Episode 32
今だ嘔吐による涙を目に浮かべたまま振り返る。
そこに居たのは全身黒の服に、目出し帽を被った男。まるで強盗の様な格好だった。
こちらに向けられた銃と、その先に装着されている黒い筒状の物体。
本物を見るのは初めてだったけど、FPSを好んでプレイする私には、それが何であるかは容易に理解出来た。
それと同時に、私にこの男がシカリウスである疑惑を浮かばせる。
なぜならこの筒状の物体。消音器を着けているのは、映画やゲームの中で決まって殺し屋なのだ。
「お前もシカリウスの情報を持っているのか?」
男が聞いてくるその言葉に、疑惑は確信へと変わる。
彼は自分の情報を集め、追手になり得る者を殺し回っている。雪村さん達の仮説の方が正しかった。
情報を集め回っていた張さんを殺し、剰え一緒に話を聞いていただけの、パラダイムの人達にまで手を掛けた。
それでお次は私ってワケね……。
「リカをどうしたの?」
しかしその時の私は殺される恐怖心より、怒りの方が勝っていた。
私の目の前でミーナさんを撃ち殺したこの男の残酷さは、もうリカが生きていない可能性を強く物語る。
張さんを……ミーナさんを……そしてリカを…………。
「ハァ?お前何言ってんだ?」
「トボけないでよ!リカもここの皆みたいに殺したの!?」
「誰の話をしてんだよ。」
その言葉に悔しさが込み上げ、先ほどの嘔吐の時とは違った涙を引き起こす。
一々殺した相手の事なんて覚えていないらしい。
「リカ……リカ……リカ…………。もしかして堀井梨香の事か!?」
突然歓喜の様な声のトーンになり、口元はニヤける。
私はそんな彼の態度に怒りを通り越し、唖然としていた。
「お前堀井梨香の関係者だな?」
「……だったら何よ!?」
「ハハーン。そうなんだな?」
銃を下ろして舐める様な視線で顔をジロジロ見てくる。
「お前は使えるかもな……。もしかするとオレ達が1番乗りだ!」
この時何か違和感を感じた。
私は何かを勘違いをしている。
彼は私の分からない言語で何かを叫んだ。
発音から薄々感じてはいたけど、やっぱり彼は日本人では無い。
どうやら仲間を呼んでいるらしい。彼は1人では無かったのだ。
返答が聞こえた後、すぐに同じような格好をし、銃を持った2人の男達が入って来た。
勘違いはすぐに分かった。ミーナさんは『アイツラ』と言った。彼女を殺した男も『オレ達』と言った。そして実際に、ここには3人の男達が居る。
彼等はシカリウスではない。シカリウスは常に単独で仕事をすると聞いている。
彼等の会話は日本語と外国語が混ざっており、唯一確実に理解が出来たのが固有名詞。
シカリウスとリカ。それからドン・バルトリと言う名前も出ていた。
ドン・バルトリとは春鳥興業のボス。それくらいは情報を貰っていた。
彼等は何者か……?
今の所有力なのは、春鳥興業の関係者である事。
会話の中からドン・バルトリと言う名前が出てきた以上そうなる。
「お前はオレ達と来て貰う。」
話し合いを終えた1人が懐から注射器を出す。
え…………。何それ?何の薬?
男が何か薬品を充填する姿に、今まで潜んでいた恐怖心が一気に顔を出す。
"麻薬漬け"そんなワードが頭をよぎる。ヤクザに身も心もズタボロにされる話。
同人誌の類で言えば、この後何をされるかなんて想像もしたくない。
私は捨て猫の様にガタガタ震え上がっていた。
ありがちな展開なのに、いざ目の前にすると恐怖で凍り付く。
抵抗の"て"の字も浮かばないまま、男は近づいてくる。
その時、男は床に落ちている缶を蹴飛ばした。
その音に我に返った私は逃げようとするも、あっけなく他の2人に羽交い締めにされる。
男2人の力には当然敵うハズもなく、為す術もないまま注射器の針が私の腕に押し当てられる。
嫌だ嫌だ嫌だ!
覚悟なんて全く出来ていなかった。
口では偉そうな事言ってても、その恐怖を前に、信じてもいない神に助けを願う。
危険な事をしているとは分かっていても、どこか自分だけは平気な気がしていた。完全に平和ボケだ。
「大丈夫だ。まだ殺しはしない……。」
「やめ…………ッ!」
針が私の皮膚を突き破る。
チクリとした痛みと、血管に何かが流れる様な感覚に陥る。
打たれてすぐに目の前の平衡が崩れ始める。人や物も全てが歪み、それは目眩を起こした時に似ていた。
やがて腕や足に力が入らなくなり、全身に怠さが駆け巡る。
あぁ……終わったな……。
その思考を最後に私の意識は完全に途切れた。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
「あ~みんさ~ん!起きて下さーい!こんな所で寝てたら風邪引いちゃいますよー!?」
もう少しだけ……お願い……。
「もう!全く!子供みたいなんだからぁ!」
あんたに言われたくないわ。それに色々あって疲れてんのよ。
「そんなにお疲れなんて何があったのー?」
あんたが失踪しちゃうから、私は必死こいて…………ってあれ……?
「へぇ~それは大変ですなぁ~!w」
他人事みたいに……。つかあんたここに居るじゃん!
「もちろん!!私はいつだってあ~みんさんの隣に居るんだからー!えへへへへー!w」
何よ気持ち悪いわねー。
「そんな事言ってぇ、顔が笑ってるしー!www」
…………ねぇ?もう居なくならない?
「う~ん…………それはぁ……。」
今いつだって隣に居るって言ったじゃない!
「ごめんなさーい……。」
何であんたが……。
「こればっかりは仕方無くて……。でもきっと全てが上手く行くハズ!!!」
居なくなっちゃうのに?私はあんたが居れば……。
「あ~みんさんは賢くてお優しいから!これからもきっと大丈夫!」
止めてよ……。そんなフラグ立てないでよ……。
「でも私達は何があってもずっと友達だからねー!!えへへへへー!w」
止めてよ!!!