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Episode 37

「少し時間を掛けすぎたか……。」


時刻は既に夜更け。日付は既に26日へと変わろうとしていた。俺は(ようや)くとある邸宅へと到着する。

熱帯夜とまではいかないが、夕刻より一段と湿度は高くなり、車から降りると同時に外気は不快感を煽る。

始まりにしてこの調子では、今年は一段と暑い夏になる事を予感させた。


慎重になり過ぎたせいで、余計に時間を食ってしまった。

俺は後部座席のドアを開け、中に収納されているバッグを取り出す。

座席の上に下ろしても、相変わらずピクリともしないそれを開け、中身を確認する。


「ハァ~……マジかよ……。」


呆れを通り越し、感嘆する気さえ起こる。

中で眠る少女はスヤスヤと寝息を立てていた。

あれからずっと寝ていたのか?


「おい!起きろ!」

「ふぇ!?何ですかぁ~……?まだ夜ですよぉ~……。」


寝惚ける彼女は意味不明な事を口走る。


「もぉ~大森さぁん……。こんな夜中にウチまで来るなんて…………ってあれ!?」

「目ぇ覚めたか?全く信じられん。あんな状況の後、良く安眠出来るな!」

「ここはドコですかぁ?あなたは……?私は誰でしょう……?って私は私やないか~い!!どないやねん!!!www」


開いた口が塞がらないと言うのは正にこの事だろう。言葉通り俺は口が開いたままだった。


「あぁ!w ごめんなさい。確かあなたはぁ…………殺し屋のシカさん!!!」


間違っちゃあいないが、何故だか可愛いらしい雰囲気の略称になってしまっている。

しかし寝起きからのこのテンションとは……一体どんな生物なのだろうか。


「……まぁ良い。取りあえず車では何だ、中に入って話そう。」

「はい!!!お邪魔しま~す!!!」


構造上地下に位置する車庫から、上の居住エリアに移動する。

そう俺は今、自分の隠れ家にこの少女と居る。

マッテオの所には行かなかった。何故なら俺は少女を殺していない。


今まではバレてはいないと思うが、念の為にここまでの道は大きく迂回して来たので、時間が掛かってしまった。

しかしそろそろ相手方も気付く筈だろう。とっくに到着しても良い時間を過ぎても、俺はマッテオの所には居ないからだ。


――やぁ相棒!こんな時は何て言うか知ってる?

何て言うんだい?

――やっちまったなぁ!!!って言うんだよ!

分かった。次回からはそうするとしよう。

――あらあらもう次回の事考えてるの?もう無いかもよ?

おいおい。変な事言わないでくれよ。

――だって"彼"を裏切ったんだから!

やっぱりそう思う?

――ぼくが思うも何も向こうはそう思うでしょ!

俺は裏切るつもりも無かったけど……。

――実際裏切ってるでしょ?殺さなかった上に、逃げてるんだから!

そう……だよな…………。

――何で殺さなかったの?

何でだろうなぁ……。

――殺せなかったんでしょ?

そうなのかも……。

――少女だから?

…………。

――それはぼくのせいかな?

止めてくれ!

――ごめん……思い出しちゃった?

あぁ……少しな。

――それよりも言い訳考えなよ?

何で?

――だってほら…………ね?


「電話……出なくて良いんですか?」


噂をすればマッテオからのコールが鳴っている。

(しばら)くにらめっこした後にそれを拒否し、携帯の電源を落とす。

問題を先送りにしただけだが、今は話ししてもこちらが不利になる。


「うわぁ~素敵なお部屋ですねぇ!!」


1カ所に長く留まらない俺はあまり部屋に物を置いていない。

その中でもここはベースとなっている隠れ家なので、多少は家具も荷物も置いてある。

まずはこの娘の格好だが……。


「いつもそんな服着ているのか?」


相変わらず(たま)にピクピクと動く猫耳、メイド服とオーバーニーソックスは先程の汚れで真っ赤。スカートに付いてる尻尾はタダの飾りらしく動く気配は無い。


「そんな事無いですそんな事無いです!これはイベント用の衣装なんですが……。汚してしまいましたね……。衣装さんに怒られちゃいます……。」


そんな事気にしてる場合じゃあないだろ。


「頭のそれは?」

「あ!!これですか!?これはnecomimiって言って、脳波で動く猫耳なんですよー!!凄くないですか?ねぇ凄くないですか?w」

「…………。」


話していても身振り手振りが非常に多い。欧米人かお前は。いやそれ以上だ。

それにしても全く緊張感が無い。状況を把握してるのだろうか?


「でもこれも借り物なんですよぉ……ダブルで怒られちゃいますね……。どうしましょう……。」

「…………。」


返す言葉も無く、隣の部屋へ向かう。


「あれ!?ちょっとシカさん??どちらに???」

「ちょっと待ってろ。」


隣に置いてある着替えを適当に引っ張り出す。

とは言っても女性用など置いてある訳が無い。比較的小さそうなサイズの物をピックアップして隣に戻る。


「取りあえず着替えだ。女物なんて無いから適当に選んでくれ。俺はコーヒーでも淹れてくるから。」


着替えの山をソファーに置き、キッチンへ向かう。


「あのー!!シカさん!!!」


神妙な面持ちで俺を呼び止める。


「どうした?何か問題があったか?」

「えと……えと……私苦いのが苦手で……えへへ……。」

「…………。」


キッチンに入りコーヒーを用意する。

コーヒー党の俺はこの家だけには一通り揃えてある。手動ミルからドリッパー、布のネルと細口ケトルもある。

最近はエスプレッソマシーンを買うか悩んでいた所だ。


お湯を沸かし、豆を少し焙煎しながら考える。とんでもない娘を抱えてしまった。

しかし一見フザケているように感じるが、マッテオやカリナとの会話からも真面目で真っ直ぐなのだと思った。

場の空気には敏感で、あぁやってボケているのも、知らない俺と何とか会話する為なんじゃあないかと思ってしまう。

何より常に屈託のない笑顔を見せるあの娘は、悪い気は与えない。


あの時、自問自答するまでも無かった。きっと俺の心は(はな)から決まっていたのだ……。

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