表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/146

Episode 4

「"あの話"は続いている…………。残念だったな。」


うなだれていたエドアルドは顔を上げ、呆気にとられている。


「オレが何も知らないとでも思っていたのか?」


一変して、まるでいじめられっ子が泣き出すのを楽しんでいる、いじめっ子の様な表情をしている。

その直後に突如として両手に大きな負担が掛かる。

エドアルドがマッテオに向かって走り出していた。不意を突かれた俺は、彼を解放するのを許してしまう。

体勢を崩しながらも、無意識に超人的なスピードで左脇から銃を抜く。


「マッテオォォ!!お前ェェェェェェェェェ!!!」


エドアルドが走りながら叫ぶ。

その真後ろから後頭点を正確に狙いながら考える。


殺すか?

いや止めるだけか?


狙いを右腿へと変更し、躊躇(ちゅうちょ)なく引き金を引く。しかし一瞬の迷いがその行動を失敗に終わらせた。

サプレッサーによる独特の銃声の後、その弾丸は貫く相手を見失い空を彷徨う。

エドアルドは逆上し、マッテオに突っ込むと見せかけて、左手の路地へと(きびす)を切り返していたのだ。

部下達も一拍遅れて銃を抜いていたが、突然の行動に立ち尽くしている。


「バカ野郎ども!!!エドが逃げたぞ!!!」


マッテオが叫ぶと、部下達はまだ視界の中にいるエドアルドに一斉に発砲する。

こちらとは違いサプレッサーのない銃声が、協奏にならないカルテットを奏でる。

その4重奏も、逃げる男に届くことなく逃走を許してしまう。


人気が無いからって撃ち過ぎだ。ここは日本だぜ?

それにしても何つーヤツだ、あの男は。


「何やってる!シカリウス!簡単に逃しやがって!!早く捕まえてこい!!!」

「……へいへい。心配しなくても逃げられっこない。」


一足早く追跡を始めた部下達の後に続き、俺も追いかける。

ヤツの逃げた方向には、倉庫街からの出口が一つだけ。その先には隠れる場所もない、輸送トラックが通るだけの車道が広がっている。そっちに逃げてもすぐ見つかる。

倉庫に隠れるのも現実的ではない。手が自由に使えない今のあいつは、鍵を壊すこともままならないだろう。手間取っていたらすぐ見つかる。

後は海に逃げるかだが……。後ろ手に縛られ、服も着用してる人間が波のある海を泳ぐのは、恐らく水泳選手でも難しいだろう。

普通なら逃げ場は無いように思うが、しかしあいつなら……?恐ろしくポジティブなあいつは、少しでも可能性があればそれを実行するだろう。

各々がエドアルドの足取りを追うように追跡する中、俺はいち早く海沿いへと向かう。


エドアルドは不思議な男だ。調子を狂わされる。

この仕事に道徳も不道徳も、正義も悪も、良い奴も悪い奴も関係ない。依頼されれば(こな)す、それだけ。

そこには一片の個人的感情もなく、機械的だ。

今回マッテオからの依頼は"生け捕り"。それに従うだけ。


既に数え切れない人間を殺してきた。物心がついた頃からだ。

別にそうしたかったワケではなかったが、周りの状況が俺をそう育て上げた。

それ故倫理観など(とう)うに崩壊している。仕事の為、板前が魚を(しめ)る様に、只の"作業"でしかない。

おかしな男に会ったからといって、今更変わることはない。

あいつは俺にとって標的でしかないのだ。正にまな板の上の魚。俺はそれを客に提供するだけ。


思考を巡らすうちに、海沿いまで開けた場所に着く。ここから海まで10メートルといったトコロか。

物陰に身を潜めると、脇の路地から人の気配を感じる。


「……当たりのようだな。」


その路地からエドアルドが周囲を伺うように顔を出す。こちらには気付いていない。

海に向かって走り出した所で、俺も影から飛び出る。


「残念だったな。しかし俺は、ターゲットを逃した事は一度も無いんだ。」


男へ真っ直ぐに銃を構え、静止させる。俺を挟むようにエドアルドと海が対峙する。

咄嗟に体を強張らせ、急停止したコイツからは、またしても思いもよらぬ言葉が飛び出す。


「何だあんたか。びっくりさせるなよ。悪いが急いでいるんだ。」


まるで近所の知り合いに会ったかのように振る舞い、去ろうとする。


「ジョークじゃあないぞ?」


動き出そうとした次の瞬間、空気を切り裂くような音と共に、男は右膝を地面へと落とす。


「これ以上ふざけるなよ。もうお前の茶番に付き合う気はない。」


向けられていた銃は、エドアルドの右足を撃ち抜いていた。

両手を縛られ、右足も使えない。これで海へ逃げる事は諦めるだろう。


「ハハハッ……。酷い事するじゃないか。結構痛いぞこれは。」

「大人しくしろ!そうすればこの1発で勘弁してやる。」


苦悶の表情を見せるエドアルドだが、失血はそれほど多くは無い。

急所は外してある、動きを止めるだけの1撃だった。


「これでもう逃げられやしない。諦めろ。」

「……まだだ。あんたは左足を残してくれている。」


右足を震わせながら立ち上がろうとする。

一体この男は何なんだ!諦めるという事を知らんのか!?


「おい!!言ったはずだ!大人しくしないとその左足も撃つぞ!?」

「本当に撃つ気なら何も言わず撃てばいい。」

「手を煩わせるな!殺せる状況ならとっくにお前の事なんか殺してる!!」

「ならば殺せばいい。」

「マッテオからは生け捕りと言われている。殺したくても殺せん!」

「あんたはそうやって何かと理由をつけて、逃れているように見えるが?」

「!!!!!」


先程までのチャラけた表情から打って変わって、真剣な表情を見せる。


「大人しく捕まっても自分は殺される。だったらあんたが撃たない方に賭けるしか無い。それにあんたはきっと撃たない。」


エドアルドは右足を引きずりながら歩き出す。


「おい止まれ!これは最後の警告だ!!」


それでも止まる様子は見せない。


「あんた本当に殺し屋か?言わば殺人鬼だ。そんなあんたなら何故攻撃する事に理由を求める?」

「!!!!!!!!!!!!」


歩みを止めず、しかしゆっくりと進み続ける男は、またしても俺の心を抉る。


「あんた……あんたがホントにそれだけの人間なら、一々ターゲットに話し掛ける必要もないし、撃つ前にワザワザ警告なんてしないさ。」

「……………。」


言い返す言葉が見当たらない。


――あれだ!図星ってヤツ??

…………。

――折角"帰って来た"のにね!

…………。

――こんな事何で続けてるんだろうね!?

…………。

――やっぱやりたくないんじゃないの?

…………。

――見透かされてるよ!

…………。

――何も言葉が出てこないんだ?

…………。

――完全に負けちゃったね……この人に……!

…………。


しばらく思考の回廊に引き込まれてしまっていた。

マッテオからまたメッセージが届いているが、確認している余裕はない。

しかしエドアルドとの距離はさほど変わってなかった。やはり右足のダメージはデカいらしい。

当たり前だ。普通なら立ち上がる事すらままならない1撃を与えた。この男が異常なのだ。

そう……。この男が異常。惑わされる事はない。

制止を聞かぬなら、さっさと行動不能に…………。


「もう来たか……。」


エドアルドは唐突に足を止めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