表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/146

Episode 2

さて突然だが、俺は携帯電話というものが嫌いだ。もう少し気の利くヤツなら良いのだが、こいつが鳴る時は決まって仕事の依頼か、良くない知らせの時だからだ。


――そんな嫌わないでよ相棒!楽しい連絡が来ないのは君に友達が居ないからなんだよ?それに仕事の依頼が来なかったらご飯も食べれないよ!


……ほっとけ!

俺はいつもタイミングの悪い時に鳴る、融通の利かないこいつに(にく)しみを込め、名前を付けている。

こんな妄想に入っている自分自身にもどうかと思うが……。こんな事を誰かに知られたら堪ったものではない。


――融通が利かないって、ぼくは連絡を君に繋いでるだけだよ!

それなら良くない報らせは拒否してくれ。

――ぼくにそんな機能は無いし、それに出てみなければ良いか悪いかなんてわからないでしょ?

良い報らせを持って来たことがないから言ってる。

――だからそれは君に友達が…………

あー言えばこー言う……。

――それは君もじゃないか!?

ったく……親の顔が見たいぜ。

――鏡持って来てー!

そうだっけ?

――そうじゃないの!?


………そうでした!


――冗談言ってないでほら!早く電話に出なよ!良い連絡だといいね!


……この状況でこのタイミング……しかもこの相手だ。良い報らせの訳がない。

俺は指をトリガーから外し、この静けさの中、場違いの様に鳴り響く携帯電話を、溜息混じりにタップする。


「ストオオオオオォォォォォォゥップ!!!!!!!!!」


…………開口一番からうるせぇ……。

電話の相手は依頼主、春鳥真帝王(バルトリマッテオ)。イタリア系移民の3世で春鳥興業の組長をやってる。

数秒遅れて後ろの黒ずくめの携帯も鳴り、応答していた。内容は恐らく一緒だろう。


「もう少し静かに出来ないのかよ?イタリア人って奴は。」

「ハッハッハ!Scusa(ごめん)!もう殺しちゃったんじゃないかと思って焦ってたんだ!」

「電話越しでこんだけうるさいんだから、お前の隣の奴は鼓膜でも破れたんじゃあないか?」

「心配するな!オレのガッティーナはヘッドフォンで音楽聞いている!」

「別に心配はしてないんだが……。んで要件は何だ?中止か?中止でも金は全額貰うぞ?」

「安心しろ!金は予定通り払う。ただ気が変わって、生きたまま引き取る事にした。」


今回の依頼内容はターゲットの捜索、捕獲、殺害、そして遺体の引き渡しまでだ。

あとは殺して黒ずくめに渡すだけだったので、5分で終わっていた。全額貰える権利は確かにあるだろう。

しかしこの土壇場で中止するとは……。殺すには惜しい男なのか?ケジメを取らし、生かすつもりなのだろうか?

