Episode 33
目を覚まして1番に感じる体の怠さ。お酒を飲み過ぎた次の日に似ている。
何か夢を見ていた気もするけど覚えていない。
頭痛が酷く、記憶も曖昧になっている。
まずは自分の置かれている状況を確認する。
部屋は薄暗く、それでもカーテンから漏れる光により、昼間である事を伺わせる。
手は後ろ手に縛られ、口には何かテープの様な物が貼られている。
典型的な拘束状態。私は誰かに監禁されている?
色々考える内に記憶が鮮明になる。
そうだ!ミーナさん達を殺したヤツに変な注射を打たれて……。
ここはどこなのだろうか?昼間という事から時間はかなり経過している。どこに連れて来られていても不思議じゃない。
しばらくすると男達が入って来て電気を付ける。急激な明暗の変化に私は目を細める。
相変わらず彼等は日本語と、外国語を混ぜて会話をしている。まるで暗号の様。
その中の1人が近づいて来て口元のテープを剥がした。
「ほら飲め。未開封だ、安心しろ、変なものは入ってない。ちなみに大声を出しても無駄だ。この周りにはオレ達以外誰も居ない。」
私の体を起こし、ミネラルウォーターのボトルの栓を開け、それを口に突っ込む。
「ゲホッ!ゲホッ!」
上手く飲み込むことが出来ずに少し吐き出す。
「悪いな。勢いが良すぎたか?」
呼吸を整え、話し掛ける。
「何が目的なの?私の事は殺さないの?」
「勿論殺すさ。後でな!」
あぁきっとこの人達は人間としての感情は持ってないんだなぁ……。
ニヤけてサラリと言うその姿。
それには恐怖心ではなく、どうしようも無いという虚無感を感じる。
どうせ私に出来る事なんて何も無い。ただ殺されるのを待つ人形。
脱力感から何もする気が起きない。足掻いてもどうせ何も変わらない。
どうせ私にはここを抜け出せるだけの知識も力も無い。
『私"どうせ"って言葉があまり好きではないんです。』
突然リカの言葉を思い出す。
『"どうせダメだ"とか"どうせ出来ない"って決めてしまうよりも、"やってみなくちゃ分からない"って考えちゃうタイプなのでw』
そうだ!やってみなくちゃ分からない!
絶望するには少し早い。だって捕まってからまだ何も行動していないじゃない。
きっとチャンスはある。糸口を探すんだ!
「すぐに殺さないのは私にまだ利用価値があるから?」
「まぁそんな感じだ。」
「それはリカに……堀井梨香に関係してるのね?私がリカの名前を出したから?あの娘はどうなっているの?」
「おい!ゴチャゴチャうるせぇぞ!黙らないなら喉を潰してやろうか?」
別の1人が近寄り銃を私に向ける。
「殺すの?やればいいじゃない。今死ぬのも後で死ぬのも対して変わらないし。」
声が震える。
何やってる私!こんな時こそ演技力でしょ!何年役者やってんのよ!
これはアニメの世界。私は今収録現場に居る。違うのは台本が無い事くらい。
自身に言い聞かせる。
「生意気な女だ!望み通り今殺してやろうか?オレはお前のその気持ち悪い声で、キンキン言われると頭に来るんだ!」
気持ち悪い声……久々に聞いた。子供の頃は散々バカにされたなぁ。
自分の声が嫌いだった。でもその声のおかげで今の私もある。
『あ~みんさんの声ってすっっごく可愛いですよね!!私大好きです!!!』
初めて会った日のあの娘の言葉。
それがあるだけで、もう傷付く事は無い。
「おい止めろよ。お前が女嫌いなのは知ってるけどよ。」
もう1人が止めに入る。
「男を舐めてる女はイライラする!」
「お前は"男"が好きだもんな!」
冗談なのか、小馬鹿にしたような態度を取っている。
「お前も同性愛者をバカにするならタダじゃおかんぞ?」
私から後ろの仲間へと銃を向け直す。
「おーおー怖いねー!オカマは怒らせると怖いんだなー。」
「お前から殺してやる!!」
「いい加減にしろ!!!」
私の側に居た男が声を張り上げる。
「女の声が耳障りならどっか行ってろ!お前の私情なんて知ったこっちゃない!」
「チッ!カラホ!!!」
1人が何か捨て台詞らしきものを吐いてドアに向かう。
「マリコン!!!」
その言葉に1度振り返り怒りを露わにする。
しかし特に何もせずにそのまま部屋を後にした。
「お前も喧嘩を売るような事するな!」
「アーシーシー!」
もう1人も出て行った。
「五体満足で死にたいなら大人しくしている事だ。」
最後に私にも忠告し、彼も出て行こうとする。
「お願い。リカは生きているのかだけ教えて!」
「…………知らん。」
冷淡な返答の後、部屋を去った。
結局ほとんど情報は得られなかった。分かったのは彼等が恐らくスペイン語を話しているという事。
会話の中に出てきた"ムイビエン"と言う言葉。それくらいは私も知っていた。
張さんの話によると春鳥興業は、スペイン語圏からの人材を多く抱えているらしい。
やっぱり昨日考えていた通りの春鳥興業関係者である事を裏付けている。
でもなぜこんな事を……?
捜索に協力を仰いでいると言いながら、彼を捜す者や、情報を持つ者を殺している。それは正に矛盾している。
何がしたいんだろう?
取りあえず推理は置いといて、ひとまず自分の状況を考えよう。
何とかこの部屋から脱出出来ないかと辺りを調べ回る。
部屋には窓が1つとドアが1つ。ドリルでもない限り、出入り口はどちらかになる。
窓に近付き、カーテンとの間に潜り込む。簡単に開きそうではあるけど、目の前2m先には隣のビルの壁。高さは5階くらいだろうか……。掴まる場所も無いビルとビルの間の空間らしい。
ここから逃げるには、スーパースパイダーにでも噛んで貰わないと……。
気になるのはドアの方。鍵を掛けている様子が無い。と言うか、鍵自体付いて無い。もしやと思い忍び足で外の様子を伺ってみる。
ドアのすぐ近くに人の気配がした。不規則な足音と、たまに一人言らしきモノも言っている。
「そりゃ見張りくらい立てるよね……。」
ぼそっと呟く。
一旦脱出は諦め、元いた場所に座り込んだ。
続いて彼等にとって私の利用価値を考えてみる。もし今は殺せない理由があるなら、多少は大胆な行動が出来る。
でもさっきの男の『五体満足で死にたいなら……』の言葉を考えると、殺す時が来るまで取りあえず"生きてさえいれば良い"と言った感じ。
もし逃げようとして捕まった時は……考えたくもない。
では私を人質にする理由は何だろう。彼等の目的は間違いなくシカリウス。
でもその為に私を人質にしているのは合点がいかない。私と彼には接点が無い。
あるならリカを介してになる。そう、彼等もリカの関係者かどうかを気にしていた。
私がリカと知り合いならシカリウスが捕まえられる?ならとっくに私はシカリウスに辿り着いていても良いハズなのに……。
ますます分からなくなる。
色々と考えている内に、昨日打たれた薬のせいか気分が悪くなり、また頭痛も始まった。
それは段々と酷くなって、やがて私は座っているのも辛くなり、その場に横になる。
ダメだ……。まだ考えなくちゃいけない事は沢山あるのに……。
時間も大して残されていないだろう。
しかしさらに痛みは増し、その内に私はただ横になって小声で唸っているだけの物体と化した。