Episode 26
「いえ……。とあるお店を探してて……。」
「取りあえずその先には何も無いよ。行かない方がいい。"野良犬"が棲み着いてて危険なんだ。」
「あ……はい。ありがとうございます。」
「探しものしてるって?オジさん色んな情報持ってるから、もしかすると力になれるかもよ?」
「本当ですか!?」
怪しさ満点だけど、今はどんな些細な情報でも欲しいという気持ちがある。
「取りあえずそこは危険だから少し移動しよう。なぁに変な事しようってんじゃないから安心してくれ。」
「はい……。」
安心など出来る訳がない。オジさんとは距離を取りながら、誘導される方に進む。
「所で嬢ちゃん、お金はちゃんと持ってるかい?」
「はい……。多少なら。」
さっき貰った封筒を思い出す。強盗目的だろうか……。
「そりゃ良かった!これで嬢ちゃんは立派な客だ。」
オジさんは振り返ってニッコリ笑った。歯は金歯ばかりで、怪しさは余計に増す。
やっぱり身ぐるみ剥がされる前に逃げる隙を……。
「あら張さん!どうしたの?可愛い娘連れて。」
ふいに風俗らしき店から出てきた女性が、こちらを見て話し掛けてきた。
「んー……何か商売娘じゃ無さそうだし……あんたまさか誘拐なんてしてないだろうね!?」
恐ろしい言葉が飛び出した。
「ここでそんなことしたらあの女に殺されちゃうよ!」
「してねぇよ!この嬢ちゃんは客だよ!」
「あらやだ!若い娘さんがこんな小汚いオッサンの情報に用があるなんて……。」
「うるせぇ!探しものしてるんだってよ!なぁ?嬢ちゃん?」
「え……あっはい。」
どうやら知られた顔らしい。少し警戒心が和らぐ。
「ねぇ私はミーナって言うの。あなたは?」
「アミです。」
「アミちゃんね?こんなオッサンに変なとこ連れてかれるよりも、うちのロビー貸してあげるからおいでよ。」
「良いんですか?」
誰か一緒の方がまだ安心出来そう。
「良いのよ~コーヒーくらいなら出してあげるし。」
「勝手に話進めやがって……。まぁ話するだけならどこでも良いか。」
お店のロビーを借りる事になった。
入ってみると風俗店というのは、まるで小さい医院の待合室みたいだなぁと思った。
その待合室に腰掛ける。ミーナさんはコーヒーを淹れてくると言って奥に消えて行った。
2人になりしばらく気まずい沈黙が流れる。
それを破るのは張さんと呼ばれた男性。
「さて……さっき聞こえたと思うが、オレは情報を売っている張と言う者だ。早い話が、嬢ちゃんは聞きたい情報を聞く、オレがそれに値段を付ける、言い値を払えばその情報を渡す。分かりやすいだろ?」
情報屋と言う人なのかしら……。現実にも居るのね。
「料金は高いのでしょうか?」
「それはピンキリとしか言えないねぇ。値段はオレの判断に任せて貰う形になる。」
「ミルクと砂糖は必要かしら?」
ミーナさんがコーヒーを持って戻って来た。
「ありがとうございます。お願いします。」
「了解。張さんはブラックで良かったのよね?」
「あぁすまない。」
「はいどうぞ!遮ってごめんなさいねー続けて続けてー。」
コーヒーをいただきながら話の続きをする。
「で?嬢ちゃんは何を探しているんだい?」
「はい……ボラカイと言うお店なんですが、ご存知でしょうか?」
「ボラカイかぁ……。」
「ボラカイねぇ……。」
2人して呟く。
「その店の情報料は1万だ。」
「張さん、あんたガメついわねぇ~そんな取るの?たかが場所教えるのに?」
「迷惑料込みだ。あの店に関わって良い事は無いからな!」
「守って貰ってるクセに何言ってんの!それに場所教えたくらいじゃどうもならないわよ!」
「うるせぇな!つーか商売の邪魔するなよ。」
「あの!私払います!」
私の発言にミーナさんはびっくりした顔を向ける。
「ほら見ろ!嬢ちゃんにとってこの情報はそれだけの価値があるんだ。」
「何言ってるの!確かにこの場所では情報はお金になるし、"知らない"という事は騙される対象になるわ。それでもあなたは危なすぎて見てられない。さっきもホイホイついて来て、もし私達がグルなら身ぐるみ剥がされるだけじゃ済まないかもよ?」
「確かに私には知識も、経験も、危険回避能力もありません。でもどうしてもボラカイと言うお店に行かなくちゃいけないんです。その為に無知な私が、代償を払うのは仕方の無い事だと思います。」
「事情があるのね……。それなら夜にまたこの通りに来なさい。そうすればあなたの探してる物も見つかるわ。」
「おいおい!そりゃねぇよ!嬢ちゃんはオレの客だよ?それになんで嬢ちゃんの肩を持つんだ?ここには事情を抱えた人間しか居ないのによぉ。」
「あら?張さんが情報を売るのも勝手、私がタダであげるのも勝手じゃない?それに私は小汚いオッサンより可愛い女の子が好きなの。」
「でもルールってヤツがだなぁ……。」
「商売の邪魔したのは謝るわ。その代わり今度お店に来てくれたら、タダで1発ヌいてあげる。」
「可愛い娘仕入れてから言えや……。」
「まっ!という事だから。夜にもう1度探してみるといいわ。」
「何か……すみません。」
ついでにもう1つを聞いてみる。
「オジさんが情報屋なら、もう1個聞きたい事があるんですが……。」
「ん?何だ?金になるなら大歓迎だ!」
「"シカリウス"と言う名前に心当たりありますか?」
一瞬にして2人共曇った顔になる。
「あなたみたいな子がどこでそんな名前を……?」
「どうやら嬢ちゃんの抱えてる問題はヤバそうだな。まぁ他人の事情には深く突っ込まないのが、ここの暗黙のルールだ。金さえ出してくれれば教えよう。と言っても、オレもシカリウスについて持っている情報は1つ。それだけでいいなら3000円でどうだ?」
一見良心的な値段なのかとも思うけど、さっきの件もあるので、ミーナさんの顔色を伺うと、手のひらを上に向け肩をすくめていた。
「分かりました。払います。」
封筒に頼らなくても、それくらいは財布に入っていた。
「毎度!」
笑顔で受け取る張さん。その口からは相変わらず金歯が見え隠れしている。
「シカリウスは一言で言うと殺し屋だ。」
やっぱり……。
「オレも素性はほとんど知らない。分かっているのは、彼がこのエリアでも更に異質な"街"の出身らしいと言う事だけ。その街について知りたければ別料金だ。」
取りあえずはシカリウスの事だけで充分。
「今は結構です。ありがとうございます。」
「何に巻き込まれてるか分からないけど頑張ってね!ここは悪い人ばかりでもないから。」
「そうですね!お二方の様に親切にして貰えるとありがたいです。ホントに私みたいな世間知らずに良くして貰って……。」
「良いのよー。こんな所でも人情ってやっぱ欲しいじゃない?私はそう思ってる……。」
ミーナさんは淋しそうにそう告げた。
「もし助けが必要ならまた来なさい。パラダイムのミーナって言えば、知ってる人もいるから。」
「何か何までありがとうございます!」
「そ・れ・に!お金に困ったらウチで稼がせてあげるから!本当はそれが狙いだったりして……。」
「それは……遠慮させて下さい……。」
「冗談よ!」
ミーナさんは笑っていた。
この人達に最初に出会えたのはとても幸運な事だったと思う。