Episode 29
ミディアさんと初めて会ってからもう1週間。私はあれから毎日この通りに通い詰めていた。七夕の今日もこうして来ている。
他に有力な情報を探せる場所も無く。この場所に足が向かうのは至極当然の事。
近くのお店で聞いた話によると、どうやらこの通りは日本人から呼ばれてる名は……。
【国際通り】
とても単純明快な名前。
ボラカイでミディアさんから新しい情報を聞き出すのは当たり前だけど、開店前のパラダイムでミーナさんと張さんとお喋りするのも日課となっている。
まぁ張さんはもっぱら私に情報を売りたいだけみたい……。
ミディアさんも張さんも少しの事でお金を取る。情報屋としては商品を話している訳だから、当たり前の事だとは思うけど……。
神崎さんから貰った封筒は見る見るうちに薄くなってしまった。彼は無知な私がこうなる事を見越して、多めの支度金を渡してくれたんだと思う。
でもそのおかげで、ヤクザとか裏社会について少しは詳しくなった。
「そうそう!この間話した春鳥興業の事で、新しい動きを掴んだんだけど買うかい?嬢ちゃんにも関係してるかもしれない事だし、オマケして5000円だ!」
「張さん!いい加減"嬢ちゃん"は止めなさいよ。ちゃんと"アミ"って名前があるんだから!」
「あぁすまなかった……そう呼んでたから癖でな。」
ミーナさんは頼れるお姉さんと言った感じ。私の言いたい事もズバズバと言ってくれる。
それより春鳥興業についての情報。それは神崎さんからも頼まれている。
「お願いします。」
そう言って5000円を渡す。
「毎度!前にアミはシカリウスについて聞いてきたよな?どうやら春鳥の奴らも少し前から彼を捜し回ってるらしいんだ。しかもやり方が尋常じゃない。彼に関わってると噂される人物が、手当たり次第に消されてるって話だ。」
詳しい事情は分からないけど、リカの失踪を期に裏社会は大きな動きを見せているらしい。
「ここまで春鳥が躍起になっているのは、シカリウスが奴らに対して何かやらかして、しかも奴らの重要な"何か"を持っているからじゃないかと、オレの情報筋では話題になってる。春鳥は現在、関連組織や同盟関係にある組織にも協力を仰ぎ、正に捜索に総動員と言った状態だ。」
殺し屋とヤクザやマフィアの対立。それとリカの関係性は何なのだろう。
「この件に関して、日本最大組織である鏑木会も協力に応じているとの話だ。」
「え……鏑木会も?」
神崎さん……。
「何だ意外そうな顔して。前も話したが、彼等は提携の話が進行中だ。協力するのは当たり前だと思うが?」
「でもそうしたらシカリウスって、日本全国の組織を敵に回してる事になるわよね?それで見つからないなら、とっくに海外逃亡でもしてるんじゃないの?」
「そこは難しいとこだな……。でも春鳥は日本国内だけじゃなく、世界中のマフィアと繋がってると言われてる。海外逃亡しても一緒じゃないかとは思う。」
「あらやだ。世界を敵に回す男なんて痺れるじゃない!1度会ってみたいわ~。ウチのお店来ないかしら?」
ミーナさんが少し乙女の顔になっている……。
「逃亡してんのにこんなショボい店に来る訳ねぇだろ!それに殺し屋だぞ?もし会えても危険この上ない。」
「ショボい言うなし!それに女はちょっと悪い男に惹かれんのよ!分かってないわね!ねぇ?アミちゃん?」
「ハァ……私はあんまり……。」
「ちょっとドコロじゃ無く極悪だぞ?人殺しまくってんだぞ?」
「うるさいわねぇ~。一々細かいから張さんモテないのよ!」
時々出る、2人のこの夫婦漫才みたいなのがとても好き。仲の良さが伺える。
「まぁとにかく!!シカリウスの情報は金になりそうだ。今晩は彼の情報を中心に探ってみる。もし何か分かったらアミにも明日教えてあげるからな!金用意しとけよ?」
張さんがいつもの通りニカッと笑う。私は完全に金ずるになってしまっている……。
「あらやだ。もうこんな時間?開店準備しなきゃ!アミちゃんは今日もあそこに行くの?」
「はいそうです!何か新しい情報があれば教えて貰う約束になってますので。」
「しかしあの女がこうも簡単に顔を合わすのを許すなんてね……。しかも毎日!アミちゃんもしかして只者じゃない?」
「さ……さぁ?私も何でだか…………。」
「まぁでも普通ではありえない事だわ。ラッキーだわね!」
「感謝しなきゃですね!」
誰にだろう…………。
「オレもう行くぞ?コーヒーご馳走さん!」
「張さんまた明日ね!それじゃアミちゃんもまた明日!」
「はい!今日もありがとうございました!」
「お構いなく!私もこのひと時が1日の中で1番好きな時間になってるの!明日も楽しみにしてるわ~。」
笑顔で見送ってくれるミーナさんは本当に気さくで良い人。リカが戻って来たらぜひ紹介したい。
エッチな事は耐性の無いあの娘の事だから、このお店に入るのを戸惑ってしまうかもだけど。
私はパラダイムから数分のボラカイにそのまま向かう。
いつもの通り裏口から入って行くと、いつもとは少し違った光景が目に入った。
ボラカイは仕事にあぶれた外国人に仕事も仲介している。それでいつも誰かしらがロビーに屯しているのに、今日は全く居ない。
それとは逆に、人手不足で受付に人が居る事はあまり無いのに、前にも会った黒服が立っていた。
「亜美さん。姐さんは今急用で外出してます。なので面会は出来ません。」
あらら……残念。まぁ忙しい身の上みたいなので、今まで毎日会えてた事の方が幸運だったのかも。
「それと伝言があります。『事態が変わった。この件からしばらく離れた方が良い。』との事です。」
「どういう意味でしょうか?」
「これ以上嗅ぎ回ると、亜美さんにも危険が及ぶ可能性が出てきたという事です。」
「何があったんですか?」
「今詳しく話す事は出来ません。今日はお帰り下さい。そしてこのエリアにもしばらく来ない方が良いと思います。」
「それでは納得が出来ません。」
「今は従って頂いた方が身のタメです。聞き入れて頂きたい。どうか……。」
「…………。」
半ば追い出される形でボラカイを出る。一体どんな事態になったのだろうか。
私の事を心配してくれてるのは分かるけど、いきなり拒絶されてもモヤモヤする。
丁度国際通りから出た所で、またしても見覚えのある光景に出くわした。
「今晩は。伝言が有りますのでお乗り頂けますか?家までお送りします。」
2度ある事は3度ある……。雪村さんが立っていた。