Episode 36
行き先は言わなくても互いに理解していた。
都内のとある高級住宅地。一見するとタダの豪邸だけど、異様に感じるのは門を入った後の明らかに堅気では無い人達と、そこら中に設置してある監視カメラ。
居間に通されるとすぐにお茶が出て来る。
「主人はすぐに参りますので。」
品の良いお淑やかな女性だった。言い方からして奥様だろうか?
極道の妻と言えば真っ先に浮かぶのはとある映画。気迫のある女性を想像してしまう。
「待たせてすまない。色々対応に追われていてな。」
神崎さんが奥から出て来る。
「お久しぶりです!」
「久しぶりってほどでも無いだろ。会ったのは1週間半前だからなー。」
そうでした。
色々あったせいで、すごく長い時間が経過したように感じた。
「随分と危ない目に遭ったらしいじゃないか?大丈夫なのか?」
「はい。怪我はありません。ありがとうございます!助けて頂いて。」
「結果的にそうなったが、やはり連中を片付けたのはシカリウスの可能性が高い。君とは別の場所に居た2人も同じく既に縛られていたよ。」
「でもなぜ彼が私なんかを助けに来たのでしょうか?」
「それはやはり彼女が……堀井君が関係しているだろう。」
「私!あの娘に……。」
「おっと!!その先は君の顔を見れば分かる。前とは比べ物にならないほど顔色が良い。片は付いたのだろう?それよりもその事は秘密にするべきだ。きっと誰にも知られてはいけない事情がある筈だ。」
「そうですよね……。」
「それでは聞かせて貰おうか。君の事だからタダ捕まっていた訳じゃ無いんだろう?」
神崎さんの口元がニヤリとする。
「はい。聞いただけの話で証拠はありませんが……。」
私はこの2日間あった事を全て話した。
パラダイムで起こった事。
私を監禁した男達。
その中の1人が話した、現在シカリウスの事で何が起こっているか。
また彼等と春鳥興業の関係。
シカリウスらしき人物をこの目で見た事。
「ふむ……。やはり私達が睨んだ通り、春鳥は何かをやろうとしているな……。今の所君を攫った男達も、春鳥との関係を証明するものは出てきてない。用意周到に事を運んでいるみたいだな……。だが私にも現場を滅茶苦茶にして得られる利点が分からない。まだまだ調べる必要がありそうだ。」
「誰にも状況は分からないと言っていました。きっとまだまだ私の様な事件は出てくると思います。」
「知るのはただ1人、春鳥真帝王だけか……。よし分かった!後は私達の仕事だ。ありがとう!」
「いえ……大した情報も得られなくてごめんなさい。」
「何を言っとる、充分だ。本当に感謝している。それとだな……不本意ではあるが、私達と名屋君はこの件で直接関わってしまった。裏社会に昨日の事件は伝わってる。勿論君の存在も。恐らくボラカイももう君を受け入れないだろう。もし君が全てが解決されるまで探偵を続けたいなら、少しややこしい事になってしまうが……。」
「もう大丈夫です。私があと出来る事と言えば待つ事だけなので。」
「それはこちらとしても良かった。君はシカリウスと接触してしまったのだろう?それが漏れればきっと賞金稼ぎが君の情報を狙いに来る。私達としても君を保護出来る範囲に置いておきたいしな。」
「まだ私にとっても終わっていないと言う事ですね?」
「そういう事になってしまうが、まあ安心してくれ。私達の保護下に入れば、そうそう手を出してくる奴も居ないだろうからな。」
「ありがとうございます!でも私この後どうしたら……。神崎さんのスパイみたいな事続けるワケにもいかないですし……。」
「ならば"表"にも復帰するか?」
「え……それは……。」
「名屋くん!」
「社長!?」
結城社長が顔を出した。
「いや……実はもう社長じゃ無いんだ……ハハハ……。」
