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Episode 38

遡る事約4時間――


「私……どうやらあなたに殺されてしまうみたいですが、それは私の今までの行為が、態度が、人の痛みに気付けなかった怠慢が原因です。だからどうか自分の事は責めないで下さい。」


最後まで微笑みを向けるその娘に、既に殺す気など微塵も無かった俺はサインを送る。左手の人差し指を真っ直ぐに立て、口元に持って行った。

少女は少し困惑したような表情を見せるが、掌をポンと叩き、OKサインが返ってくる。

俺はそのまま左手を滑らせ、ジャケットの内ポケットからあるものを出すとそれを放り投げた。


彼女から照準を外し、投げた物体に空中で3発の銃弾を浴びせた。

中からは赤い液体が飛び散り、辺り一面に模様を作り出す。撃ち抜いた高さは丁度彼女の胸の位置。上出来だ。


音にビックリしたまま固まっている彼女を余所に、その赤い液体は咽返(むせかえ)るような鉄の匂いを放ち始める。

中身は本物の血液だ。こいつは持っていると意外と役に立つ。

相手を油断させる為の偽装であったり、追手が付いた場合、逃げ道と反対に少し蒔けば騙されてくれる事がある。

今回の様な依頼内容が不明瞭な時には持ち歩く。


Bravo(ブラボー)! 何て甘美な響きなんだ……。この前社交会でコンサートを聴いて来たが、その何倍も美しい音色だ。早くその娘の遺体を観ながら聴き直したいぞ!」


気色悪い趣味だ。


「もう特殊清掃班を派遣してある。後の事は気にせず遺体だけ持って来てくれ。」


俺はその言葉を聞いて、彼女に血の海に倒れ込む様にジェスチャーで指示をする。

彼女はあたふたした後、無理無理無理と言った具合に手を顔の前で左右に振った。

しかし俺が睨み付けると諦めた様な顔になり、渋々床にうつ伏せに倒れる。

取りあえずこの娘はオーバーアクションと言うか、黙っていても動きがうるさい事が分かった。


「分かった。証拠隠滅は全てそっちでやってくれるんだな?建物内に監視カメラもあったが……変な所から足が付くのは御免だぜ?」

「それも映像は書き換えておく、安心してくれ。それからその娘はオレの別荘に届けて貰いたい。住所はメッセージで送ろう。」

「了解した。じゃあもう特に用が無いなら切るぞ?」

「あぁよろしく頼むな!じゃ!A(また) dopo(後で)!!」


通話を切ると隣にバッグを取りに行く。置いてある器具に胸糞を悪くしながら戻ると、入り口には清掃員達が集まっている。


しまった……。予想外に早い。

うつ伏せで大人しくしてる様に指示はしてあるが、滅茶苦茶心配だ。


「よう!早いな!」

「我等は早さがモットーだからな。」

「そうかいそうかい、それはご苦労なこって……。」


少しドキドキしながらドアを開ける。いざとなったらコイツ等も何とかしなくちゃあならない。

俺の心配を余所に、彼女は倒れ込んだ場所でピクリともせずに居る。

声優と言えど役者か……ちょっと舐めていた。


俺は彼女に近付き、バッグに詰めるために仰向けにする。

その瞬間に俺は彼女の顔を手で隠さなければならなかった。後ろの気配を確認するが、幸運にも見られて無さそうだ。

前言を撤回する!コイツは必死に笑いを堪えていやがった!


バレない内にサッサとバッグに詰めると足早に去る。


「おい!!!」


来た道を戻ろうとする俺を、叫び声が呼び止めた。

クソッ!何か気付いたか?


「そっちじゃない、反対だ。駐車場に直接行ける。」


全く心臓に悪い。


「お……おぉそうか!ありがとう!」


直通で来れるなら何故先程はエントランスを通ったのだろうか?

腑に落ちない点を残しつつも、俺はこの先の事で頭が一杯で、深くは考えなかった。


そして俺達は趣味の悪い車に乗り、スタジオムジカを後にする。



―*―*―*―*―*―*―*―*―



「どうしたもんか……。」


ポタポタとドリップするコーヒーを眺めながら、今後の身の振り方を考える。

しかし勢いでここまでやってしまった以上、マッテオの出方を待つしか無い。


「着替え終わったか?」


コーヒーを持ち、部屋に戻る前に一応確認する。


「はーい!」


部屋に入ると、彼女が着ていたのはスウェットセットアップ。しかしサイズが違い過ぎて、何処ぞのギャングスタみたいな着こなしになってしまっている。

随分と可愛らしいギャングスタじゃあないか。


「プッ!」

「ああー!今笑いましたねー???酷いです!!と言うか!シカさんが大き過ぎるんです!これしか何とか着れるものが無くて……。」


謝罪の言葉を述べつつ、彼女にコーヒーを渡す。これなら飲めるだろうと、砂糖とクリームを大量に入れてある。


「わぁ~!ありがとうございます!……うん!美味しー!!」


ニコニコしながら答える彼女を見てると、何だか普通の日常の中に居る様に感じてしまう。


「どうするか。荷物も着替えも無いもんなお前。」

「はい……。私の物は全て大森さんに預けてあったので……。」


大森…………?


「あと……それと……えと……そのぉ……私お前って呼ばれるのちょっと苦手で……。リカって呼んで貰えると嬉しーなぁって!えへへー。それかもしくは!リカッシュでも良いですよー!w」

「…………分かった。じゃあリカ。それを飲んだら今日は休んでくれ。色々考えるのは明日で良い。」

「リカッシュとは呼んでくれない~!悲しみある~!」

「…………。」

「でも分かりました!お言葉に甘えます。」

「奥の部屋のベッドを使ってくれ。俺はこの後少し出て来るが、すぐに帰って来る。構わず寝ててくれ。」

「ありがとうございます。」


リカを部屋に送り、すぐに俺も外に出ようかと考えたが、それでは彼女が不安だろうと少し留まる事にした。

元気に振る舞ってはいるが、きっと心の中は心配事で一杯だろう。


今までは追う立場だった俺が、今度は追われる立場になってしまった。俺だって不安だ。

信頼していた者からは殺されそうになってしまった上に、今一緒に居るのは自分の全く知らない男。彼女の憂虞(ゆうりょ)は計り知れない。

きっと今晩は寝付けずにいるだろう。外出するのは止めにしようか……。


もう1杯のコーヒーを飲み終えた頃に、リカの様子を確認しに部屋の扉を少し開ける。

俺はまたしても前言を撤回する!彼女は寝息を立ててすっかり寝てしまっていた!


よくもまぁこんだけグースカ寝れるな……。さっきも寝ていた筈なのに。

神経が図太いのか?取りあえず余計な心配をせずとも良い事は分かった。


今晩の内に置きっ放しにしてあるバイクを取りに行こうかと思っていたが、俺も気が抜けたのか面倒臭くなり、止める事にした。

明日からは何が起こるか分からない。しっかりと休息を取っておこう……。

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