Episode 47
部屋が荒れている形跡は無い。リカは自ら外に出た様だ。
一先ずは安心するも、自分で放った言葉にかぶりを振り、抱く後悔の念。
確かに外に出ても良いと言ったが、それはリカの知名度を見誤っていた。
俺はそのまま近所を回り、リカを捜す。
彼女にとっては知らない街だ。それ程遠くには行かない筈。
丁度小学校の下校時間と重なった様で、彼方此方から賑やかな声が聞こえる。
その中に混じって聞いた事のある声が俺の耳に届いた。発信元はすぐ近くの大きな広場の有る公園。
その公園を覗き、俺は自分の目を疑う。
リカが数名の小学生と一緒に広場で鬼ごっこをしていた。
「おねえちゃん足はやーい!ずるいよ~。」
「ほら!こっちだよ~!」
「まてまてぇ!!」
「うわぁ!捕まったぁ~!w」
リカは俺が渡した筈のニット帽もサングラスもしていない。
俺はその光景に頭を抱え、声を失った様に只睨んでいた。
「ねぇねぇ!あそこにこわ~いかおしたオジサンがいるよ?」
「え!?どれどれ?あ!!!」
「へんな人かなぁ~?」
「大丈夫!お姉ちゃんの知り合いだから。ちょっとごめんね皆んな!」
俺に気付いたリカが駆け寄ってくる。
「シカさ~ん!!!お帰りなさい!」
その緊張感の無い態度に、俺は年甲斐も無く苛ついた。
「帰るぞ。」
短く言い放つ俺にリカは困った顔を見せる。
「今すぐですか!?じゃ皆んなにお別れしないと!」
「良いから早く来い!」
「ちょ……ちょっと待って下さい~。」
振り返り歩き出す俺の背後でリカは大声を張り上げる。
「皆んなぁ~~!!!お姉ちゃんもう行かなきゃいけないから、また今度ねぇ~~~!!!」
その響き渡る声に俺は更に頭を抱えた。
「えぇ~行っちゃうの~??」
「まだあそんでよー!」
「みんなしょーがないよ……。」
「おねえちゃんまたねー!!!」
「バイバイ!!!」
リカはその声に手を振った後、近くのベンチに置いてあった帽子とサングラスを身に付け、俺の後を付いてきた。
「シカさん何処に行くんですか?家はそっちじゃないですけど……。」
「良いから黙って付いて来てくれ。」
不機嫌な態度を感じ取ったのか、リカはその後声を出す事も無くトボトボと付いてくる。
誰かに見られていたかもしれない。尾行が付いてないか、暫く歩き回って確認する。
1時間程人気の無い道を選び街を歩いた。幸いにも誰かが付いてくる気配は無い。
安全を確認した所で、一路住処へ向かう。
部屋に帰り着いた後、今だ言葉を発しない俺にリカが話し掛ける。
「シカさん……何か怒ってます……?」
その無神経な言葉に怒りのボーダーを超えた俺はリカに詰め寄る。
図らずとも壁ドンする格好になってしまった。
「怒ってるか?俺はリカに言った筈だ。"目立つ事はするな"と!」
俺の初めて見せる激高にビックリしている様子のリカ。
「あれは最悪だ。変装も取って、声を張り上げて。もし追手に見付かってたらどうなっていた事か!!!」
「ご……ごめんなさい……。」
「頼むから立場を辧えてくれ!俺もリカも命が懸かっているんだ!!」
その言葉にシュンとしている。リカだって馬鹿じゃあない。きっと分かってる筈だ。
「今日の事は反省してくれ。俺は食事の準備をするから、汗を掻いているなら先に風呂に入ると良い。」
そう言い放ち、夕食の支度を始めた。
リカは素直に風呂に入っているらしく、シャワーの音が聞こえる。
今晩は朝に買った時不知尽くしの予定だ。
献立はお造りは勿論、漬けにしたサーモン丼、カマは塩焼き、ハラスは香草焼き、切り身は照り焼きにし、骨からは三平汁を作った。
かなり豪華な内容だ。
「いただきます……。」
今日の挨拶には力が込もってない。
食べ始めてもリカにいつもの勢いは無く、意気消沈したまま黙々と食べている。
逆に調子が狂う。
「あの……シカさん……今日は本当にごめんなさい。」
暫く食べた後、突然リカが箸を置き謝り始めた。
「気晴らしのつもりで外に出たんです。目立つ事はするつもりは有りませんでした。でも公園のベンチに座ってノンビリしてたら、小学生達が集まって来て……。それで元気に遊ぶ姿に私我慢出来無くなって……。」
俺はもう怒ってはいなかった。寧ろ少し大人気無く、言い過ぎてしまったと感じていた。
リカはストレスを表に出さないが、その大きさはとてつもないだろう。
慣れている俺とは違って、一変してしまった生活にもっと駄々を捏ねてもおかしくはない筈だ。
でもリカは今だに誰のせいにもしていない。家族にも、友達にも会えない。夢だったと語ってくれた仕事ももう出来ない。それでも文句1つ言わずに付いて来る。
「いや……今日は俺も悪かった。あんな露骨な態度を取るべきでは無かった。すまない。」
「そんな!私が全面的に悪いのにシカさんが謝らないで下さい。」
「俺もリカのストレスまで気が回って無かった。3日間も何も知らない男の部屋に軟禁状態じゃ息も詰まるよな。」
「私は……シカさんの事そんな風に思ってません!だって私の命を救って下さったんですもん!シカさんじゃ無かったら、私はもう死んでいたんです。」
普段は子供っぽいのに、偶に俺よりも余程しっかりとした大人を見せる。
不思議な娘だ。
「まぁ兎に角。これからはリカも何かしたかったら遠慮無く言ってくれ。いつまでこんな生活が続くか分からないからな。なるべくストレスは溜めないようにして欲しい。」
「はい。分かりました!ありがとうございます。」
「だから今日の俺の態度については謝る。すまなかった。でもリカは何処か危なっかしい面があるから、俺は少し心配なんだ。」
この前、飴玉を貰ったら付いて行ってしまそうな娘だと感じた。今はそんなふわふわした危なっかしさをより一層強く感じる。
親になった気分だ……。
「危なっかしいですか???自分では良く分かりませんが……。でも目立つ行動はこれから慎みます!」
「分かってくれたなら有り難い。じゃあ折角リカの好きなサーモン尽くしなんだ。冷めないうちに食べてくれ。」
「はい!!!!」
リカはやっとパァァっとした笑顔を取り戻し、いつもの通り口一杯に頬張って食べ始めた。
「おいひーれす!!!!!」
またもや口に物を入れたまま喋るリカを、俺は咎める事はしなかった。
この笑顔を静かに見ていたい。そんな気持ちがしていた。
これからはなるべく連れ出してやろう。しかしもう少し完璧な変装が出来れば良いのだが……。