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Episode 31

あいにくの天気のため、今年も星を拝む事が出来なかった七夕から一夜明け、今日は朝から突然の母親の訪問によりパラダイムに行くのが遅れてしまっている。

事務所を退籍した次の日、心配して電話を掛けてきた両親とは話はしたけど、その時の曖昧な私の態度に直接様子を見に来たらしい……。

現状をありのままに話す訳にもいかず、充電期間という話で落ち着き、その後は一緒にランチをして買い物にも付き合わされた。

予定があるからと説得の結果、ようやく母は夕方に実家へと帰って行った。


早く六本木に向かわなくては……。

まぁ特に約束の時間が決まっていたワケでは無いのだけど、何となく今まで皆昼過ぎにはパラダイムに集まっていた。

遅れる旨を連絡したかったけど、連絡先を交換してなかったので、直接謝りに行くしかない。

今からだとパラダイムの開店時間ギリギリになってしまう。せめてミーナさんに会えればいいけど……。


電車を乗り継ぎ六本木の街に降り立つ。脇目も振らずに向かうは国際通り。

しかし違和感を感じたのは通りに入ってすぐ。飲食店の多い表通りは、仕事帰りに飲み屋を探している人達や、食事に来ている人達ですでにごった返していた。

この時間はそれ程とはいかなくても、各国コミュニティーに集まる人が増える国際通りのハズが、今日はほとんど人が居ない。と言うか、お店が自体がほとんど閉まっている。

昨日の今日で、妙な胸騒ぎを覚えた私は真っ先にパラダイムへと向かう。幸いにも開店前に間に合っている。


パラダイムの前に来ても人気は無い。むしろ誰も見当たらない。

通りが死んでいる様に静か。私は急いでお店に入った。


ここでも入ってすぐに感じる異常さ。開店準備に追われているハズの時間に、店内は粛然としている。


「ミーナさーん……?」


誰も居ない受付に声を掛けても、勿論反応は無かった。

恐る恐る奥へと歩みを進める。この先に入るのは初めてだった。


「ミーナさーん……。張さーん……。」


恐怖心のせいか、小声で呼びかける。

先の通路は左右にドアが付いており、まるで小さなホテルの様になっている。

その1番手前のドアには"STAFF ONLY"と書かれていて、オフィスか何かと思われる。


そして私はそのドアの目の前に立つ。

外に居ても分かる鼻にツンと来る刺激臭と、鉄と生臭さが混ざった様な匂い。

この部屋の中に何かがあるのは確かだ。

意を決してドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開ける。この時の私の鼓動は、目眩を覚えるほど激しく脈打っていた。


