Episode 2
さて突然だが、俺は携帯電話というものが嫌いだ。もう少し気の利くヤツなら良いのだが、こいつが鳴る時は決まって仕事の依頼か、良くない知らせの時だからだ。
――そんな嫌わないでよ相棒!楽しい連絡が来ないのは君に友達が居ないからなんだよ?それに仕事の依頼が来なかったらご飯も食べれないよ!
……ほっとけ!
俺はいつもタイミングの悪い時に鳴る、融通の利かないこいつに親しみを込め、名前を付けている。
こんな妄想に入っている自分自身にもどうかと思うが……。こんな事を誰かに知られたら堪ったものではない。
――融通が利かないって、ぼくは連絡を君に繋いでるだけだよ!
それなら良くない報らせは拒否してくれ。
――ぼくにそんな機能は無いし、それに出てみなければ良いか悪いかなんてわからないでしょ?
良い報らせを持って来たことがないから言ってる。
――だからそれは君に友達が…………
あー言えばこー言う……。
――それは君もじゃないか!?
ったく……親の顔が見たいぜ。
――鏡持って来てー!
そうだっけ?
――そうじゃないの!?
………そうでした!
――冗談言ってないでほら!早く電話に出なよ!良い連絡だといいね!
……この状況でこのタイミング……しかもこの相手だ。良い報らせの訳がない。
俺は指をトリガーから外し、この静けさの中、場違いの様に鳴り響く携帯電話を、溜息混じりにタップする。
「ストオオオオオォォォォォォゥップ!!!!!!!!!」
…………開口一番からうるせぇ……。
電話の相手は依頼主、春鳥真帝王。イタリア系移民の3世で春鳥興業の組長をやってる。
数秒遅れて後ろの黒ずくめの携帯も鳴り、応答していた。内容は恐らく一緒だろう。
「もう少し静かに出来ないのかよ?イタリア人って奴は。」
「ハッハッハ!Scusa!もう殺しちゃったんじゃないかと思って焦ってたんだ!」
「電話越しでこんだけうるさいんだから、お前の隣の奴は鼓膜でも破れたんじゃあないか?」
「心配するな!オレのガッティーナはヘッドフォンで音楽聞いている!」
「別に心配はしてないんだが……。んで要件は何だ?中止か?中止でも金は全額貰うぞ?」
「安心しろ!金は予定通り払う。ただ気が変わって、生きたまま引き取る事にした。」
今回の依頼内容はターゲットの捜索、捕獲、殺害、そして遺体の引き渡しまでだ。
あとは殺して黒ずくめに渡すだけだったので、5分で終わっていた。全額貰える権利は確かにあるだろう。
しかしこの土壇場で中止するとは……。殺すには惜しい男なのか?ケジメを取らし、生かすつもりなのだろうか?
いやあの非情なマッテオに限ってそんな事はするはずはない。恐らくは直接制裁を加えるつもりだろう。
噂に聞くと、かなり残酷な拷問マニア。ターゲットに同情せざるをえない……。
「ともかく!!もうすぐそっちに着くから!待ってろ!」
答える間もなく電話は切れる。さて……この手持ち無沙汰をどーしたもんか……。
チラリと黒ずくめの方を見るが、彼は相変わらず車の側に立っている。こっちの視線に気付くと軽くうなずく。"電話の通りだ"とでも言いたげだ。
仕方ないのでこの目の前にいる不幸な男に今の話を伝える。
「察してる事とは思うが、マッテオが来るぞ。奴に身柄は引き渡す。それまで延命だ。良かったな!」
心にも無い事を言う。彼にとって今俺に殺された方が、幸せな事だろう。
マッテオの側でずっと働いていた男だ。その恐ろしさもよーく知ってるハズだ。さっきまで覚悟を決めていた顔は心なしか青白くなり、こめかみから汗が流れ始めている。
しかし男が開いた口から発した言葉は……
「取りあえずは生きながらえたってワケか。逃げるチャンスが出来たって事だな!さっきあんたが祈ってくれた、神の祝福がおりてきたかな?」
男にとっての状況は悪化しているように感じるが、なんとまぁ笑っている。
「なぜそんな前向きでいられるんだ?お前死ぬより辛い目に合うかもしれないんだぞ?」
先程から思っていた疑問をぶつける。絶望的な状況の中、コイツから出て来る言葉はいつもポジティブなものだ。
