Episode 43
「クソッ…………。」
揺らめく視界の中、鍵を開けようとするが上手くいかない。
頻りに頭を振って歪む世界を追い払おうとするが、余計に目眩が酷くなる一方。
このままこの場で倒れてしまいたい衝動に駆られた瞬間に、ドアは向こう側から開かれた。
「シカさん!遅かったですね!うわ!!!大変!!!どうしたんですか!?」
リカが顔を出し、あまりの光景に口を抑える。
「いや……久々に友人と会ってね……。悪いがちょっと肩を貸してくれないか?」
「へ?友人って……?いやいや……さあ掴まって!大丈夫ですか?酷い怪我……。」
肩を借りながらリフトで上へ上がる。
「そんな事より……誰かも分からないのに……ドアを開けたら……危ないじゃあないか……。」
「大丈夫です!私分かるんですよ!と言うか!!こっちがそんな事よりですよ!病院に行った方が……。」
「いや……病院はちょっとマズイんだ……。ウチにも……ある程度の治療道具がある……それで何とかする……。」
リビングルームに入り、リカはソファーまで運ぼうとしてくれる。
「ここの床で良い。ソファーを汚しちまうし、堅い床のが治療し易い。」
「分かりました。下ろしますよ?ゆっくりー……ゆっくりー……。」
床に降ろされた俺は、左手で身体を支え、両足を伸ばす。
立っているよりも気分は大分楽だ。
「悪いが……俺の服があった部屋の棚に、治療用の道具箱がある……。それとその下の扉には金庫があって、その中に注射器とある薬品が入っている……。それを持って来てくれないか?」
「任せて下さい!!でも薬品は……私に分かりますか?」
「薬品は何種類か入ってるが、赤い縁のラベルが貼ってある液体のヤツだ……。すぐ分かる……。」
「分かりました!」
「すまない……。今鍵を渡そう。」
鍵を受取ると駆け足で奥の部屋へと消えて行った。
正直起きて待っていてくれたのは助かった。
しかし何故俺が帰ってきたのが分かったのだろう?部屋に居たら下の物音なんて殆ど聞こえない筈だが……。
「これですかー!?結構重いですね……!」
1分も掛からず戻って来た。
俺の脇に置かれた道具箱の中身をチェックする。
残念ながら消毒薬が切れていた。
「もう一つ頼まれてくれるか?キッチンの冷蔵庫にウォッカが入ってるんだが、それを取って来てくれ……。」
「お安い御用です!!」
渡されたウォッカを一口飲むとガーゼに少し含ませ、まずは右腕の消毒から始める。
「マンガみたいに、口から吹き掛けるのかと思いましたw」
そう言っていたリカも傷口を見るなり"うわっ"と短い叫び声を上げ、目を手で覆い隠すが、指の隙間から見ている。
お前が漫画みたいだ……。
腕の傷は浅いが、広範囲に表面が抉られている。これは圧迫しておくしか無い。
大判の絆創膏を貼り付け、包帯でしっかりと巻く。リカが手伝ってくれた。
問題は左脚。実はまだ弾が中に残ってしまっている。
止血の為に縛っているTシャツはそのままに、ハサミでパンツを切り、傷口を露わにする。
時間が経ってしまっている為、付近の血は固まり、ドス黒くなってしまっていた。
ここにもウォッカを掛け固まった血を拭う。時折激痛が身体を走るが、もう少し耐えなくてはならない。
「ガーゼでは全然足りないな……。タオルも持って来て貰えないか?」
「は……はい!」
ハッっとした様な顔になり再三走り出す。彼女にとって非現実的な光景は我を忘れてさせていたらしい。
古い血を拭うとまた新たな鮮血が滲み出てくる。リカは苦い顔をしながら、それでも何とか治療を手伝おうとしてくれた。
さぁ!ここからが本番だ!
先程持って来て貰った薬品と注射器を用意し、充填すると空気を抜き、左腿の傷口付近にぶっ刺した。
ここからは時間との勝負になる。
ナイフで入口を少し開くと、中に思い切ってピンセットを差し込む。
しかし痛みは先程より感じない。そう、打った薬品はモルヒネだった。
ピンセットで中を穿りながら、目的の物を探す。
その光景を見ているリカが、"ひゃっ!"と声を上げた後、"あぁ!痛い痛い"と呟きながら泣きそうな顔をしている。
痛いのは俺だ。
鈍くなっているとは言え、痛いものは痛い。しかも最近は耐性がついてきたのか、効果が弱くなってきている。
俺は奥歯が欠けそうなほど歯を噛み締めていた。
グリグリとピンセットを動かすと傷口からは血が溢れる。今日は一体どの位血を失っているのだろうか……。
やっとの思いでピンセットの先に硬い物を感じ取った俺は、それを掴み思い切り引き抜く。
出てきたのは黒く変形した金属の小さな塊。無事に取れた様だ。
そこで俺は限界を迎えた。ピンセットを落とし、そのまま横に倒れる。
モルヒネには眠気を催す副作用があり、俺は打った直後に必ず寝てしまう体質なのだ。
「悪い……もうダメみたいだ…………。」
「そんな!!シカさん!?大丈夫ですか!!?シカさ…………。」
リカの呼び掛ける声は途中で途切れ、俺の意識は遠く彼方に飛んで行く。
世界は暗転した……。
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「今回は酷い怪我だったね。」
そうだな。
「いつ以来かな?こんな大怪我したの。」
もう覚えて無いな。
「今回はちゃんと起き上がれるかな?」
大丈夫だろ。
「もう若くないんだから無理しないでね?」
年寄り扱いするなよ。
「でも実際かなりの"年の差"出来ちゃったよね。」
お前がチートなんだ。
「大事にしなよ?」
何がだ?
「あの娘だよ!」
…………。
「今回は取り零さない様にね?」
分かってる。
「それならもう起きてあげないと心配してるよ?」
お節介なヤツだな。
「ぼくは昔からそうだったでしょ?」
あぁそうだったな。
「じゃまたね!」