「結城事務所は解体する事になった。業績も上がらんし、君が抜けた事でまた大きく落ちると思ったからな。」
「じゃ私の戻る所も無くなってしまったのですね……。」
「いや結城事務所は解体するが、所属タレントや社員は他の事務所に分散し、全て引き受ける。」
「それじゃ私は……?」
「もし君が表舞台に戻りたいなら、芸協の方で契約させて貰おうと思っているが、どうだ?」
【芸能協同組合】
日本最大手の芸能事務所。その歴史は古く、元は歌舞伎役者達が、自分達の興行を管理するために結成されたと聞いている。
現在でも多くの歌舞伎役者や落語家など、伝統芸能を受け継ぐ人達が所属している。
俳優も所属するのはトップクラスばかり。なぜならこの事務所には普通には入れない。
業界に大きなコネを持っているか。
事務所付属の学校へ通い、何かしらの才能を発揮し、本契約に至るか。
実力を認められてスカウトされるか。
どの道自分から所属を希望する事は出来ない。私には願ってもない事だった。
「私なんかが良いんですか!?でもどうして……。」
「いやぁ私はどうしても君の放った啖呵が忘れられなくてな!あの気迫を演技でも存分に発揮して貰いたいと思ってね。まあそれと今回の報酬だとでも思ってくれたまえ。それにもし堀井君が戻って来たら、同じ事務所のが楽しかろうて。」
「神崎さんもあの娘が戻って来ると信じているのですね?」
「あぁそう願っている。」
リカも芸協所属だった。あの娘は学校からの内進者ではあるけど、生徒の1%も本契約に至れないという狭き門をくぐり抜けた実力者だ。
失踪直前はスペタコロに異動していたけど、きっと全てが終わったら芸協に戻って来る。私も信じている。
「それじゃこの話は決まりという事で良いかな?」
「よろしくお願いします!」
「良かったじゃないか名屋くん!何を隠そう僕も芸協に行くんだよ。マネージメント業務に降格だけど……。君を担当する事もあるかもしれないなぁ。」
「本当ですか?その時はお世話になります!」
「さて、契約は後日交わすとして、今週一杯はゆっくり休みなさい。一連の疲れが残っているだろう?」
「そうですね。ありがとうございます。そう言えば雪村さんの姿が見えないですね。彼にもまたお礼を言いたいのですが……。」
「彼はもう既に次の仕事で動いている。礼ならまた会った時に言えば良い。きっとすぐ会う事になる。」
「いつもどこかに動き回っていますね。かなりハードな仕事の印象ですが、彼は一体何者なんです?」
「彼は……殺し屋だ。"元"だがな。シカリウスとは直接面識もある。」
「ええっ!?そうなんですか???」
彼の柔らかい態度からは想像も出来ない。
「尤も、今は私専属のエージェントとして働いて貰ってる。」
次から雪村さんを見る目が変わりそう。
「結城!名屋君を送っていけるか?」
「はい!喜んで!」
「と言う訳だ。雪村には私からも伝えておこう。」
「ありがとうございます!本当にお世話になりました。」
「"これからも"だぞ?ハッハッハ!」
「はい!よろしくお願いします!」
社長が運転する帰りの車の中で、私はぐっすりと眠ってしまった。
昨日の今日だ。体力が万全でないのは当たり前だった。
自宅に着いた後も、社長は私が起きるまで待っていてくれた。
彼曰く、あまりにも幸せそうな顔で寝ていたので、起こすに起こせなかったと。
一体どんな夢を見ていたのだろう?全く覚えていなかった。
来週からは仕事も始まる。と言っても最初はオーディションと営業の毎日になるでしょう。何せ私には今の所次の仕事が決まってない。
いくら大手の事務所に移籍したからって、仕事は基本的に自分で掴み取る。それが私達の業界でのルール。
寧ろ同僚はハイレベルな人達ばかり。下手をすると前より仕事は減ってしまう。それに負けない様にしなければ!
