Episode 46
「ここもシカさんの部屋なんですか???沢山あるんですね!」
「あぁ仕事柄何箇所か持っている。」
「まだあるんですか!?ふぇ~。」
買った物を冷蔵庫に押し込むと、リカには暇つぶしの為にタブレットPCを与える。
俺にはまだやっておきたい事があった。
「俺はまた出て来るから自由に遊んでてくれ。冷蔵庫には昼食も入っている。多少なら外に出ても良いが、くれぐれも目立つ事はしないでくれよ。」
そう言って鍵と目深に被れるニット帽、それからサングラスを渡す。
「了解しました!!提督!!!」
早速遊んでるゲームの真似をして応えた。
凄く心配だ……。
車に乗り込むと、とある場所へと向かう。
この街でも特に工場が集まる海近くのエリア。その中に行きつけの中古車屋がある。
車で乗り付け、車から降りるとすぐに男が出て来る。
「お!旦那!久しぶり!Ducati SSのその後の調子はどうだい?」
馴れ馴れしく話し掛けてくるこの中年の男はここの社長らしい。
顔見知りではあるが、互いに名前さえも知らない。そんな街なのだ、ここは。
「事故って廃車だよ……。だから新しいのを見繕おうかと思ってな。」
「あちゃー勿体無い!しかし良く生きてたねー!あんな化物で事故ったら普通一溜まりもないぞ?」
「完全に貰い事故だよ。真横から突っ込まれたんだ。」
「そりゃ災難だったな。まぁ歩けるって事は大した怪我じゃなくて良かった。」
俺の左脚を見てそう呟いた。やはりまだ無自覚に庇った歩き方をしているらしい……。
それと事故の怪我じゃあないけどな。
「んでまたバイク買うんかい?どんなのが良い?」
「そうだな……単ケツでもしっかり走れるが、タンデムでも疲れないツアラーとかあるか?」
「何だよ旦那!彼女でも出来たのかい?隅に置けないねー。」
「うるせーなぁ、俺は世間話しに来たんじゃあないからな!」
「まぁまぁ怒るなよ。それに丁度良いのが入ってる。スズキのGSX1300Rハヤブサ2013年仕様、カラーは黒とグレーのシブいヤツだ!」
社長が奥に案内し、説明しながらその車体を見せる。
「走行は約1万の上物。前オーナーはレースと言うより、ロングツーリングで使ってたっぽいな。旦那希望のタンデムシートは、乗り心地の良い物に変わってる。後はリアサスがオーリンズで、タイヤがミシュランのパイロットロード、マフラーがヨシムラだ。だが音はそんなに大きくない。他は殆ど純正だな。まぁ自分で確認してみてくれ。」
調べる迄も無い。今の俺には充分過ぎる。
「悪くない。いくらだ?」
「こんだけの好条件だ。120と言いたいトコだが、旦那なら110でどうだ?」
「それなら外の車を下取りして100ピッタリにしてくれ。」
「あの年季の入ったヤツをか?」
「所々パーツは最新のが入ってる。バラせば10万以上にはなると思うぜ?」
「フレームは?」
「抹消済みだ。」
「ハァ~……またそう言う話か。じゃ今回もバイクの登録は?」
「しなくて良い。仮ナンバーを持ってる。」
「仮ナンバーねぇ……こっちには迷惑は掛からんだろうな?」
「大丈夫だ。だから売買の証拠を残さないでくれ。」
「支払いは?」
「勿論現金一括。」
「全く参っちまうな……まぁ良い。」
「じゃあ商談成立だな?」
「OKだ!このまま乗ってくんだろ?点検を30分で終わらす。ちょっと待っててくれ。」
「悪いな。ありがとう。」
「旦那が何者か知りたいぜ!」
キッカリ30分で仕上げて来たハヤブサにナンバーを付けて跨り、社長に改めて礼を言うと、次の目的地へと向かう。
時刻は正午。少し早いが店に居ると良いが……。
環状線の渋滞を擦り抜けて、向かう先は中野区。ジジイのガラクタ屋がある場所だ。
しかし走ってみてこの機体の加速力には驚かされる。
上手く使い熟さないと振り落としてしまいそうだな。
って何の心配をしてるんだか……。
中野サンプラザやその向かいの商店街。そこから駅の南口まで飲み屋街が続き、都内でも有数な繁華街で知られるが、駅前を外れると住宅街が多い。
新宿区との境、神田川に程近い場所には住宅街に紛れて、密かに外国人、特にアジア系が集まる場所がある。
橋を越えるとすぐに有名なとある外国人街が有り、それも影響しているのだろう。
このエリアは一見普通だが、不法滞在者を匿ったり、密輸品の違法ブローカーをしている者が居る。
ジジイもその1人だ。彼の店は表向きは只のジャンク品が集まるホビーショップだが、店の裏側では銃器、弾薬などの違法物を取り扱っている。
近くにバイクを停めた後、その"Gears"と付けられた名の店の裏路地に回る。
そこにある裏口に決められた合図を送ると、開けて貰えるシステムとなっているが、今日は反応が無い。留守の様だ。
「やはり早過ぎたか……。出直そう。」
ジイさんは昼過ぎには店に居る事も多いが、偶に仕入れで閉めている。
表の店はパートタイムが店番をしていた。彼は事情を何も知らない。
残念だが、居ないものは仕方が無い。大田区へと引き返そう。
その前に気になる事が有り、俺の足は中野ブロードウェイへと向かった。
ここはオタクの聖地の1つとして挙げられている。
中には様々なオタク系グッズを販売する店が所狭しと並び、昼間から買い物客でごった返していた。
俺は初めて訪れる場所であったが、迷わずその中の1つの店へと足を踏み入れる。
何故ならその店の店頭には、とあるポップが大きく飾られていたからだ。
"7/1歌手デビュー!CD予約受付中!!"
その文句と共に、あの娘のポスターが貼られていた。
店内には彼女の特設コーナーが設けられ、等身大パネルの横には、関連グッズや出演アニメのDVD等が一緒に販売されている。
そう……俺は"堀井梨香"について殆ど何も知らなかった。
リカはニッチな業界とは言え、有名人である事に変わりは無い。
どの程度なのか調べる事で、今後の動きや変装方法等に役に立つ。
"人気投票No.1女性声優!"
"公式踊ってみた動画が100万再生突破!!"
"今声優界で最も変な娘(褒め言葉"
謳い文句からも察するにかなり人気は有る様だ。
実際俺が眺めていた2~3分の間にも、チラホラとグッズに手を伸ばす人達が居た。
せめて人気もそこそこなら動き易かったのに……。
これは少し面倒い事になりそうだ。
情報を確認し終えると、足早にその場を去る。
特に他に用事は無い。今度こそ帰ろう。
住処に帰り着く頃には時刻は午後3時を回っていた。
ドアの鍵を開ける時に少し嫌な予感を感じる。中から人の気配がしない。
急いで中を確認すると、案の定部屋は空っぽだった……。