Episode 59
アンクルからは汗が出ている。蒸し暑さのせいだけじゃあない。
「オレが焦ってる?何を思ってそんな事聞くんだ?」
「ここに着いてからずっとソワソワしてるぞ?演技が下手だな。」
「そんな事無いぞ!勘違いだ!」
「いや……俺はあの喫茶店での会話からずっと違和感も感じていたんだ。何故只の仲介者のアンタが"堀井梨香の生死"を気にする?」
「!!!!!」
「別にアンタには生きていようが死んでいようが関係ない筈だ。もしアンタがその情報を売ろうとしてない限りはな。そしてその情報を欲しがっているのは間違いなく春鳥だ。」
檜原も疑惑を持ったのか、俺と共にアンクルから距離を取り、警戒を始める。
「誤解だシカリウス!只の世間話じゃないか!!」
「アンタもプロならその世間話の情報が、人の生死を左右するなんて分かり切った事だろう?」
「オレとお前の仲だろ!?」
「俺達はアンタの引退後一度も"情報屋とその客"の垣根を越えたことは無い。少しの情報にもアンタは料金を請求し、俺はそれを払って来た。だから今日喫茶店で会うなりすぐに俺の情報を話して来た事に違和感を感じたんだ。俺自身が置かれてる状況なんて、喉から手が出る程欲しい情報だ。良い商売になる。それが分からないアンタじゃあないだろう?」
「止めてくれ!深く考えすぎだ!」
「あれは俺を騙す事への罪悪感で喋ってしまったんだろ?」
「ち……違う!!」
「檜原のおっさんはコイツをどう思う?」
「私は今まで彼とは面識は無かった。だから普段との変化については分からないが、何か焦ってる感じがするのは確かだ。」
「ちょっと待ってくれ!2人掛かりでオレを責めるのかよ。」
「おっさんはどうやってアンクルと繋がったんだ?」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ…………。それ以上は止めてくれ…………。」
「さっきも言ったが、私は彼とは今日まで面識は無かった。あれは3日前だったな……急に堀井梨香君を密かに保護出来る人物を捜してる奴が居ると裏情報が回って来た。それで一昨日に出所を探していたら彼に辿り着いたんだ。」
「アンクルとの仲を取り持った奴は居たのか?」
「そんな奴は知らない。私は自力で彼に辿り着いたんだ。」
「アンクルの説明とは食い違っているな。」
「オレ違った事言ってたかなぁ?同じ様な事だったろ?」
「いい加減観念したらどうだ?何を企んでいる?」
「…………チッ!」
俺はそれでも昔馴染みのアンクルを信用したい気持ちが有ったのか、彼の次の動作に対して一瞬後手に回ってしまった。
「おっとシカリウス、懐から手を出せ。ゆっくりとだ。檜原さんも動かないでくれ。」
俺が銃を抜くより早くアンクルの銃口は俺を捉えていた。引退していてもそこはやはり元プロ。
為す術も無く両手を挙げる。
「おっさん!?」
「悪いが今は銃なぞ持ち歩いてはいない。すまない……。」
クソッ……分かっていたのに!
「やはり俺は騙されていた様だな。」
「お前が悪いんだシカリウス。あの日お前が来なければ春鳥にオレの事がバレることも無かった。」
「追跡者…………。」
「そうだあの日お前に奴が付いていたからだ。」
自分の事ばかり気にしていて気付いていなかった。
「あの日すぐに連中が飛んで来たぞ。殺されるか協力するか選べとな!オレには選択肢は無かったんだ。檜原さんも巻き込んですまない。アンタもまんまと炙り出されてしまったな。」
「おっさんはやはりシロだな?」
「あぁそうだ。だが2人共大人しく捕まって貰う。賞金首と裏切り者、連中にとっては一石二鳥の作戦だった訳だ。」
「私が裏切り者か……。組織には何も裏切り行為は働いていないがね。」
「春鳥にとって邪魔になれば同じ事さ。協力関係にある以上、言い訳なんて幾らでも出来る。連中には逆らえない。オレも身を持って痛感したさ。」
アンクルは銃はこちらに向けたまま、器用に歯で左手の包帯を解く。
その左手の親指から中指までは爪が剥がされていた……。
「少し格好つけてみたらこのザマだ。店の子も殺すと言われた。だから頼む……恨むなら奴等にしてくれ。」
「そうだな……別にアンタを恨む気は無い。原因を作ったのも俺だしな。」
大丈夫だ。アンクルは焦っている。バレていない。
「そうか……じゃ悪いがこのまま一緒に外に出てくれ。そろそろ連中の車が到着している頃だ。」
アンクルは一瞬視線を逸らす。
その瞬間を見逃さなかった。
「でも3万は返せよッ!?」
その言葉より数コンマ早く投擲された物体に、アンクルの眼は釘付けになる。
「おっさん!!!」
勘付いた檜原も防御体勢を取った。
次の瞬間には俺が投げた物体は、アンクル目前の空中で弾け、凄まじい爆発音と閃光を生み出す。
ジジイ!こりゃ予想以上だ!
しかし役に立ったぞ!
ガラクタ屋から買ったスタングレネードを隠し持っていた俺は、一瞬の隙を突いてそれをアンクルへと放った。
そのまま檜原に肩を貸して近くの部屋に隠れる。
檜原は顔を伏せていたおかげで視覚は正常だが、聴覚障害は防ぎ切れなかったらしく平衡感覚も狂っている様だ。
アンクルには直撃している。復活までは暫く時間を要するだろう。
「クソォ!シカリウスゥ!」
陰から様子を見ると、アンクルは床でのた打ち回っている
「シカリウス……良く平気だな。お前は耳栓でもしてるのか?」
感覚が戻りつつある檜原が問う。
「あぁ慣れているからな。」
「慣れるもんなのか……?」
正確には我慢出来ると言った方が正しいか。
「兎に角脱出しないとな。他にアンタの車まで行ける出口は無いか?」
「いや……私の知る限りはここだけだ。」
「マズったな。逆に逃げれば良かったか……。」
「彼の口振りからして仲間がもう既に外に居るだろう。そうなると先程の私の状態では足手まといになっていた。申し訳無いが……。」
「一先ずは正解の選択肢だったって訳か。しかし何処かで突破口を見付けないとな。」
そうこうしている間に、アンクルが復活する。
頼む、アンタは殺したくない。だからそのまま退いてくれ。
だが俺の願いとは裏腹に何処かへ電話を掛け始める。
「…………すまない捕え損ねた。…………あぁまだ建物内に居る筈だが。…………分かったここで待とう。」
電話を切ったアンクルはその場で警戒をしている。
その様子からして、やはりこの通路を通らなければ出口には行けない様だ。
「檜原のおっさんは何か良い案無いか?」
「う~む……。相手の人数や装備が分からない以上迂闊に動かない方が良いだろう。君は後どの程度の武器を持っている?」
「ハンドガンが一丁、弾はマガジン2つ分。それに特殊警棒くらいだ。スタングレネードは先程の1個でもう無い。」
「私が持っているのはナイフ3本だけ。相手は確実に銃を持っているだろうからこちらが完全に不利だな……。すまない、私も罠の可能性を考慮したのだが、今の立場上銃は簡単に手に入らなくてな。」
「良いさ。おっさんのせいじゃあない。今は後悔よりも打開策だ。」
しかし特に妙案も浮かばないまま後詰部隊は到着してしまう。