Episode 56
「シカさん……またです。外から何か物音が聞こえます。」
今回もリカの声が俺を覚醒させた。
辺りを見渡す。時刻は午後10時。仮眠開始からそれ程時間は経過していない。
「お休みの所ごめんなさい。でもどうも人の気配の様で……。」
住宅街の中でも少し孤立しているこの家の周りに人が来る事はない。
リカは不安そうな顔で見つめるが、やはり俺には何も聞こえない。
「……俺には分からない。本当に聞こえるのか?」
「はい……足音が恐らく8人分程度。この辺りは静かなのでハッキリ聞こえます。」
この娘は超能力でも持っているのだろうか?まぁそれはそれで面白いが……。
半ば疑いながらも前回の例があるので、警戒を始める。
「リカ。また荷物を纏められるか?念の為逃げる準備をしてくれ。」
「は……はい。」
俺はキッチンの横にある隠し扉を開け、セキュリティルームへと入った。
ここでは各場所に設置された監視カメラの映像や、仕掛けてあるトラップの動作状況等が確認出来る。
暫く映像と睨めっこしていたが、特に変わった様子が無い。
今回はリカの気のせいだったかと少し安心していた所、1つのカメラの映像隅にふと動く物を捉える。
次の瞬間には閃光と共に映像が切れた。俺は直ぐ様録画映像を巻き戻し確認する。
人間だ……。しかも複数人確認出来る。
またしてもリカの言っている事は的中した。
闇に紛れるため全身黒の装備で身を固めており、その手には……。
「アサルトライフルかよ!!」
まるで何処ぞの特殊部隊だ。
それにリカが言うには8人。
『お前を仕留めようとするなら、精鋭揃いの一個小隊が必要になるだろ?』
マッテオの言葉を思い出す。
小隊とはいかなくても、分隊規模を送ってきやがったな!
とある警告灯が光る。正面入口に侵入された合図だ。
玄関からその先の階段には、モーションセンサーで作動するボウガンのトラップが仕掛けてある。
しかし相手が多過ぎる。精々仕留められて2~3人程度だ。
俺は警告灯が光ったと同時に、とあるスイッチを入れてセキュリティールームから出る。
「クソッ!!ここはもうダメか!」
悔恨の言葉を吐き出し、リビングに居たリカと合流した。
「シカさん!?今建物内で物音が……。」
「あぁ!分かってる!追手だ。逃げるぞ!!」
その場を離れようとすると同時に、建物全体が大きく揺れる。
「うわ!危ない!こんな時に地震ですかね?」
「気にするな。兎に角こっちへ。」
今の振動は地下シェルターへの道を閉ざした音だった。
これで重機で地面を掘り返しでもしない限り、地下シェルターを見付ける事は出来ない。
勿体無いが、俺の秘密も置いてある場所だ。誰かに見られてしまうよりかはマシだった。
俺の寝室に入ると、絨毯の下にある隠し階段へと体を滑り込ませる。
奴等が居るのはまだ入口付近。そこで俺達は少しの間そこで息を潜めていた。
「リカ。これを持っていてくれ。イザという時に相手に押し付ければ、気絶くらいはさせる事が出来る。」
先程のスタンガンを渡した。
「ありがとうございます!何か見た目可愛いですねw」
「あぁしかしかなり強力だ。自分には当たらないように気を付けてくれ。」
「は……はい。怖いですけど頑張ります!」
「それと……疑問なんだが、本当に連中の足音が聞こえたのか?」
「はい。私昔から耳だけは凄く良いんです。集中すればかなり小さい音も聞こえます。あと声や足音も覚えてしまえば、誰のものか区別する事も出来るますよ!」
俄には信じ難いが成る程。これで全てに合点がいく。
そう言えば何時ぞや俺が怪我して帰った時も、リカは自らドアを開け、俺の事が『分かった』と言っていた。
「私の数少ない特技です!w」
笑ってるがとんでもない!ソイツはとても役に立つ。
戦闘において、もし相手の数や位置が事前に把握出来ていれば、それ程心強い事は無い。
まさかリカにそんな特殊能力があったとは……。
「因みに今は連中が何処に居るか分かるか?」
「はい…………。今は……正面玄関からゆっくりとリビングに昇って来ています。人数は恐らく6人です。」
この家の構造は、半地下に車庫があり、1階が玄関、2階が居住スペースとなっている。勾配のある丘に建ってるが故の造りだ。
車庫からはリフトで行けるが、正面玄関からは階段で2階に昇る。俺達の位置は丁度その階段とは正反対の場所にある隠し階段で、ここからも車庫に下る事が出来る。
「そろそろ移動するぞ。」
上に昇る襲撃部隊と入れ違う様に車庫に入る。
しかしバイクのエンジンを入れようとした俺をリカは制止した。
「シカさん。すぐそこに誰か居ます。2人です。」
驚いた。コイツは本当に便利だ。
俺とした事が、普通に考えれば出口を押さえる待機組が居てもおかしくない。
しかし一体何人送り込まれているのだろうか。
「排除してくる。」
「シカさん…………。」
「あぁ分かってる。殺しはしない。」
シャッターの隣のドアから様子を伺う。
シャッターの前に1人居る。先ずはコイツを排除しなくては。
「リカ隠れていてくれ。」
「はい。」
自動で開閉するシャッターのボタンを押した。
段々と上がるそれに気付いた見張りが振り返り銃を構えるが、俺は足元に開いた隙間からソイツの足首を掴み、車庫内に引き入れる。
そのまま肩固めの要領で絞め落としに掛かると、興奮状態の相手は数秒で落ちた。
もう1人。
物音に様子を見に来たその見張りは俺を発見するなり銃を向けた。
しかし俺の銃の方が一瞬早く相手の膝を撃ち抜く。空気を切り裂く音と、見張りの口から漏れる呻き声。
間髪入れずに走り寄り、膝をつくソイツに放った強烈な回し蹴りは顎に決まり、相手から意識を奪い去る。
他には!?
