窓にもたれ掛かる様に。

荒かった呼吸も次第に穏やかになって行く。

そしてそのまま目を覚ます事は無かった……。

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