Episode 53
とある区所有の高層ビル。その最上階から更に昇った、人が立ち入れない様な屋上。そこに1人の男が居た。
男の傍には数種類の望遠鏡がズラリ。そして今も1つのそれを片手に、ある部屋の監視をしている。
「おい!」
また別の男がその監視者の背後に現れた。
「!!!!!!」
銃を突き付けられ両手を挙げる監視者。
「なぜお前がここに居る!?あの部屋に居る筈じゃ……。」
「残念だったな。だが何処からどう見られてるか分かっていれば、バレずに移動する事なんて容易い。」
「クソッ……。何故ここが分かった?」
「何故?何故か分からない?態々俺が"あんな時間"に"あんなだだっ広い場所"に居たか。女とデートでもしてると思ったか?雲の隙間から射し込む斜光は、お前の位置を知らせるのには充分だったぜ?」
「まさか……レンズが反射してたかっ!」
「この天気で油断したか?お前は追い詰めていたつもりだろうが、そんな時こそ細心の注意が必要だ。"追跡者"なんて異名は通っていてもまだまだ経験不足だな。」
「オレをどうする気だ?殺すのか?」
「そうだな……素直に俺の質問に答えるなら見逃してやっても良い。」
「分かった!何でも答える!だから殺さないでくれ!」
「フン……情け無い奴だな。まぁ見るからに戦闘向きじゃあない。所詮は只の追跡と監視に特化した能力か。それで……マッテオは何処まで俺達の事を知っている?お前はどんな報告をしたんだ?」
「先ずお前達の居場所はもうバレている。2時間後には襲撃予定だ。」
「俺が一緒に居る少女はどう報告してある?」
「昨日一緒に逃げた奴が居たとだけ……。今日の夕方の事はまだ報告して無い。オレは詳しい事情は知らないんだ!依頼された事をしてるだけで、その少女が誰かも知らない!」
「じゃあマッテオは俺が誰と逃げているか迄は知らないんだな?」
「向こうがどう思っているかは知らないが、オレは見ただけの事を報告している。」
「他に俺の住処がバレている所は有るか?」
「オレが報告したのは大田区とこの足立区の2つだ。」
「バイクについては?」
「バイクで逃走している事は伝えたが、車種までは言ってない。オレは4輪には詳しいが、バイクはそれ程でも無いんだ。」
「嘘は言ってないな?」
「あぁ信じてくれ!自分の命は1番惜しいからな。」
向けられた銃は下ろされ、安堵する追跡者。
「これからお前はどうする?」
「春鳥からは手を引くさ。顔を知られたからには追跡は出来ないからな。」
「そうか…………。」
再び向け直される銃。
「ちょっ!シカリ!!!」
言葉の途中で、無慈悲な金属音と薬莢が転がる音が木霊した。
「Ave atque vale!」
辺りに飛び散った男の脳髄から飛び出た液体。
目は大きく開かれ、絶望の表情のまま事切れている。
コイツは危険な男だ。今逃すときっと次は捕まえられない。再び大きな脅威となる。
それに嘘を言っていた。何処までが嘘かは分からないが、春鳥と手を切るつもりは無いだろう。
リカの事はどうだろうか?生きている事はマッテオに知られてしまったか?
しかし確証は得られない以上、まだ隠しておくに越した事は無い。
――早速約束破っちゃったね!
初めから守る気など無かった。
――嘘だね!ぼくには分かるってば!
仕方無かったんだ。コイツは殺しておかなければ次はもっと狡猾になる。
――おーおー言い訳しとる!
うっさいなー。
――針千本飲む練習しなよ?
…………分かってるよ。
――でも自分が苦しめば良いなんて、悲劇のヒーロー気取りは止めてよね?
そんなんじゃあない!
――うーん……それは本当かなぁ~?
憎たらしい奴だ。
――愛嬌が有るって言ってよ!
ハァ…………。
――やっぱりあの娘の為?
…………自分の為だよ。
――それまだ言ってるの?
短い通知音と共にメッセージの到着を知らせる携帯電話を見つめる。
その相手は毎日何通も送ってくるが、俺はその内容を確認出来ずにいた。
「すまんミディア…………。」
―*―*―*―*―*―*―*―*―
夜中に寝ているリカを叩き起こし、俺達は都心にあるビジネスホテルへと移動する。
拠点を2個も潰されてしまった。暫くはホテルを転々とする事にしよう。
リカには足立区から出たのは、嫌な予感がしたからと誤魔化しておいた。
6月も終わりを迎え、今日は7月1日。今だ終わらぬ梅雨の季節だが、珍しく晴れ間が多い。
まるであの娘を祝ってくれている様だ。
そう、俺は知っていた。今日はリカの歌手デビューの日。そして誕生日。
しかし気を使ってか、起きてからもそんな事を微塵も感じさせず、いつも通りの笑顔のリカ。
俺はまた何を言ってやるべきなのか分からなかった。
俺達は渋谷へと足を運ぶ。買っておきたい物が1つある。
外に出る時のリカの変装はグレードアップし、本人の提案でマスクも付けるようになった。
若者が集まる繁華街を抜け、少し閑散としたエリアへ。
とある携帯電話のアクセサリーショップ。そこで密かに売られている物に用があった。
「ロックスミスを探している。」
無愛想な店員に短くそう告げると、彼は何の返答も無く店の奥へと消えた。
「な……何か怒った様な顔していらっしゃいましたが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。彼はいつもあんな感じだ。」
「何を買いに来たのですか?」
「リカの携帯電話を買いに来た。有ると便利だろう?」
「ええっ!?ホントですかー???ありがとうございます!でも何故このお店なんですか?」
「それはだな……。」
奥から店員が戻って来る。
「今はこれしか無いが良いか?」
渡されたのはアジア製の機種。
「使えるなら充分だ。いくらだ?」
「20万だ。」
「えぇぇぇぇぇ!!高いですシカさん!!!何でですか!?やっぱり止めましょう!」
「大声を出さないでくれ……。それに適正価格だ。これは普通のスマートフォンじゃあない。」
「でも……私そんなに払えません。」
「リカが持ってると俺にとっても便利なんだ。金は気にするな。」
「そんな事言われても……悪いです……。」
「良いから良いから!」
俺は20万払い、商品を受け取ってリカに渡す。
「えと……えと……お仕事に復帰出来たら必ず返します!!」
「そんな律儀にならなくても良いぞ?」
「でも……私お金を使わせてばかりで……。大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。俺は金持ちなんだ。」
実際の所、手持ちはそろそろ無くなりかけていた。
今晩にでも隠れ家に取りに行った方が良さそうだ。
追跡者の話が本当ならまだ場所は知られていない。
「これは少し特殊なスマートフォンでな。近くのWi-Fiを見つけると、自動的にパスワードを解読してインターネットに繋がる。俺も使ってるんだ。アプリを入れれば離れていても連絡が取れる。」
「そうなんですかぁー!でもそれって違法では……?」
「まぁ確かに違法ではあるが、犯罪に使わなければ誰にも迷惑は掛けない。それともリカは犯罪に使いたいのか?」
「そ!そんなワケ無いじゃないですか!!!もう!シカさんイジワルです……。」
拗ねながらも電源を入れて早速連絡用のSNSアプリを入れた。
IDを交換すれば俺と繋がる事が出来る。
これで逸れたりしても大丈夫だ。それだけが心配だった。