Episode 34
どの位の時間そうしていただろう。途中眠りに落ちていた気もするけど、思考回路が完全に停止していた私は、時間感覚も意識も曖昧になっていた。
突然痛みは消え、気分も良くなった。恐らくは身体が薬の毒素を、完全に分解したんじゃないかと思う。
カーテンから漏れる光は赤みがかっている。もうすぐ夜だ。私はいつまで生かされるだろうか……。
部屋の外の様子に特に変化はない。
お腹すいたなぁ……。
昨日のランチは吐いてしまったので、丸一日以上何も食べていない事になる。
殺される前だというのに、そんな事を考えていた。
やがて外の様子が慌ただしくなる。複数の足音が行ったり来たりしている。
ついに処刑されてしまう時が来たのかと、ドキドキしながら聞き耳を立てる。
話し声は聞こえるけど、何を言ってるかまでは聞き取れない。
でもきっと次このドアが開けられる時が私の最後なのだろう。
覚悟と後悔を繰り返しながら、必死にドアが開かないことを願う。
しばらくすると、私の願いが叶ったのか、静けさを取り戻す。
再び聞き耳を立てると、やっぱり見張りは居るらしく、今度はゲームをしている音が聞こえる。
それはポータブルゲーム機で発売された、今流行りの協力型ハンティングゲーム。私もやっている。ここ最近は全くだけど……。
気を紛らわす様にそのBGMをに聴いている。無音状態よりかは幾分マシな気分になった。
やがてそのBGMは超大型ボスと遭遇した時のモノへと変わる。
粘って居たようだけど、聞こえて来たのはクエスト失敗の悲しいサウンドと、何か悔しさを吐き捨てた様な短い叫び声。
超大型ボスは単独で倒せる様なモノでは無いのだ。
「あぁ残念!」
しかし何となく応援していた私は、思わずポロッと声に出してしまう。
慌てて口元を押さえても、出て行った言葉は戻らない。
「何だお前聞いてたのか?知ってんのかこのゲーム?」
ドア越しに見張りの男が話し掛けてきた。
声色からすると、私を毛嫌いしている人では無い。
幸いにも好意的な返答だった。
「だってそれ流行ってるし……。私の周りも皆やってるよ!もちろん私も!」
「本当か!?今は…………持ってるわけ無いよな。」
「まぁ持ってたとしても縛られてたら出来ないけどね。」
「そうだよな……。いやぁ留守番で見張りなんて暇でよぉ。」
「他の2人はどこかへ行ったの?」
「まぁそうだが……。変な気は起こすなよ?逃げようとしたら殺して良い事になってるからな?」
「安心してよ。今はもうそんな体力無いから……。」
確かに連日の疲れと、怒涛の展開。食事も摂っていない事で、疲弊感は半端無かった。
「ねぇ?暇なら少し話をしない?」
「…………何だ?」
思い切って聞いてみると、返事はぶっきらぼうだけど拒絶はされなかった。これはチャンス!
「私はシカリウスを捜しているの。あなた達もでしょう?」
「そうだな。」
「何で捜しているの?」
「そんな事聞いてどうする?何でそんな情報を欲しがるんだ?」
「タダの好奇心よ。待つだけじゃ私も暇だしね。冥土の土産ってやつ?それに私を取り逃がすほどあなたが無能だとは思えないわ。」
「それもそうだな!オレも1人でゲームしてるより女と話してる方が何倍も良いもんな。ただしドアは閉めたままだ。」
「もちろん!」
単純なヤツで良かった。
「オレ達がシカリウスを捜しているのは、奴に多額の懸賞金が掛けられているからだ。まぁオレ達は賞金稼ぎってヤツだ。」
「私はてっきり春鳥興業の手下かと思っていたけど……。」
「お前色々知ってんだな。それは厳密に言えば違うが、日本では基本的に彼等の仕事を請け負っている。今回も話を持ち込んで来たのは向こうからだ。」
「各地でも過激な事をしてるって言うのはあなた達なの?」
「オレ達もやってはいるが、それだけじゃない。この件には多くの組織が関わってる。他の賞金稼ぎや殺し屋も参戦してきてるんだ。もうメチャクチャで状況は誰にも分からん。」
「そんな事になってしまうなんて、春鳥興業も困っているでしょうね。」
無法者達の参戦で収集がつかなくなってきている。
そんな印象を受ける。
「いや逆にこんな状況を作り出したのはドン・バルトリだ。」
ん?どういう事だろう?
