Episode 57
あれから俺達はホテルに移動した。すぐに入れて足の付き難いラブホテルを選んだ。
リカは嫌がるかと思ったが、またしてもショックを受けている様子で、気にする事無く素直に入ってくれた。
入るなり椅子に座り込んで黙ってしまうリカ。見るからに落ち込んでいる。
今回も掛けてやる言葉が見当たらない俺は、ここでも相変わらずソファーに陣取り横になった。
流石に連日の疲れが押し寄せる。ここの所キチンと睡眠が取れていない。
リカの気持ちも分かってあげたいが、俺にしてみれば相手は敵だ。
誰かが死ぬ度にこのような状態ではこの先どうしたら良いのか……。
とは言っても俺とは違い、今まで人が簡単に死ぬ様な世界とは無縁に生きて来た娘だ。
それでも彼女は必死に自分の中で消化しようとしてくれている。
現に怒りを見せる事も無いし、約束を破った俺を責める事も針千本を飲ます事もしようとしない。
モヤモヤした気持ちを抱えながらその日は眠りへと落ちてしまった。
次の日も俺達はそのままそのホテルに滞在していた。
兎に角次の身の振り方を考えなければ……。
最悪にも本拠地が潰されてしまったので、このままでは資金の補充も儘ならない。
いつまでもホテル暮らしは続けられないだろう。
「いっその事どこか遠くへ行ってしまおうか……。」
そんな事も考えていたが、何処へ行っても春鳥の関連組織は付いて回る。
組織が居ないような田舎では俺達は逆に目立つ。
それに俺には戸籍が無い為、まともには働けない。どの道資金繰りには困るであろう。
そんな一般人になる気もサラサラ無い。
結局何も出来ずにその日も終わろうとしていた。
しかしそんな時に1本の連絡が入る。
"堀井梨香を保護できる人物が見付かった。信用できる筋だ。"
アンクルからだった。
流石仕事が早い。今度キスしてやろうか。
願ってもない話だ。
駄目元で聞いてみたが、こんなにも早く見付かるとは。
もしリカを安全に保護出来る人物に任せられるなら、それ程良い事は無い。
後は俺1人どうとでもなる。
しかし先ずは会ってみないと何とも言えない。
すぐにでも会いたい旨を送ると、暫くの後返信が来た。
明日で調整出来るとの事だ。
俺は明日の夕方に指定された場所へと向かう事となった。
まだ相手が分からない以上リカは連れて行かない方が良いだろう。
その本人はと言うと…………。
「オナカスイタ……。」
昼間から備え付けのカラオケで一頻り熱唱して、エナジーを使い果たした様だ。
歌う事がリカのストレス解消法だと言うのであれば、俺は何も咎める理由が無い。
少しうるさい事を除けば……。
デリバリーサービスの寿司を与えると、喜んで食べてくれた。
明日には完全に元気になっているだろうか?
そんな事を考えながらその日は過ぎていった……。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
「ドン。確認が終わりました。やはり12名中生き残ったのは1人だけです。」
「…………そうか。ご苦労だったな。」
「いえ……遺体は全て警察に回収されてます。生き残った奴も重症で警察病院に入れられてます。」
「オレの可愛い部下達を……。」
「恐らく我々の所有していた銃器も押収されたでしょう。警察から目を付けられる可能性も有ります。」
「…………。」
「この先どう手を打ちますか?」
「…………。」
「あの……ドン?」
「殺し屋を雇う!腕利きに声を掛けてくれ。」
「……分かりました。手配します。」
「それからアイツの首に賞金を掛けろ。出来るだけハンター達にも声を掛けてくれ。世界中にだ!」
「正気ですかドン?日本を戦場にする気で??」
「構わん。オレを怒らせるとどうなるか……。身を持って教えてやるぞ……シカリウス…………。」
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明けた3日。今日は朝からシトシトと雨が降り続いている。嫌な感じだ。
待ち合わせは午後6時。先ずはアンクルと合流する。