この周りには見当たらない。
急いで車庫へと戻る。
「シカさん……何か匂いが……。」
分かってる。もうとっくに次のトラップが作動した。
正面を突破された後、俺がトラップを解除しなければ自動的に次の段階へと移行していく。
「なるべくその匂いを吸い込まないでくれ!早く逃げるぞ!」
「は!はい!!」
もう時間が無い。
恐らく連中はもう2階に居る。異変にも気付いている筈だ。
何人かは慌てて飛び出してくるかもしれない。
それでなくとも、俺自身にも次のトラップが作動した時、どの程度の威力になるか分からない。
何せ今まで侵入された事も無ければ、試した事だって無い。
バイクをスタートさせ車庫から飛び出す。
もう後ろを確認している余裕は無い。
出来るだけ遠くに……。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
時を同じくしてシカリウス邸。
突入部隊は混乱に陥っていた。
「おい!!何してる!!!早くここから出るぞ!このガスはヤバイ!!!」
天井から噴出しているガスは数名の隊員の自由を奪っている。
「待ってくれ!この壁の中から音が聞こえる。」
「そんな事はどうでも良い!!」
「もしかしたら次の罠かもしれない。開けば解除出来るハズだ!どの道更に何か発動されたら皆やられる。」
「分かった。やってみよう。おい!動ける奴は動けない奴を担いで先に下りてくれ!!今そこを開けてみる。ちょっとどいてろ。」
男が壁を思い切り蹴飛ばす。
その隠し扉のある壁は意外にも脆く、簡単に開いた。
中の小部屋には用途不明の機材や、壁にはモニターが数台と幾つかの警告灯がチカチカ点滅している。
置いてあるデスクにはPCが1台。ディスプレイに表示されてる、何かが作動している事を伺わせるウインドウ。
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。
カウントダウンの様な音と、ウインドウの中で減っていく数字。
この部屋に踏み込んだ2人は、その数字がゼロになる瞬間の目撃者となる。
3……2……1……。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
一瞬昼間になったかと思う程の閃光と、少し遅れて凄まじい爆発音が背後から俺とリカを包む。
無残にも俺の隠れ家は大爆発を起こした。
更に燃え盛る家は止まること無く、次々と閃光と火花を生み出す。
幸いにも俺達は衝撃波が届く範囲からは逃れられていた。
しかしあの家の半径5m以内に居た者達には一溜りも無かっただろう。
侵入者が2階に辿り着く頃には、天井に仕掛けられた筋弛緩効果のあるガスが投入され、それに続いてLPガスが建物全体を覆う。
それでも解除されない場合はガスに点火され、全てが吹き飛ぶ仕掛けだ。
燃え続ける隠れ家は、更に激しい閃光を放ち始め、一段と闇夜を明るく照らす。
どうやら最終段階に入ったらしい。
建材にマグネシウムが仕込まれているあの家は、一度火が着くとマグネシウムも燃焼し始め、更なる火の手を生み出す。
その後庭のスプリンクラーから撒かれ始める水が、マグネシウムと反応を起こし、水素爆発を生み出し、全てを焼き尽くすまで止まる事は無い。
正直自分でもその爆発の規模には驚いていた。
恐らく侵入した部隊は全滅であろう。俺がそこに居た証拠と共に。
皮肉にもリカの誕生日とデビューを祝う様な盛大な花火は、彼女を悲しませる結果へと終わるだろう。
俺の体に回された腕は必要以上に俺を締め付け、小刻みに震えていた…………。