Episode 27
2人と別れ、私は1度裏通りから出て賑やかな表通りを歩く。
時刻は昼過ぎ。今日も食事を摂り忘れていた私は、思い出したかの様に空腹感に支配された。
取りあえず適当なカフェに入り軽食を注文する。
セットのコーヒーを啜りながら、改めてスマフォでボラカイを検索してみた。
やはり出て来るのはフィリピンにある島の情報。お店としての情報は出てこない。
今朝とある掲示板にも書き込みをしてみたけど有用なレスはまだつかず。
そうこうしている間にタマゴとツナサラダのサンドが運ばれて来た。
夜まではまだ時間がある。ゆっくりと焦らず食事をしよう。
リカはちゃんと食べれているだろうか?
食いしん坊のあの娘の事だから、お腹を空かせてたらきっと機嫌が悪くなってる。
ホントに子供っぽいんだから…………。
死んでいる可能性を考えないようにするため、リカとの想い出を必死に頭に浮かべる。
大丈夫。まだ決まったワケじゃない。
殺し屋がリカの失踪に絡んでいる事が確定しても、自分の眼で確かめるまでは決して信じない。
そう心に決めたんだ……。
結局夕方までそのカフェで過ごした。店員からは呆れ顔で見られていたけど、彼らも追い出す理由が無かった。一応何回かはコーヒーのおかわりを注文したのだから。
その間はずっとスマフォでの情報収集をしていた。ほんの少しの情報でも見つかれば、それは大きな手掛かりになるかもしれない。
犯罪の匂いのする掲示板も覗いてみた。でも都合よく欲しい情報が落ちているワケでも無く、そのほとんどが無駄足に終わった。
1つだけシカリウスと言う殺し屋の名が出てる板を見つけたけど、それはタダの噂話の類だった。
変化があったのは私が投稿した掲示板。そこで信憑性の高そうなレスが付いた。
『ボラカイは六本木にあるフィリピン系のキャバクラで、怪しげな一角にあるけど、近くの大使館の人達も使う高級店だよ!』
私の持っている情報と合わせると、かなり的を射た情報だと思われた。
やっぱりあの裏通りにあるんだ!あの中からキャバクラに絞って探せばいい。
時間を待ってカフェを後にする。午後6時過ぎと言えど、今だに昼と夜の狭間を演出している夕日は、どこか懐かしさを感じさせる。
昼も訪れた裏通りは、その時と比べ物にならないくらいに、人の往来が多くなっていた。それでも日本人の姿はほとんど見られない。
入口付近に集中する飲み屋街を素通りし、その先の風俗街へと急ぐ。目的地はこちらにあるハズ。
そしてそれは本当にあっけなく見つかった。昼間には無かったネオンサインにハッキリと"Boracay"という文字が浮かんでいる。
入口には屈強なドアマンが立ち、その出で立ちは、話通り高級クラブを連想させる。
しかしその裏には、張さんが『野良犬が棲み着いている』と言っていた路地。危なくはないのかと思う。
さて……どうやって中に入ろう…………。
見るからに日本人で女の私が、普通に入ろうとしても怪しまれるだけなのは明白。
それでも特に名案が浮かばないまま、足は入口へと向かう。
素通り出来るという一縷の望みを願うが、案の定ドアマンに止められる。
「何か用かな?お嬢さん?」
最近やたらお嬢さんやら嬢ちゃんやら呼ばれる。ガキっぽく見られる事にムッとしつつ、ドアマンを見返す。
「あの!私このお店で働きたいと思っているんですが!」
咄嗟にでまかせが口から出た。自分でも良く出来た嘘だと思った。
「え?そうなの?でもあなたは見るからに日本人だし……いきなり働きたいって言ってきた人は初めてだよ。」
「日本人だとダメなんですか?私は本気で言っているんです!」
こんな時本来の職業が役に立つ。何せ演技をする側なのだから。
「とにかく、僕はタダのドアマンだから分からないよ。今聞いてあげるからちょっと待ってて。」
インカムらしきもので誰かと会話を始める。
言語は私に理解出来るものでは無かったので、どんなやり取りがあったのかは分からない。
「何か分からないけど、会ってくれるみたいだよ。ラッキーだね!」
「ありがとうございます!」
そのまま正面から中に通される。
でも私はこの時、行動を全てを見られていた事をまだ知らなかった。
店内に入ると照明は薄暗く、予想に反してゆったりとしたBGMが流れていた。
少し待っていると黒服が来て、私を案内すると言う。
客席の脇を抜けて、奥の事務所らしき場所の前まで連れて来られた。
中に入る様に促すと、黒服はその場を去って行った。
意を決してドアをノックする。
「ドウゾー。」
コンコンコンと小気味よいノック音を響かせた後に、女性の声が中から聞こえた。
「失礼します……。」
オーディションにでも受けに来たかの様な緊張の中、部屋に入る。
そこに居たのは、メガネを掛け、デスクに向かい、凛とした表情で、書類に眼を通している東南アジア系の女性。
ありきたりな言葉しか出て来ないけど、キレイでカッコイイというのが私の第一印象だった。
「ウチで働きたいって?」
チラリと一瞬だけ視線をこちらに向けてまた書類に戻す。
「はい!そうです!」
「ウソだよネ?」
「はい!ウソです!」
もうここまで来たらもう演技の必要は無い。
「友達を捜しています。その為にまずはこのお店を探せと言われたので来ました。」
「ウチがどんな店か知っているんかネ?」
「いいえ……全く…………。」
書類を見るのを止め、メガネを外してこちらを見る。
「呆れたモンだネ……。よくそんな状況で来ようなんて思ったヨ。こんな所に。」
「どうしても友達を捜さなきゃいけないんです。」
ハァとため息をついて女性は続ける。
「普通なら一見には簡単に会わないんだけどネ。アナタには少し気になる事があったから……。」
私を知っている?
「ウチは色々とやってるんだけど、情報屋としても東京じゃ随一だヨ。どんな情報を希望かネ?」
「教えて貰えるんですか?」
「勿論カネは払って貰うヨ。商売だからネ。それにウチは張みたいには安くないけど良い?」
女性がニヤリとする。その表情に背筋が凍る感覚がした。
もしかして私が張さんと会った事も知っている???
疑問を押し殺して本題の質問をする。
「分かりました。払える額であれば払います。ズバリ聞きたい事は、シカリウスと言う人物についてです。」
その質問に意外にもその女性は目を丸くした。