Episode 60
人数は5人か……。それにしてもあれはどう見ても春鳥の連中じゃあないな。どうなっているんだ?
「お前等は誰だ?オレは…………!!!」
突然のサプレッサーの音と共にアンクルは崩れ落ちた。
「……ク……ソ…………ッ!な……ん……で……だ……。」
「ドン・バルトリから伝言だ。『お前は用済みだ』とな。後はオレ達が始末する。安心して死ね!」
更に2発の銃弾が打ち込まれる。その後アンクルはピクリともしなくなった。
「馬鹿な男だったな。」
あの野郎…………やりやがった!!
「オイ!シカリウス聞こえてるか!?大人しく出てくれば痛い目に遭わさずに連行してやる。抵抗する気なら腕の1本や2本は覚悟して貰おう。」
リーダー格と見られる男が叫んだ。
「シカリウスどうする?奴等プロのハンターだ。この戦力差で勝てる相手じゃない。」
「あぁ分かってる。ちょっと待ってくれ!」
嵌められたとは言え元は俺のせいだ。アンクルを憎む事は出来ない。
そんな彼を殺しやがった。
怒りが沸々と湧いてくる。
「俺がアイツ等全員殺してやる。」
「何を言ってるシカリウス?それは分が悪すぎる。落ち着いて考えるんだ。今は逃げるが勝ちだぞ。」
「おっさんは逃げてくれ。俺と戦闘になれば隙が出来るだろう。」
「馬鹿な事を言うな!もし君が死んだらあの娘はどうする?まさか本当に殺したんじゃないだろうな!?」
「リカは生きている!だから俺が死んだら後は頼む。元々その予定だったしな。今もとあるホテルに匿っている。場所は…………。」
俺は檜原にリカの居るホテルを伝えた。
彼は信用出来る。
「そこまでの覚悟があるならばもう何も言うまい。私も共にと言いたい所だが、却って邪魔になるだろう。」
「理解感謝する。退路は俺が確保するから頃合いを見て逃げてくれ。」
「すまない……。」
「謝るなよ。俺は俺の役割、アンタはアンタの役割があるんだ。まぁその代わりと言ってはなんだがアンタのナイフを1本くれないか?」
「そんな事はお安い御用だ。」
俺はおっさんからナイフを受取る。投げる事も出来る苦無に近い形状だった。
「死ぬなよ……シカリウス。」
「そのつもりは無い。」
おっさんを部屋に残し、俺は隣の部屋に移動する。
その姿は通路に居る奴等に当然見付かった。
「Chico está ahí!」
2人が追い掛けて来る。一先ず狙い通りだ。
俺は部屋のドアを閉め、奴等を迎える準備をした。
すぐに扉の前に到着した男達はゆっくりとそこを開け、慎重に部屋の中へと入って行く。
しかし中には誰も居ない。どこにも男達が探す人物は見当たらなかった。
部屋には隠れる場所も乏しく、隠れているとしても容易に見付けられる。
その為警戒はしながらも更に歩を進める男達。
辺りは静まり返り、彼等の息遣いだけが聞こえていた。
2人目の男が中まで完全に入った瞬間に俺は行動を起こす。
入り口扉、内側上部の突起にしがみ付いていた俺はそこから逆さになり、おっさんに貰ったナイフで1人の喉を掻っ切った。
続けてもう1人が物音に振り返る前に、飛び降りて後ろから羽交い締めにし、コメカミに銃を突きつける。
殺害した男の喉はサックリと口を開き、風呂の蛇口を閉め忘れたかの様に血液が溢れ、その場に赤い池を創り始めていた。
「大人しくしろ。悪いがここから逃げるのに利用させて貰う。」
「Mierda!何処に隠れてやがった!」
そのまま男を盾にして部屋から出る。
既に檜原の捜索を始めていた他の連中が一斉にこちらを見た。
「シカリウスか……。思っていたより若いな。」
「そりゃどうも。でもアンタ等ラテン系が老け過ぎなだけだと思うが?」
「減らず口を。しかしそんな人質何も意味が無いぞ?オレ達は捕虜になった場合には互いに殺す誓いをしている。」
「へぇ……ならば撃ち殺せば良い。でも出来ないだろ?俺は知ってるぞ?お前等の仲間意識が強い事を。仲間を2人も失いたくないなら俺の言う事に従って貰おう。」
「もう1人は殺したのか?」
「あぁ。そこに転がっている。」
「……チッ!」
やはりそうだ。コイツ等も仲間が死ぬ事を嫌がる。甘い奴等だ。
突然場違いの様に鳴り響く着信音。
それは互いの緊張感を和らげる。
――君もじゃなかったかな?
俺はそんなんじゃあなかったろ?
――甘かったよ……何に対してもね!
そうだったかなぁ……?
――それよりもどう切り抜けるの?
特に考えてない
――また殺すの?
アンクルを殺しやがったからな。
――約束は?
仕方無いさ。俺にはこれしか出来ない。
――嘘つき。
だが勿論こんな状況で応答出来る訳が無い。
さぁて。勢いに任せたのは良いがどうしたもんかね……。
取りあえず通路をゆっくりと後退する。
このまま奴等が檜原が居る部屋を過ぎれば、彼は逃げる事が出来るからだ。
「何処に行くシカリウス?後退しても出口は無いぞ?諦めてソイツを放せ!」
「アンタ等を地獄の底に連れて行くまでは放せんさ。」
偶に威嚇しながら気付かれない様に退がる。ゆっくりと慎重に退がる。
遂には連中がおっさんの隠れて居る部屋を抜けた。
良い調子だ!
このままもう少し……。
「シカリウス。ここには堀井梨香とやらの関係者も居た筈だが?ソイツは何処にいる?」
「愚問だな。俺が喋るとでも思ってんのか?」
「お前達、たかが2人相手に何だこの状況は?」
その時新たな人影が彼等の後方から姿を現した。
スーツを身に纏ったソイツを俺は知っている。
「久しぶりだな。覚えているか?」
あぁ覚えているぞ……。エドアルドを殺した件で俺を庇ってくれたヤツだ。
「以前名乗ったかな?クラウディオだ。以後お見知りおきを。」
「そのクラウディオさんが何の御用かな?」
「ウチのドンがかなりお怒りだ。随分とウチの連中を殺ってくれたそうだな。」
「降りかかる火の粉を振り払うのがそんなに悪い事か?」
「正直我々はあんたが何がしたいのかさっぱり分からん。堀井梨香の死体を持って来ればそれで万事上手く行っていた。何故持って来なかった?彼女に固執する理由は何だ?」
「話してやる義理は無い。」
「あんたとウチとは良い関係を築いていたと思っていたんだがな……。」
「そりゃ幻想だ。」
「一昨日の件で更に後には引けなくなったな。ドンが大量の賞金稼ぎと殺し屋をあんたを殺るために投入した。コイツ等もそうだ。もう何処に行っても敵だらけだぞ。」
「ご忠告どうも。」
「しかし……堀井梨香を殺しておいてその関係者と接触するとは。あんたは果たして誰の味方なんだろうな?」
「俺は俺だけの味方さ。」
「会話にならないな……。」
彼等が俺との会話に気を取られている内に、檜原は徐々に出口へと向かっていた。部屋と部屋を移動して隠れながら慎重に。
今は誰も振り向かない事を願うばかりだ。
後は自分自身をどうするかだが…………。
全員殺してやるとは言ったものの、そんな事無理なのは分かってる。
俺も退路を探さなければならない。
冷房の効いていない室内の蒸し暑さは、今度は俺に冷や汗と言う名の閉塞感を運んで来た……。