場所は都心にある、とあるカフェ。如何にもアンクルが好きそうな佇まいの店だった。
「よう!こっちだ。」
店に入ると既に待っていたアンクルから声を掛けられた。他に客は居ない。
マスターもチラ見するだけで何も言ってくる様子が無い。どうやら知り合いの様だな。
「取りあえず座ってくれ。先方との待ち合わせまでは少し時間がある。」
そう言われた俺はアンクルの向かいへと座る。
「手どうかしたのか?」
アンクルの左手には包帯が巻かれている。
「ちょっと火傷してな……まぁ労災ってヤツだ。それよりお前は自分の現在の事態は把握しているか?」
「さぁて……どうだったかな。」
「全く呑気な奴だな。昨日の夜お前の首に賞金が掛かった。大元はまだ不明だが、どう考えても春鳥からだ。」
「お尋ね者から賞金首か……悪くない昇格だ。でいくらだ?」
「1億円だ。」
「1億だと!?あいつらマジかよ!俺が自首したら1億くれんのか!?」
アンクルはハァと溜息を吐き、かぶりを振る。
「ったく……緊張感の無い奴だな。お前この額がどんな物か知ってんのか?」
「知るか!俺はハンターじゃあないんだ。」
「米国政府のレートにしたら、国際テロ組織の幹部クラスの金額だ。」
「何?じゃあ俺は世界から注目される男って事か?」
「冗談じゃないぞ?実際現在も世界中からこの東京に賞金稼ぎが集まって来ている。しかもこの額じゃ相当手練が集まる筈だ。」
軽口を叩いていても、事態は深刻な方へ向かっている事ぐらいは分かっているさ。
俺がリカを匿うのも潮時な訳だ。丁度良かった。正に渡りに舟って奴だったな。
「お前何したんだ?」
「春鳥の奴等をもう10人以上…………。」
「そりゃキレるわ……。春鳥は手下が殺される事を嫌うからな。少しは自重しろよ。」
「仕方無かったんだよ!と言うかもう良いだろ?今日は情報交換に来たんじゃあないんだぜ?」
「そんな事言っても先方との約束まではまだ時間があるんだ。もう少し良いじゃないか。」
丁度俺のコーヒーとアンクルのおかわりが運ばれて来る。
味は……まぁ普通だ。
「じゃ保護対象の堀井梨香についてだが……。」
「ちょっと待ってくれ。まだ今日会う人物が何者なのか聞いてない。」
「……随分一方的だな。まぁ良い。」
アンクルはコーヒーを一口含む。
「詳しくは話せないが、鏑木会の関係者ではある。」
「鏑木会は春鳥側じゃあないのか?」
「表向きはな……。あれだけデカイ組織なんだ。一枚岩ではないのさ。」
「しかし意外にも早く見付かったな。」
「あぁ実はお前が来たすぐ後に、偶然にも堀井梨香を捜す者から接触があったんだ。そこから紹介されたのが今日会う人物だ。」
リカを捜している奴等が居る。
それはリカが生きている事を知っているからなのか?
やはり連れて来なくて正解だ。
「今度はこっちの番だ。堀井梨香は生きているんだな?」
「…………さぁな。」
「はぐらかすなよ。じゃなきゃ何で保護者を捜しているんだ?」
「俺は自身の味方になってくれそうな奴を捜している。それだけだ。」
「それが堀井梨香の関係者なのか?」
「さぁな。少なくとも春鳥側ではないと思っている。」
「お前はそうやって肝心な所はいつも濁すな……。」
「アンタは情報屋。俺はその客だ。客に情報を聞いてどうする?」
「只の世間話じゃないか!」
「だから俺はアンタと世間話に来た訳じゃあない!」
「オーケーオーケー分かったよ!それならばあまり聞かない様にしよう。」
どいつもこいつも情報屋って奴は隙きあらば何か探ろうとしやがる。
あの女もそうだ。まぁアイツの場合はお節介なだけだが……。
「いつまで待てば良いんだ?」
「そうだな…………そろそろ向かうか。ここからタクシーで移動する。実はもう呼んであるんだ。」
そう言うとアンクルは立ち上がり、近くに立て掛けてあった傘を手にした。
「じゃごっそさん!」
マスターに挨拶をしてテーブルに金を置き、俺達は店の外へと向かう。
カウンターで擦れ違う際にまた俺の事をチラリと見るが、言葉が発せられる事は無かった。
そう言えば1回も声を聞かなかったな……。