気持ちも新たに私は復帰する。
リカが帰ってきた時、肩を並べても恥ずかしく無い様に、頑張って行こう。
きっとその時はすぐにやって来る…………。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
「戻りました。」
「ご苦労だった。何か掴めたか?」
「はい。まずはこの前の青葉区でのガス爆発。出てきた死体は全て春鳥の構成員でした。警察の内通者に裏を取ってあります。」
「ふむ……やはりか……。そこをキッカケに奴等はシカリウスに関して大きく動き出した。現場は?」
「正に焦土と言った有様です。ガス爆発だけでは説明出来ないほどに。何か建物全体に細工がしてあったのでしょう。」
「やったのはシカリウス……。ならば彼所有の家だったと言う訳だな?」
「恐らくは……。本日より警察の立ち入り規制が解除されたので、チラホラと春鳥の関係者らしき者も現場に居ました。」
「我々も隙きを見て調べる必要がありそうだな。他には?」
「もう一つ。6月の頭から行方不明になっている"トミオカ"と言う男をご存知ですか?」
「名前くらいは……。」
「掃除屋の異名を持っていた殺し屋です。彼と相棒の様に密にしていたハッカーが殺されました。トミオカは例の春鳥幹部暗殺事件に関わっています。それにそのハッカーは、あのエドアルドとも面識があったとの噂です。恐らくこれも春鳥絡みの事件かと。」
「ふむ……タダの報復か……何かの口封じか……。エドアルドの言っていた事も気になるしな。そっちも引き続き調査しよう。すまなかったな、慌ただしくて。」
「いえそれが私の仕事ですので。それより彼女を芸協に入れると聞いたのですが、よろしかったので?芸協はもうすぐ…………。」
「それは私が何としても阻止する。やはり春鳥は信用出来ない。会長もその事には気付いているが、先の定例会では提携賛成多数で今はどうしようもない。」
「もう時間はそれほど残されていないですね……。」
「あぁ……だから君にはより一層動いて貰う事になりそうだ。すまないが。」
「滅相も有りません。私は恩人の仰せのままに……。」
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7月17日。梅雨前線は最後の力を振り絞り、今日もどんよりとした曇り空を造り出す。
それでも私の心は晴天のごとく澄み渡っていた。
世間では夏休みを前に、学生達が浮足立っている。
私はあれから3日で復帰した。神崎さんからは休めと言われたけど、居ても立っても居られなかった。
それから毎日オーディションを受ける日々。まだ良い返事は無いけど、挫けてる場合ではない。
「あ~みん!今日皆でご飯行くんだけど一緒に行こうよ!」
今日のオーディション終わりに、一緒だった仕事仲間が話し掛けてくる。
どーせまたSNSで"私達仲良しで~す"などとアピールするタメなのだろう。
最近はそういう営業が流行っている。とにかく女の子同士でイチャイチャする。
「そうね……たまには行ってみようかな!」
社交辞令では無い。本当に行ってみようと思った。
彼女等の顔は少しビックリした様な顔をしていた。
「え?本当に?珍しいわねー。」
今までとは違った笑顔で返される。
「あ~みん変わったよね?事務所変わったのと関係あるの?」
「うんうん!前はもっとトゲトゲしてたし!」
「本当は私ずっとあ~みんとお話してみたかったんだー。」
「ねぇねぇ何があったの?」
彼女達は私にワザと聞こえるように会話する。
当たり前だ。だって今は私も隣に居る。
「べっっつにぃ~!気が向いただけよ~。」
あの娘を見習って生きて行こう。
ハッキリ言って私は上辺だけの馴れ合いが心底好きでは無い。
だから私は彼女達の事も、もっと深く知っていこうと思った……。
『あ~みんさんが皆んなとも仲良くなってくれたら、私も嬉しいなぁー!えへへー!』
3章完