Episode 39
翌朝目が覚めて1番にリカを確認しに行く。相変わらず子供の様に寝る彼女は、呆れさせると共にやはり何処か安心感を齎す。
普段は朝食は摂らない俺だが、今日はリカも居る事で食事を作り出した。
とは言ってもクリームを入れたスクランブルエッグに、カリカリベーコンとソーセージ、粉末出汁からコンソメスープを作り、冷凍しておいたバゲットを焼いただけだが……。
後はリカ用特製カフェオレを淹れれば整う。
「おはようございます!すごい良い匂ーい!!」
バターの香ばしい香りに誘われてか、リカが目を覚ました。
「作ったは良いが、朝食は食べれるか?」
「食べます食べます!!もうお腹ペコペコです!やったぁ~!!!」
考えてみれば要らぬ心配だった。
寝起きが苦手な俺と違って、常にハイテンションで無駄な動きも多いこの娘は、さぞエネルギーを消費する事だろう。
現に今も全身で喜びを表現している。
「いただきまーす!!!」
行儀良く挨拶をしてから食べ始めたリカを見て、俺は呆気に取られる事になった。
決して食べるのが速い訳ではないが、一々口一杯に頬張って食べる姿はまるでハムスターの様だった。
「そんな急いで食べなくても誰も取らないぞ?」
「フガガッ!!○!※□◇#△!フガッ!¥!>♂×&◎♯♪£?」
「分かった……俺が悪かった。頼むから飲み込んでから喋ってくれ。」
「ングッ!…………ごめんなさい。私姉弟が居て、子供の頃はいつもおかずの取り合いだったので、その癖が抜けなくて……。」
さぞ賑やかな家庭に違いない。こんなのがもう2人も居るのか……。
「あの……それ食べないんですか?」
俺が手を付けようとしないバゲットを見つめる。
「……食べていいぞ。」
「え?本当ですか??やったぁー!いただきまーす!!!」
結局俺の分も食べたその後も、更にバゲットを焼き直す羽目になった。
一体この小さな体でどれだけ食べるのだろうか……。
『片付けは私がやります!』と食器洗いをしているリカを横目に、俺はおかわりのコーヒーを飲む。
しかし昨日自分を殺そうとした男の家に泊まり、その手料理まで平気で食べている。
それに臆すること無く普通に俺と話すあの娘は、人懐っこいにも程があるんじゃあないか?
さぞ子供の頃は親御さんが苦労しただろう。飴玉に釣られて付いて行きそうな娘だ。
尤も、今現在が1番心配してるに違いない。家族の心中を少し察するが、この状況は俺のせいでは無いので勘弁して頂きたい。
ふとポケットから携帯電話を取り出す。今だ電源は落とされ、液晶には何も映っていないそれを見て考えた。
いつ迄もこのままでいる訳にもいかない。今日中に決着をつけよう。
その前に最低限の事はしておかねば……。
「終わりましたぁー!」
食器洗いから戻ったリカに提案する。
「買い物に行かないか?そのままだと不便だろ?」
リカのダボダボしたスウェットを顎でしゃくる。
着るものさえ無いなんて可哀想だ。
「えと……でも私お金が……。お財布も全部大森さんに預けてあったので……。」
「それくらいは出してやろう。」
「でもさすがに申し訳ないですよ……。」
「良いから良いから!子供が心配しなくても宜しい!」
「酷いですー!子供じゃないですー!!」
頰を膨らませて怒るその姿はどう見ても子供だ。
「じゃお言葉に甘えさせて頂きます!必ずお返ししますので!」
「決まりだ。では行こうか!」
その時2人してふと気付く。
「「あっ!!!」」
そう、服を買いに行く服が無かった……。
サイズも良く分からない俺が1人で買いに行く訳にもいかず、どうしたもんかと考えていると。
「あのぉ……シカさんの他の服を見せて頂いても良いですか?もしかすると着れるものがあるかもしれないので。」
「いいぞ!隣の部屋で勝手に探してくれ。クローゼットに入っているので全部だ。」
とは言ったものの、サイズの小さいのは昨日見せた物は以外は無い。
取りあえずの服を近くで買ってくるかを悩んでいると、数分も経たずにリカが顔を出す。
「お待たせしましたぁー!」
ジャーン!と自ら言葉にしつつ姿を現わすと、着ていたのは何とパーカー。
俺でも少しサイズが大きめだったそれは、リカにはまるでワンピースの様だった。
やはりダボダボ感は否めないが、長袖はヘアゴムで捲り上げ、腰の辺りで余っている空間は、外側からベルトを巻いて留めている。
少し開いている首元からは鎖骨が見え隠れし、元より裾に入っているゴムは太腿で留まり、大事な中身を上手く守っている。
「ちょっと暑いですが、これが1番しっくりときました!どうですか?」
正直幼さが残りながらも、少しセクシーな格好にドキッとした。
これは秘密だ……。
「良いじゃないか!取りあえずにしては上出来だ!」
「えへへー!ありがとうございます!大きいサイズも好きになりそうです!」
「それじゃあ改めて行こうか!」
「はい!!!」
車で大きめのショッピングモールまで向かう。暫くのドライブとなった。
道中俺は今までぶつけていなかった質問をする。
「何事もなかった様に振舞ってるみたいだが、自分の置かれている状況は理解しているか?」
「はい……。何となくですが。でも起こった事がどこか信じられなくて……。カリナさんも真帝王さんもお優しい方々でしたのに……。」
「今まであいつ等の何を見て来たかは知らないが、あれが本来の姿だ。それから恐らくは俺もリカも裏社会からのお尋ね者になってる。尤もリカの場合は向こうからしたら生死不明だ。だからこのまま死んでいる事にしたい。」
だからリカには変装の為、髪を纏めてキャップを被って貰い、更にサングラスもして貰っている。
「それにノコノコ生きてますなんて出て行った所で、改めて殺されるだけだろうしな。春鳥に逆らって生き残った者は今まで居ない。」
「それほどカリナさんが私の事が好きでは無かったなんて……。」
「確かにリカとカリナの関係もあるだろうが、マッテオがそれだけで有名人であるリカを殺すとは思えない。きっと何か裏がある筈だ。それを見つけ出すまでは付き合って貰う事になる……。」
「仕方……無いですよね。寧ろ私が原因で、シカさんは巻き込まれてしまったんだと思います。だから私はシカさんに従います。」
やはりお調子者でもしっかりした娘だと思った。普通ならこんな訳の分からない状況に陥ったら、誰かのせいにしたいだろうに。
「本当に大丈夫か?それは今までの生活は全部捨てて、世間から隠れて生きていく事になるぞ?」
「大丈夫です!それにきっといつか皆んな分かり合える時が来ますよ!だってシカさんも私も悪い事してないんですから!」
俺は悪い事してるんだが……。
それはさて置き凄く前向きな考えの持ち主だ。そこに俺はまたしても"彼"の面影を感じた。