Episode 3
しばらくの沈黙が続いている。時間にしたら10分も経っていないと思われるが、この男には永遠とも思える時間に感じたかもしれない。
【春鳥真帝王】
今裏社会に生きていて、その名を知らない者はいないだろう……。
彼のイタリア系という出生や、その人脈を活かしイタリアを始めとするEU諸国から、南北アメリカ大陸の国々。アジアでは中国や東南アジア各国ルートを独自に開拓、新興ながら闇取引でのし上がる。
国内外のヤクザ、マフィアを吸収合併、または協定を結び、グローバルマフィアとして今一番勢いのある組織を作り上げた。
彼が行うのは徹底的な身内主義と恐怖政治。味方に付けばファミリーとして保護し、対立組織は壊滅するまで追い込む。
犯罪者と成り果て、行き場のない移民をまとめ上げ、兵力を増やしていったが、ゴロツキの様な移民の統率を取れているのも、反逆行為を許さず、裏切り者は一族郎党皆殺しにしたらしい。
そうやって敵対するもの、なりそうなものを一切排除してきた。現在日本国内のヤクザも、彼に付くか対立するかで揉めている。
沈黙に気まずさを感じながら、さらに四半刻経過し、ようやくマッテオの乗った車がこの静かな倉庫街に現れる。
護衛のためか前後に一台ずつ、計3台でのご登場だ。3台とも見事に黒塗りのマセラティ。
「なんでこうもこの業界の人間は黒光りが好きかねぇ……。」
さっきから黒ずくめだの黒光りだの言っているが、自分のコートの色を思い出して押し黙る。
……………………。
この決まりの悪さのやり場を探すように、到着した車を睨みつける。4人ほどの部下達が先に降り、彼らのボスのドアを開ける。
降りてきたマッテオは黒ずくめ……ではなく、落ち着いた灰色でラインのあるスーツに、ボルサリーノの帽子。いかにもなイタリア人の様相だが、流石お洒落である。
身長は180cmはあるだろう。歳を取ってきてはいるが、未だ現役を伺わせるガッチリとした体躯。いざとなれば、自ら先陣を切れる気迫が感じられる。
こちらを見た彼は、愛嬌のある笑顔を見せつつ手を振る。
「Buona sera!」
もうどちらかというと朝だ!そんなまたどーでも良いツッコミを考えつつ左手を挙げて挨拶に答える。
「Bravo!こんなに早く捕まえるとは思ってなかったぞ!」
「そりゃあどうも。時間は掛けない主義なんでね!」
「流石は"シカリウス"だな!うちに来ないか???」
「怖い質問だ。断ったら殺されそうだ。保留って事にしておいてくれ。」
「ハッハッハ!ずる賢いヤツだな!嫌いじゃないぜ!」
一見すると気の良いイタリア人だ。しかしその言動や振る舞いに真意が見えない。そこにこの男の恐ろしさがある。
現にこうして親しげに話しつつも、決して俺の近くまでは来ようとはしない。
「そんで言われた通りコイツは生かしてある。どーするんだ?このまま連れて行くのか?」
「そうそう悪かったな!いきなりガッティーナが、拷問するとこ見たいなんて言うもんだから。」
さらっと恐ろしい事を笑顔で言う。そしてその子猫ちゃんとやらは、車から降りてくる気配すら見せない。トンデモナイ奴らだ。
マッテオの視線は俺の顔から、俺の足元にいる、先程から微動だにしていない男へと向けられる。
「おいエドアルド。」
恐ろしく静かな声に変わる。同時に周りがかつてないほど緊張する空気を感じる。
呼びかけられた男は、一瞬体をビクッとさせるが、マッテオから目を背けたままでいた。さっきまで威勢の良かった男は、借りてきた猫のように静かだ。
それも仕方ない。マッテオの恐ろしさはこの男が一番理解しているハズだ。
「十年来の付き合いのファミリーを裏切るなんて酷いじゃないか。」
エドアルドと呼ばれた男はようやく顔を上げる。
「ドン……。裏切るつもりなんてなかったが、あの話……あの話だけは進めるワケにはいかなかったんだ。」
「折角のシノギを台無しにしやがって。しかも協定の話まで無くなりかけたんだ、ファミリーに大損害を与えた事は、立派な反逆行為だ。ファミリーの掟では反逆は許されない。」
「もう許して貰おうとは思ってない。ただ最後の情けに、この男に介錯をお願いできないだろうか…………?」
「……ダメだ。これからオレの別荘に行って楽しいお遊戯だ。ほら、お前も何回か来た事あるだろう??いつだったか……オレを狙った殺し屋捕まえて、一緒に遊んだ時は、あいつは2週間は持ったよな?お前はどの位タフかなぁ???」
顔がニヤニヤしてやがる。元仲間をいたぶる想像はそんなに楽しいのか?やっぱクレイジーなヤツだ。
一方のエドアルドは絶句し、冷や汗をかいている。さすがにもうお手上げか?絶望したか?まぁこんな変態を相手にしたんじゃ仕方がない。
「シカリウス。悪いがそのままそいつを、こっちの車に押し込んでくれ。」
「…………了解。」
右手の銃を脇のホルスターへとしまい、立つ気配を見せない男の側にしゃがみ込む。
「ほら立ってくれ!俺はもう帰って寝たいんだ。」
脇を掴み、持ち上げるように立ち上がらせる。
すると耳元でエドアルドは微かに聞こえるように囁く。
「……ここが恐らく最後のチャンスだ。頼む…………。」
…………まだ諦めてないのか……。呆れたやつだ。
俺にどうしろと?なぜよく知りもしない男を助ける必要がある?
「悪いがこのまま引きずって連れて行くぞ?」
俺がこの男にしてあげられる事は何もない。
力を入れようとしない男を引きずるように、車の方へと歩き出す。
俺が態々危険を冒す義理もない。
マッテオの顔を確認するが、無表情でこちらを見ている。
『――今回も助けてあげたいと思ってる!違う?』
まったくうるせぇヤツだ…………。
もう時間はない。
車まであと十数秒、歩みは止めず進み続ける。
ふいにマッテオが口を開く。
「そう言えばエド……。」
わだかまりが解けた友人同士のように優しく語り掛けた。