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Episode 42

(しばら)くは走りながらも慎重に移動していた。何処に春鳥の連中が居るか分からない。

その時俺は環境音に違和感を感じた。

しかし音はまだ遠く、俺は更に歩を進める。


次の交差点に差し掛かった時、音はかなり近付いて来ている事に気付く。

この音を……この車のマフラーの排気音を俺は知っている。

交差点に入った時には、もうその車は左から目の前に迫っていた。カルロスのマセラティだ。先程俺の愛機を轢いた跡がベッコリ残っている。


ガードレールの隙間を上手く縫って突っ込んで来るマセラティ。中からは叫び声が聞こえる。


「シカリウスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


咄嗟に来た道側に転がり込んだ俺は、またしても間一髪で突撃を避けた。

歩道にまで突っ込んで来るとは……。しかしあいつは特攻しか出来んのか?

街路樹に衝突し止まる。スピードはそれ程でもない。恐らく奴は無事だ。


ここまで正確に位置を把握されるとは……。何処かで見てる奴が居るな。

これでは分が悪い……。

春鳥は中々戦略的に攻めて来る。軍師でも付いて居るのだろうか?


更に不幸な事に野次馬と化した通行人が集まってくる。


「なになに?事故?」

「やばーい!初めて見た!」

「つかあの人怪我してるよ!大丈夫かな?」

「誰か警察に連絡しましたかー?」


警察にまで介入されたら厄介な事この上無い。

俺はさっさとこの場を去る為、カルロスの車を奪う事を思い立った。

奴が気絶している事を願い、運転席に近づく。だがその考えは甘かった。


奴は中に居ながら、運転席後方のリアドア付近にいる俺に向けて撃ってきた。

サプレッサーの付いていない銃声が響き渡り、リアウィンドウが砕け散る。

その1発は俺の右腕、上腕二頭筋の肉を一部掻っ攫った。


聞き慣れない銃声にポカーンとしていた野次馬達も、俺が血飛沫を上げて倒れた事で一斉に逃げ出す。

それは好都合な事だが、事態は完全に俺の不利な状態にある。残弾は1発しかない上に右腕をやられた。

運転席のドアが開く音が聞こえ、俺は慌ててテールランプ側に身を隠す。

中からは額から血を流したカルロスが降りて来た。先程何処かに打ち付けたらしい。


「さぁて!オレの可愛い獲物ちゃンはどこに隠れたンかなぁ~??」


足音がこちらに近付いて来る。この至近距離では逃げられない。

一か八か俺は地面を背にし、左手に銃を構える。この1発に賭けるしか無い。


呼吸を整えろ。

照準だけに集中しろ。

世界は静まり返った様に、俺の呼吸音と鼓動だけを響かせる。


奴の顔が見えた瞬間に最後の1発を放った。

が、向こうも瞬時に銃を構えているこちらを認識し、顔を仰け反らせる。

しかし一瞬の事で、カルロスのその銃を構えていた手は反応が遅れた。


幸運にも俺の希望の弾丸は、カルロスの左手に当たり、短くなった小指から更に第二関節までを奪う。


「ーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


銃を落とし、また声にならない叫びを上げるカルロス。

奴が怯んだ隙に俺は立ち上がって走り寄り、飛び蹴りを放った。

思い切り踏み込んだ左脚の傷口からは大きな悲鳴が上がり、俺は顔を歪ませる。しかし正確に顎を捉えたその1撃はカルロスをダウンさせた。


倒れ込んだ彼を無視し、車に乗り込み、エンジンが点きっぱなしだったそれをバックさせ、歩道からの脱出を試みる。

幸いにもまだ普通に動いている。

しかし無理に歩道に入り込んだコイツは、一度では出る事は出来ず、切り返すために視線を前方に戻した。

そこで俺は大きく目を見開く。


「マジかよ……。タフな野郎だ。」


そこには起き上がったカルロスが、丁度銃を拾おうとしている所だった。

急所を捉えた渾身の1撃だった筈だが、脚の痛みのせいで威力は死んでいたらしい。


これはマズイ……。位置関係から言って、奴からは狙いたい放題だ。

俺は瞬時にギアをローに入れ、前方のカルロスに突っ込む。

自爆しない様に、直前で思い切りブレーキを踏み、カルロスだけを約10メートルほど吹っ飛ばした。

流石に先程のダメージがあったのか、奴は避ける事は出来なかった様だ。


またすぐにギアをリバースに入れ、バックで歩道から脱出する。

今度は良い具合に車体の角度が直り、1発で出る事が出来た。

最後に助手席側に見えるカルロスをチラッと確認する。

そこには再び目を疑う光景があった。


既にカルロスは立ち上がり、こちらに銃を向けている。


「シカリウスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


咆哮すると同時にこちらに走り出し、更に発砲してきた。


「サイボーグかアイツは!!!」


すぐに車を発進させるも、何発かは助手席のドアに当たり、その中の1発は俺の左脇に鈍痛を(もたら)した。

しかし辛くもカルロスから逃げ出す事が出来た俺は、そのままスピードを上げ走り去る。

後方からは今だに銃声が聞こえていたが、その弾丸は今や届く事は無い。


左脇の具合を確認するが、血は出ていない。感覚から言って、ホルスターに収まっているシグに当たったのだろう。

後で破損状況を調べねば……。

恐らく追跡して来るであろう監視者を撒いて、車も変える必要がある。

この車は相手側にモロにバレている。


(しばら)く思うがまま滅茶苦茶に走らせる。

渋滞の多い場所は避け、環状線と小道を縫うように進んだ。


30分ほど走らせた後、頃合いを見て、車通りの全く無い住宅街の一角に停まった。

ここで何も車が付いて来なければ、追跡者は撒けたであろう。

少しの間様子を見る為に車内で待機し、ついでに右腕の手当も済ませる。


その後車外に出て辺りを確認するが、特に誰かの視線を感じる事も無い。

大丈夫そうだ。

このままここに車を乗り捨て、徒歩で移動する。脚の痛みは慣れてきたせいかマシに感じた。


遠くからは引っ切り無しにサイレンの音が響いている。

公共の場であれだけドンパチやればそりゃ大事件だ。


途中路上に停まっていた古臭い軽を拝借させて貰う。

持っていたナイフでドアと鍵穴をこじ開けセルを回すと、キュルキュルと鳴る音と共に始動するエンジン。

比較的セキュリティの甘い旧型の軽は盗みやすい。


検問の張られやすい県境は逸早く突破し、その後はまた大きく迂回して隠れ家に向かう。

目的地付近に着く頃には日を跨ぎ、深夜になっていた。

ウチから約2km手前の路上にまた車を乗り捨て、自分の足で家を目指す。


ここでもつけられている気配は全く無い。

人目を避けつつ、出発してから6時間を越えての帰宅となった。


リカは……。あの娘の事だ。とっくに寝てしまっているかもしれない。

少し寂しい気もするが、あの性格はこっちも余計な心配をしなくて良い。


車庫をカードキーとナンバーキーで解除し中へと入る。

正面入口には仕掛けが施されているので、使うのはいつもこっちだ。

更に居住エリアへの鍵を出そうとした所で目眩に襲われる。

家に着き、少し安心したせいで、身体は本来在るべき状態に陥った。

そう、少し血を流し過ぎていたのだ。

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