Episode 41
分かってた……。分かってたさ……。リカだってきっと分かってた。
こんな仮初の時間は長く続かない事を。
今後待ち受けるであろう苦難。それをあまり考えない様にと、知らない者同士必死に互いの役割を演じていた。
でももう少しくらい夢見させてくれても良かったじゃあないか…………。
グギャギャギャギャギャギャ!!!!!!
バイクが潰され、引き摺られる音は、俺を速やかに現実に引き戻す。
あ~あ……買ったばかりなのに勿体無い。
見るからに廃車は免れないその姿に、バイク乗りとして少し心が痛む。
俺にそんな考えに余裕があるのも、実は間一髪でバイクから飛び退いていた。
着地と同時に転がり、物陰へと滑り込む。
分かってるさ!俺はどう転んだって"こっち"側の人間なんだ!
俺の愛機を歩道の片隅に吹っ飛ばし、再起不能にした車はそのまま停止し、中からは4名の男達が降りてくる。
車種といい明らかに春鳥の人間だ。それにその中の1人には見覚えがある。
恐らくは俺のバイクはバレていた。待ち伏せされたんだろう。
そうなると拾った所からつけられていた事になる。そしてこの人気の無い場所まで誘導された。考えてみれば、謎の通行止めにより何回か迂回せざるを得なかった。
変な事に現を抜かして、全く気付けなかった自分に呆れる。
「ようシカリウス!聞いてンだろ?やっぱり裏切ったな!だからオレは最初からお前は怪しいと思ってたンだ。」
物陰から答える。
「誰だお前?一々モブキャラなんて覚えて無いもんでね!」
挑発するが分かってる。コイツはカルロスだ。
「チッ!!完全にナメてやがンな!よしお前等!Do it!」
カルロスはそう言い放つと、3人を散開させる。
互いに既に銃は引き抜かれてしまっている。
マジかよ……こんな一般道で銃撃戦やる気か?狂っていやがる。
「"なるべく"殺すなよ?ドンからは生け捕りだと言われてる。」
そう言ってニヤけるその顔は、まるでその約束を守る気が無い様だ。
3人は互いにカバーし合える間隔を保ちつつ、死角を殺す様に接近してくる。
試しに影から足元にあった木の枝を出してみると、目の前の建物の一部が何かの飛来物により抉られた。
躊躇いも無く撃って来た。流石にサプレッサーが付いている様だが……。兎も角こっちの位置はバレている。
狙いも正確。完全にプロだ。それも元ハンターか軍人か……。色んな人材が居るんだな。
感心しつつも打開策を考える。このままでは完全に王手を取られてしまう。俺も気にしてる余裕は無い。
適度に撃ち返しながら何とか後退する。広い場所ではこちらが不利だ。しかし換えのマガジンは1個だけ。節約する必要もある。
時折弾丸は頬を掠め、通った後に赤い一本筋を残す。ギリギリの攻防だった。
「ハンティングは楽しいなぁシカリウス?」
1番後方にいるカルロスが叫ぶ。
今は亡き左手の小指は自業自得の結果だ。なのに俺は何故かコイツに恨まれている。
ある程度道幅が狭くなっている所まで後退すると、俺は勝負に出る。残弾も心許無い。これ以上は引き延ばせない。
物陰から一気に飛び出すと、駆け抜けながら、初めから目標を付けていた相手に発砲する。その弾丸は迷うこと無く一直線にその相手を捉え、ダウンさせた。
しかし次の瞬間には、俺の左腿にも激しい衝撃と痛みが走る。抗う事の出来ない大きな衝撃に足は縺れ、その場に倒れ込んだ。
やはり奴等のフォーメーションは完璧だった。1人がやられても残りの2人が確実に獲物を仕留める。
何処か戦場に居たのだろうか。それも仲間の犠牲の上で生き残るようなシビアな戦場に。味方がやられても動じず、自分の仕事を熟すその徹底ぶりは、よく訓練されていた。
透かさず男達が駆け寄り、うつ伏せになったままの俺を上から踏みつける。
「大人しくしろ!そうすればこの場では殺さない。」
いつも言っている側だったのが逆転していた。
「お前をドンの所に連れて行く。」
身体を捻り、落とした銃を拾おうと試みた俺はより一層の力で踏みつけられる。
「うぐぅ…………。」
「That's it! Wrap it up!!!」
アメリカ訛りの英語が聞こえる。
「OK! OK! Easy does it! アンタ等はアメリカ人か?」
「……あぁそうだ。」
「軍人か?」
「"元"な。」
「そうかいそうかい……。」
その瞬間俺は左手に隠し持っていたある筒を地面へ叩きつけた。
衝撃で激しく燃焼し始めたそれは、強烈な閃光と火花を生み出す。
特製に手作りしたその花火は約100万カンデラの光を放ち、この夜の暗さの中では絶大な効果を発揮した。
間近で喰らった男は失明状態に陥りながらも、闇雲に俺の倒れていた位置に発砲するが、俺は発光と同時に転がながら銃を拾い上げ、違う位置に移動していた。
隣に居た男も直撃を喰らい、恐らくは同じ状態。カルロスは少し後方に居たが、あまりの閃光に身を縮めて蹲っている。
うつ伏せでいた俺だけが、今この場で視界がハッキリしている。
「Do you like the fireworks?」
目の前の男に皮肉をぶつけた。
その声に位置を察したのか、俺の方へと正確に銃を向け直す。が、一瞬早く俺の放った弾丸が男の額から後頭部を貫いていた。
頭からゼリー状の物体と、血を吹き出しながら紙人形の様に崩れ落ちる。
「I haven't got a personal grudge to you, however hate U.S. army.」
そう言い放つと脚の痛みに耐えながら、俺はその場から逃げ出す。
ジイさんから買った弾は残り1発しか無かった。もう相手をしている余力が無い。
ジイさんの言った事を真に受けて、M9の試し撃ちなんてするんじゃあ無かった……。
勿論今までにも撃たれた事はあったが、太腿は初めてだ。こんなにも動き難いなんて……。
出血量もかなりある。止血もしなくては。
ある程度走った所で一旦座り込み、中に来ていたTシャツを適度に破り、左脚股関節のすぐ真下をキツく縛る。
こんなのも漫画でお約束のシーンだったな。
呑気にもそんな事を考えているが、縛り終えるとすぐに走り出す。
直撃を喰らってないカルロスは、恐らく1分も経たず回復するだろう。
そして道を封鎖してた事から、他の仲間もきっと近くに居る。
なるべく西へ西へと移動しながら逃走手段を考える。どこかでタクシーでも捕まえるか、電車も考えたが、この左脚から血を流している状態では騒ぎを起こし兼ねない。
人混みに紛れようかとも思ったが、時間が時間だけに人気は疎らだ。
車かバイクが手に入れば手っ取り早いんだが……。