中は電気も点いておらず、辛うじて部屋の輪郭が分かる程度しかない暗闇だった。広さはそれなりにありそうな雰囲気。

片付けていないのか、床には大きな"物体"が何個か転がっている。

部屋に足を踏み入れ声を掛ける。


「ミーナさん……?」


すると奥の物陰から苦しそうな声で返答がある。


「……アミちゃん?無事……だったの……?でも……バカね……何で来たのよ…………。早くここから逃げなさい…………。」

「ミーナさん居るんですか!?」


思わず声の主の方へ1歩踏み出す。しかしそこにも物体が転がっている事に気付いていなかった私は、それを踏みつけた拍子に体勢を崩し、壁に手をついた。

手をついた先には丁度良くこの部屋の照明スイッチがあり、意図もせずに部屋に明かりが灯る。


真っ先に目に入ったのは私が踏みつけている物体。

踏みつけている部分を頭とするならば、その先には胴体と腕があり、さらに先には脚らしきものが付いている。

床に転がっている物体は皆同じ形をしていた。

きっと深層ではこの時点で理解していたんだとは思う。けれど私の心の防衛本能がひとまずそれをブロックする。

私はどこか平静だった。その踏みつけている足を退けるまでは。


この場から逃げ出せという気持ちと、悪い冗談だという気持ちが葛藤し、平和ボケしていた私は後者を選択してしまった。

相変わらずこれ以上無いくらいに力強く鼓動する心臓を戒め、きっと何でも無いという訳の分からない自信から足を退けて物体を凝視する。


私が踏んでいた物体は…………張さんの顔をしていた。


その瞬間に遮断されていた情報が一気に目に飛び込む。

見た事のあるTシャツにデニムのパンツ。だらしなく開かれた口元からは、見慣れた金歯が顔を覗かせている。

1つ私の彼の記憶と違うのは、額には大きな穴が空いており、後頭部からはおびただしい量の赤い液体と、それが何であるのか考えたくもない白っぽいゼリー状の物が流れ出ていた。

頭から全ての血の気が引いて行く感覚をこの時初めて味わった。卒倒しないのが不思議なくらい、目の前の光景が大きく振動して見える。


周りに転がっている物体はそう、全て人間の死体だった。

床一面に広がる血液の海。それを目視した瞬間に再び鼻腔を抜ける鉄と生臭さが混ざった匂い。

頭での処理が追いつかないまま私の顔は引きつり、わなわなと震えだす。


「アミちゃん……?」


その声にギリギリ我に返った自分を奮い立たせ、こみ上げる嘔気を飲み込んで、声のする方向へと進む。

ミーナさんがそこに居る。彼女に会えば安心出来る。なぜだかそんな気がしていた。

しかし私のそんな幻想は一瞬にして打ち砕かれる。


入口から左手に並ぶ机。その角を曲がると横向きに倒れ込んでいる女性が見える。

ミーナさんだ。

彼女の身に付けている純白のドレスは、お腹の辺りから真っ赤に染め上がっている。


「大丈夫ですか!?」


すぐに駆け寄り、怪我の具合を確認する。


「止血しなきゃ!」


役に立つかも分からないハンカチを咄嗟に出し、腹部を押さえているミーナさんの手を退かして、それを傷口に押さえつけようとする。

その時、柔らかくて妙に生温かい感触が手に伝わる。彼女の傷口から何かが飛び出していた。


腸だ……。腸が飛び出している。

蛇の様に柔軟にうねるそれは、素人の目で見ても何であるか一目瞭然だった。


「ちょっとね……ダメ……みたい……。」


ミーナさんが力なく答える。


「そんな事無いです!病院に行けばきっと!」


立て続けの光景に感覚が麻痺した私は、必死に腸をお腹に戻そうと試みる。

しかし血液も相まってヌルヌルするそれは、中々収まろうとしてくれない。


「もう……ね……。下半身の……感覚が無いの…………。」

「諦めないで下さい!今救急車を……。」


思い出したかの様にスマフォを取り出そうとする私を、ミーナさんの手が制止する。


「私の事は……もう良いの……。ダメ……なのは……自分が1番分かってる……。そんな事……してないで……早く逃げなさい…………。アイツラに……見つかる前に………。」


その瞬間目を大きく見開いたミーナさんは、聞き慣れない音と共に、頭を大きく仰け反らせた。

反動で仰向けになった彼女は、その後ピクリとも動かなくなる。

張さんの様に、額には大きな穴が空いていた。

直後に漂ってくる花火の様な火薬の匂い。その刺激臭は、今まで必死に抑えていた嘔気を一気に解放する。


「オエエエエエエッ!ウエッ!ウエッ!」


小刻みに痙攣する胃は、今日母親と食べたランチを丸ごと逆流させた。

日本ではグロ表現に規制が入る海外ゲームに、日頃から散々文句を言っていた私はどこに行ったのだろう……。

『ちょっとやそっとのグロでは満足出来ない!』などとほざいていた私も、いざ現実に目の前にするとこの程度でしかない。


内容物を全て吐き出し、液体ですら残ってるか疑わしい胃の痙攣が収まった頃、後ろから話し掛けられる。


「もう出し終わったか?」


そう、ミーナさんは殺された。この声の主に!!!

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