いやあの非情なマッテオに限ってそんな事はするはずはない。恐らくは直接制裁を加えるつもりだろう。

噂に聞くと、かなり残酷な拷問マニア。ターゲットに同情せざるをえない……。


「ともかく!!もうすぐそっちに着くから!待ってろ!」


答える間もなく電話は切れる。さて……この手持ち無沙汰をどーしたもんか……。

チラリと黒ずくめの方を見るが、彼は相変わらず車の側に立っている。こっちの視線に気付くと軽くうなずく。"電話の通りだ"とでも言いたげだ。

仕方ないのでこの目の前にいる不幸な男に今の話を伝える。


「察してる事とは思うが、マッテオが来るぞ。奴に身柄は引き渡す。それまで延命だ。良かったな!」


心にも無い事を言う。彼にとって今俺に殺された方が、幸せな事だろう。

マッテオの側でずっと働いていた男だ。その恐ろしさもよーく知ってるハズだ。さっきまで覚悟を決めていた顔は心なしか青白くなり、こめかみから汗が流れ始めている。

しかし男が開いた口から発した言葉は……


「取りあえずは生きながらえたってワケか。逃げるチャンスが出来たって事だな!さっきあんたが祈ってくれた、神の祝福がおりてきたかな?」


男にとっての状況は悪化しているように感じるが、なんとまぁ笑っている。


「なぜそんな前向きでいられるんだ?お前死ぬより辛い目に合うかもしれないんだぞ?」


先程から思っていた疑問をぶつける。絶望的な状況の中、コイツから出て来る言葉はいつもポジティブなものだ。


「前向きかぁ……。そう言って貰えるとありがたいな!常にそうありたいと願っている。ただ今の状況では、諦めの悪い男にしか見えんと思うが。」

「聞いていた人物像とは大分違っている。捕まえた相手を間違えたかと思うほどに……。」

「そうなんだ!!!自分は別人だ!だから開放してくれ!!!」

「調子に乗るな!あいつにも同じ事言えんのか?」


黒ずくめの方に顎でしゃくる。相変わらず直立不動だ。ロボットか何かかあいつは。


「冗談だ!怒るなよ。でも開放して欲しいのは冗談じゃないぞ!?」

「何度も言うが、お前を助ける気は毛頭ない!」

「まぁいいさ!チャンスはまだいくらでもある!!」


しかし呆れるくらいに前向きだな……。


「………絶望することは無いのか?」

「そりゃあるさ!今がそうだ。あんたが見逃してくれないからな!」

「全くそうは見えないんだが……?」

「そうか?まぁ絶望してても何も変わらんからな!1つでも自分の出来ることをするだけだ。それにまだ成し遂げたい夢がある!」


とても死に行く者から発せられるものとは思えない。

先程死の寸前まで経験し、これからさらにきつい死が待ってるであろう男から出た言葉は"未来"を語るもの。

この男の存在は俺を苛つかせる。下らない幻想を抱いて、現実逃避をしているだけにしか見えない。


――この人が羨ましいんじゃないの?その前向きさが!

…………うるさい黙れ。


聞こえる筈もない声に対して心の中で呟く。


「……なぁだから人助けだと思って…………。」

「いい加減にしろ!!!そのお前の夢とやらに俺は関係ない!!!再三言うが助ける気はない!もうマッテオが来るまで黙ってろ!さもなくば俺が殺すぞ?」


コイツの往生際の悪さももちろんだが、自分の中の処理できない、霧がかった言い様のない感情をぶつけてしまう。

正直さっき会ったばかりのタダの"対象物"に、心乱された事に焦慮(しょうりょ)を隠せずにいる。


「そんな怒るなよ……。まぁでもここであんたに殺されるのもいいかもな。正直ドンの拷問は受けたくないのが本音だ。」

「何だ怖いのか?お前の夢とはその程度か?」

「黙ってろと言う割には食い付いて来たな!」


しまった……。男がニヤケ顔でそう言うと、俺は後悔の念に駆られた。


「兎も角マッテオに引き渡すまでが俺の仕事だ。それまでは大人しく黙っててくれ!その後はどうしようと勝手だ。」

「…………あいつに捕まったら終わりさ……。」


そう言って押し黙った。


分かっている……。マッテオはそんなに甘くない。

漫画のヒーローじゃあないんだ。逃げるのはほぼ不可能。殺すと決まっていれば、先ずは足の腱でも切ってしまうだろう。

まぁ俺には関係ない。


――ホントの所はどうなの?

何の話だ?

――ちょっと同情してるんじゃないの?

仕事上の事に感情は一切感じない。

――ぼくに嘘ついても無駄だよ!

殺し屋だぞ?俺は。

――殺し屋だったっけ?君が始めた仕事は?

………………。

――結果的にそういう仕事ばかりだけど、出来ればそういう仕事はやりたくない!そう思ってるでしょ!

今更人を殺す事に何も感じちゃあいない。

――ぼくは知ってるよ!今までも、相手をなるべく苦しませないようにしてた事も!

確実に殺す方法を取ってるだけさ。

――今回も助けてあげたいと思ってる!違う?

俺はめんどい事は嫌いなんだ。知ってるだろ?

――怠惰なのは認めるけど、それとは違う問題でしょ?君の心はどう思っているの?

俺の心は早く仕事を終わらせて帰りたいと思ってる。それにこの男を助けるメリットがない。

――そんな世知辛い人間じゃないと思うけどなー

お前に俺の何が分かる!?

――全部知ってるよ。君はぼく。ぼくは君だから……

うるさいうるさいうるさい!!

――ぼくは君の心だよ!忘れないで!


先程からまた鳴っている電話を無視する。相手はどうせマッテオだ。

少しするとそれは途切れ、代わりに短い通知音が響く。メッセージを送ってきやがった。

仕方なしに内容を確認すると……。


「殺すなよ?絶対殺すなよ!!!」


…………ふざけているのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