「これは秘密だぞ?バレたらオレが殺される。」
「大丈夫よ。どの道私はもうすぐ殺されるし、バラす相手が居ないわ。」
「OK、実はオレ達と一緒で、奴等の参戦をドンドン促しているのはドン・バルトリ本人らしい。そして一貫して言われているのは"好き勝手にやっていい"と……。そりゃ現場は混沌とするわな。」
「なぜそんな事を……?」
「さあな。ドン・バルトリの考えてることは誰も分からないさ。まぁあの人の事だ、オレ達がトラブル起こしても、トカゲの尻尾の様に切り捨てるだろうな。」
結局何をしたいのかは分からなかった。
「次はオレの番だ。お前は何でシカリウスを追ってる?」
「私は堀井梨香の友達なの。リカを捜している内に彼の事を知って、事情を知るはずの彼に会わなくちゃいけないと思って。」
「堀井梨香か……。しかし一般人がシカリウスの名前に辿り着くとは。誰か協力者でも居るのか?」
「色々嗅ぎ回って、様々な人達に会ったのよ。春鳥興業や鏑木会の関係者、国際通りの情報屋とかね。」
「お前かなりアクティブな奴だな。随分と危険な橋も渡ってたみたいだし。だからオレ達に捕まって……ご愁傷様だな。まぁそんな事してたらオレ達じゃなくても、いつか誰かに殺されてたんじゃないか?」
「知らないわよ!タダ私はリカを見付けたいだけなのに……。」
「…………残念だが……堀井梨香はもう死んでるぞ。」
「え……?」
突然の予期していない言葉に、心構えの無かった私は愕然とする。
「堀井梨香はドン・バルトリが、シカリウスを使って殺した。」
気が遠くなりそうだった。今まで散々示唆されて来たけど、ここまでハッキリ言われるとダメージが大きい。
「そんな……。ちょっと待って!何で彼がリカを殺す理由があるの!?それにシカリウスが春鳥興業の関係者なら、追われている理由は何なの?リカを殺してないから追われてるんじゃないの?」
必死にリカが生きている理由を探す。
「それはないと思うぜ?現場を掃除した奴等が死体も見ている。」
それは見事に打ち砕かれる。
「でもマフィアのボスがリカを殺す理由なんて無いじゃない!」
「それに関してはオレ達末端には分からない。しかしドン・バルトリは人身売買に手を出している。臓器売買にもだ。たまに自分トコの部下や、持ち会社の人間まで売り捌いていると聞いた。そこで堀井梨香は何か特殊な人に適合する臓器を持っていて、それを欲しがったんじゃないかと。でもシカリウスは金に目が眩んだのか、それを横領した。そういう噂になっている。実際シカリウスは死体をドン・バルトリの所まで運ぶハズが、現れなかったらしい。だから追われている。」
話の筋は通っている。今まで聞いた中で1番明快な理由。しかし1番最悪な理由。
それでも気丈に振る舞い質問を続ける。
「リカが死んでいるなら私は何の為にここに居るの……?あなた達が人質にする理由も無いじゃない!いっその事何も知らないまま殺された方がマシだった…………。」
「悪いがお前には利用価値がありそうだったから生かしてある。シカリウスは裏切り後、なぜか堀井梨香の関係者数名と接触したとの情報があるんだ。そこでオレ達のリーダーが、シカリウスを誘き寄せるためのエサに使ってみようと言い出した。まぁ本当に接触してくるか分からんが……。」
その時に私の中の全てが崩れ去った。
私が全て投げ出して追い求めていたのは、こんな結果では無かったハズ……。
しかし眼で確かめるまで信じないと思ってはいても、全てに合点がいくこの答えの前ではその思いは無力だ。
友人の死と自分自身の死。その2つに押し潰される。
「おい!どうかしたか?」
「…………。」
ついには返答する気力も失せ、仕舞いには失望のあまりすすり泣き始める。
声に出して泣いているのは、いつぶりだろうか……。
「何だそんなにショックだったか?まぁオレもちょっと喋りすぎたな。」
男はそう言ってゲームを起動し、再び没頭し始める。
私はその場にへたり込んだまま、膝を抱えて只々泣く事しか出来なかった。