「前向きかぁ……。そう言って貰えるとありがたいな!常にそうありたいと願っている。ただ今の状況では、諦めの悪い男にしか見えんと思うが。」
「聞いていた人物像とは大分違っている。捕まえた相手を間違えたかと思うほどに……。」
「そうなんだ!!!自分は別人だ!だから開放してくれ!!!」
「調子に乗るな!あいつにも同じ事言えんのか?」
黒ずくめの方に顎でしゃくる。相変わらず直立不動だ。ロボットか何かかあいつは。
「冗談だ!怒るなよ。でも開放して欲しいのは冗談じゃないぞ!?」
「何度も言うが、お前を助ける気は毛頭ない!」
「まぁいいさ!チャンスはまだいくらでもある!!」
しかし呆れるくらいに前向きだな……。
「………絶望することは無いのか?」
「そりゃあるさ!今がそうだ。あんたが見逃してくれないからな!」
「全くそうは見えないんだが……?」
「そうか?まぁ絶望してても何も変わらんからな!1つでも自分の出来ることをするだけだ。それにまだ成し遂げたい夢がある!」
とても死に行く者から発せられるものとは思えない。
先程死の寸前まで経験し、これからさらにきつい死が待ってるであろう男から出た言葉は"未来"を語るもの。
この男の存在は俺を苛つかせる。下らない幻想を抱いて、現実逃避をしているだけにしか見えない。
――この人が羨ましいんじゃないの?その前向きさが!
…………うるさい黙れ。
聞こえる筈もない声に対して心の中で呟く。
「……なぁだから人助けだと思って…………。」
「いい加減にしろ!!!そのお前の夢とやらに俺は関係ない!!!再三言うが助ける気はない!もうマッテオが来るまで黙ってろ!さもなくば俺が殺すぞ?」
コイツの往生際の悪さももちろんだが、自分の中の処理できない、霧がかった言い様のない感情をぶつけてしまう。
正直さっき会ったばかりのタダの"対象物"に、心乱された事に焦慮を隠せずにいる。
「そんな怒るなよ……。まぁでもここであんたに殺されるのもいいかもな。正直ドンの拷問は受けたくないのが本音だ。」
「何だ怖いのか?お前の夢とはその程度か?」
「黙ってろと言う割には食い付いて来たな!」
しまった……。男がニヤケ顔でそう言うと、俺は後悔の念に駆られた。
「兎も角マッテオに引き渡すまでが俺の仕事だ。それまでは大人しく黙っててくれ!その後はどうしようと勝手だ。」
「…………あいつに捕まったら終わりさ……。」
そう言って押し黙った。
分かっている……。マッテオはそんなに甘くない。
漫画のヒーローじゃあないんだ。逃げるのはほぼ不可能。殺すと決まっていれば、先ずは足の腱でも切ってしまうだろう。
まぁ俺には関係ない。
――ホントの所はどうなの?
何の話だ?
――ちょっと同情してるんじゃないの?
仕事上の事に感情は一切感じない。
――ぼくに嘘ついても無駄だよ!
殺し屋だぞ?俺は。
――殺し屋だったっけ?君が始めた仕事は?
………………。
――結果的にそういう仕事ばかりだけど、出来ればそういう仕事はやりたくない!そう思ってるでしょ!
今更人を殺す事に何も感じちゃあいない。
――ぼくは知ってるよ!今までも、相手をなるべく苦しませないようにしてた事も!
確実に殺す方法を取ってるだけさ。
――今回も助けてあげたいと思ってる!違う?
俺はめんどい事は嫌いなんだ。知ってるだろ?
――怠惰なのは認めるけど、それとは違う問題でしょ?君の心はどう思っているの?
俺の心は早く仕事を終わらせて帰りたいと思ってる。それにこの男を助けるメリットがない。
――そんな世知辛い人間じゃないと思うけどなー
お前に俺の何が分かる!?
――全部知ってるよ。君はぼく。ぼくは君だから……
うるさいうるさいうるさい!!
――ぼくは君の心だよ!忘れないで!
先程からまた鳴っている電話を無視する。相手はどうせマッテオだ。
少しするとそれは途切れ、代わりに短い通知音が響く。メッセージを送ってきやがった。
仕方なしに内容を確認すると……。
「殺すなよ?絶対殺すなよ!!!」
…………ふざけているのだろうか?