Episode 40
ショッピングモールに着いてからはリカの独壇場だった。
流石は年頃の女の子と言った感じで、俺はあっちも良いこっちも良いで振り回されっぱなしだった。
途中からはギブアップし、モール中央のベンチに座り込んで、好きに見て来てくれと宛ら父親の様に、彼女を1人送り出す。
何よりも年の差がある俺達に、気を使う店員の態度に俺は耐えられ無かった。そりゃ傍から見れば援助交際でも疑いそうなもんだ。
いつの間にかそれほど歳を取ってしまっていた自分にもショックだった。
項垂れながら待っていると、紙袋を一杯に抱えたリカが帰って来る。
「お待たせしましたぁ!予定より一杯買っちゃいました!えへへー!」
荷物を一旦車に積み込み遅めの食事を摂る事にする。
「シカさんどうします???美味しそうなお店一杯ありますよ!!!」
レストランエリアを廻り、リカは子供の様にはしゃぐ。
「何か食べたいものはあるか?」
「う~ん……。お寿司とか好きなんですけど……どうやらここには無いみたいですね……。」
確かにショッピングモールには珍しく、回転寿司すら入っていない。
しかし暫く進むと、リカが涎を垂らしながら見つめる店があった。
「何だ?ここにするか?」
「え!?いえいえ!!そんな贅沢言いません!タダ気になっただけで……。それにここはお高いですし……。」
リカが見つめるのは、日本でも屈指の有名店である鰻屋の暖簾分けのお店。
1番安い鰻重でも3000円を超えてくる。
「いやここにしよう!」
「え!?えっ!?」
半ば強制的に手を引いて店内に入る。
「いらっしゃいませー。」
着物を着こなした仲居さんが案内してくれる。
どうやら完全個室らしい。これは好都合だった。
席に着くと昼は基本的に鰻重しかやっていないと聞かされる。
メニューは松竹梅と特上の4種類。
「俺は竹で良いかなー。」
「じゃ……じゃ私も竹で!」
「俺に遠慮しなくても良いぞ?食べたい物頼んでくれ。」
「じゃ……じゃ特上で!!!」
突然の飛び級にびっくりしたが、そのキラキラした笑顔に俺は何も言えなかった。
注文が到着すると、リカは脇目も振らずに一心に食べる。
相変わらず口一杯に頬張って食べるその姿は、やはりどう見てもハムスターだ。
俺は幼少時代はとある事情で鰻は食べれなかった。大人に成って初めて食べて、その美味しさにビックリしたもんだ。
「え!?うぇ!?嘘だろ???シカさん!見て下さい!中にもウナギがいます!!!ヤバないですか!?」
世紀の発見の様に報告して来る。表面の鰻重の下に更に鰻がある事に驚きを隠せない様子だ。
「んふふふ!私幸せです!」
笑顔で食べるリカを見て、俺はこんな何気ない日常に溶け込んでる自分に気付く。
彼女が見せる世界は酷く平凡だが、俺にとっては凄く新鮮な世界だった。
食事を終え、帰宅の途に就くかと思いきや、リカはとあるお店の前で足を停める。
「あのぉ……シカさん……。少し良いですか?」
「何だこんな所で改まって。」
「えと……えと……実はまだ買って無い物があって……。」
「何だそれなら早く言ってくれ。俺が付いていった方が良いか?」
「いえ……それが……このお店でして…………。」
リカが立つ後ろには女性用下着専門店があった。
当たり前だった。着る物が無いなら下着も当然無い。俺はそこまで気が回って無かった。
「……あぁ…………。すまない……。」
「ごめんなさい!ごめんなさい!家に帰れた際には必ずお返ししますので!」
顔を真っ赤にして店内に走って入って行く。
「家に帰れた際……か。」
その時がいつか訪れる事を俺も心から願う。
暫くすると、新たな袋を持って帰って来る。
「お待たせしましたぁ!ありがとうございます。」
ハニカミながら謝礼を述べるリカは少し可愛かった。
帰路に就いた俺達は大型スーパーに寄り、リカの食べたい物を聞いて、その食材を買い込んだ。食べ物の話になるとリカはより一層饒舌になる。
帰り着く頃には少し晴れ間が見え、世界をオレンジ色に染めていた。
俺は夏のこの黄昏時が嫌いじゃあない。
家に入ると俺はすぐに食事の準備を始め、リカはその間1人ファッションショーを開催していた。
リカのリクエストはハンバーグにオムライス。好きな物まで子供っぽい。
"私ケチャップで何か絵を書きます!得意なんです!"と息巻いていたが、俺の作るオムライスはデミグラスソースだ。
食事をしながら沢山の話を聞いた。
リカはあまり自分自身の事は話したがらなかったが、止まらないくらい話してくれたのは、仕事の話やそれに関係する事。
口一杯に頬張る癖は直らず、偶に何を言っているのか分からない事もあったが、楽しそうに話をするリカを見ていると、どうでも良くなった。
食後一息ついた所で、今日こそはバイクを取りに行こうと、リカに少し出て来る旨を伝える。
彼女は食器洗いをしながら顔だけこちらを向いて一言"行ってらっしゃい!"と言った。
バイクのある場所までは1時間もあれば着くだろう。
ウチから歩いて大通りに出て、タクシーを捕まえ現場に向かう。
俺は後部座席で1人揺られながら、今日の事を思い出していた。
当たり前でごく普通の世界。そんな物とは無縁だった自分。
だから楽しんでいたのだろう。そんな普通の世界を。
愛機を拾ってからもどこか上の空で走らせる。車通りが少なくなってきた環状線。
ずっと頭の中でリフレインする今日の1日。夢心地の様な感覚。
だから俺は気付くのが遅れた。横から黒のマセラティが突っ込んで来ていた事を……。
体が宙を舞いながらも、きっと俺はこう思っていたんだろう。"あんな時間がずっと続けば良いのに"と。