Episode 22
中に入り少し落ち着かない私に、大森さんは紅茶を振る舞ってくれた。
もしかしたら話したら消されるかも!?なんて考えてた私はアニメに毒され過ぎていたみたい……。
しかもティーバッグではなく、キチンとポットから注がれたそれは、ミルクと砂糖のセットまで付いていた。
中々の女子力の高さに恐縮します!
しかしチラッと見えるキッチンの片隅には、出されていないゴミ袋がいくつか見える。引きこもっていると言う噂は本当らしい。
2人して一息付いた頃に大森さんが聞いてくる。
「さっきの話……どこで聞いたのですか?」
この食いつき具合が更に情報の信憑性を底上げする。
「私は大森さんを疑っているワケではありません。でも何か知っているとは思っています。」
相変わらず目を合わせてくれない彼女は、やはり後ろめたいものを抱えている証明になっているのではないかと……。
「一から話しましょう。私は失踪翌日から、個人的に捜索に乗り出しています。この数日は様々な人々に会いました。もちろんあの娘の家族とも……。」
紅茶を啜る。
「元々家によく遊びに行っていた私は家族とも顔見知りでしたし、向こうも私の事を1番の友達と認識してくれていた様です。ですので一昨日の話ですが、失踪当日あの娘が最後に居た場所。ムジカと言うレコーディングスタジオの監視カメラの映像を、警察から家族に確認をお願いされた際に、無理を言って私も同席させて貰いました。」
大森さんは神妙な面持ちで唇をキュッと結んでいる。
「結果的には、そこに証拠は一切映っていませんでした。最後にあの娘が映っていたのは、エレベーターであなたと共に"地下1階"、駐車場のフロアですね?そこに降りて行く映像でした。不幸にも駐車場には、出入り口のセキュリティーチェック以外には監視カメラはありません。そしてそこには不審車両の通行の映像もありませんでした。」
大森さんは飲み干してしまっているカップに何回も口を付ける。
私も飲み干せば、おかわりを作りに行く言い訳が出来るのであろうが、そこはあえて飲み干してしまうのを止める。
「あなたの証言では、この駐車場であの娘を待たせ、あの娘が置き忘れた物を取りに戻っている間に失踪したと……。それで良かったですよね?」
「……そうですね。」
「確かにあなたの言っている事と、監視カメラの映像は辻褄が合っています。でも私の集めた情報で合わない部分があるんです。」
「…………。」
「まず失踪当日、スタジオの受付をされていた女性。その方何故か次の日に自主退職されて、誰にも言わずに引っ越しまでされていますね。そして行き先は個人情報の為、私には追えませんでした。まぁそれだけでしたらタイミングがたまたま重なってしまっただけとも言えます。当日その方はずっと受付の監視カメラに映っていましたし、警察の方でも重要視はして無い様です。」
押し黙ってしまうが私の話は真剣に聞いてくれている。
「私昨日その女性の元同僚に会えまして。何も言わずに突然辞めた事は驚いてはいましたが、互いにそれほど親密な関係では無かった事と、以前より辞めたいとボヤいていたそうなので、その件は置いておきます。もう一つ、これが今日聞きたい事ですが……。当日の仕事終わりに偶然トイレで会ったそうです。その時、いわゆる"ガールズトーク"を少ししたそうなんですが、その時に『大森さんが連れていた男の人が格好良さげだった』と話したそうです。」
ここまで話せば何か反応があると思ったのに、大森さんは先程と変わらない表情。
「『どんな人だったの?』と聞くと、『夏なのに黒い長袖のジャケットを着ていて、警備の人』と答えたそうです。分かりますよね?この話と実際では矛盾があります。それは……"実際はあなたとこの受付の女性は当日に顔を合わせていない"という点です。」
大森さんはおもむろに立ち上がる。
「ごめんなさい……話の途中で。どうも喉が乾いちゃって……。あなたももう一杯どうですか?」
「……ではいただきます。」
大森さんはティーポットを下げ、キッチンでお湯を沸かし始めた。
そう……。当日の大森さんがスタジオに送り迎えした時間……。その間に2人が顔を合わせた映像は無かった。受付の女性はもちろんずっと受付に居たので、大森さんが受付を通らなければ会うことはない。
歌手のマネージャー業務を行う彼女は、駐車場の関係者入り口から入る事が出来るらしい。それは有名人である歌手をを一々表から入れさせない為。最近では顔出しもするウチらの業界でもそういう事は多い。
表から入る必要が無いのなら、受付を通る必要もない。必然的に会う事はない。それに映像の中の大森さんは1人かあの娘と居たか……男の人など一緒には居なかった。
「ごめんなさい……ミルクはそこにあるだけみたいです……。しばらく買い物に行けてなくて……。」
ティーポットを持って帰ってくる。
「話の腰を折ってしまいました。ごめんなさい。」
確かに勢いは削がれてしまった……。
まぁ紅茶が美味しいので良しとしましょう。
「身に覚えが無いのならそれで構わないんです。それに女子特有の話題作りの為に嘘をついたと言う可能性もありますし……。大森さんを責めているワケではありません。ただ少しでも手掛かりが見付かればと……。」
後半は本心だけど、彼女は何か知っている。それは態度を見れば一目瞭然、嘘を付くのはヘタなのでしょう。
「警察からはそんな話聞かれなかったですけど……。」
「ムジカのスタッフはまだ数名しか聴取されていません。この情報提供者は平社員ですし、恐らく警察にはまだ話していないのではないかと。それにもし話していたとしても、あなたと受付の女性は顔を合わせていない"物的証拠"が有ります。嘘の世間話として処理されるでしょう……。」
彼女のカップはまたしても空になる。よほど喉が渇いているのだろうか……。
「だからお願いします!何か知っている事があるなら教えて下さい!もしこの男性が実在するなら……。」
だけどその表情は次の瞬間に、打って変わって険しいものとなる。
「どうぞ今の話を警察にして下さい。私は何も知りませんし、何も言える事はありません。どうか紅茶を飲んだらお引き取り頂けますか?」
「どうしても話して頂けませんか?」
「言いました通り、私は何も知りません。」
「…………分かりました。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。」
残りの紅茶を一気に口に含み、帰り支度を始める。
残念だけど仕方がない。彼女を問い詰める権利は私には無いのだから。
帰り際に玄関で声を掛けられる。
「あの……私が言うのもなんですが……頑張って下さい……。」
そう言った彼女は少し寂しそうな顔をしていた。
「ありがとうございます。お邪魔しました。」
部屋を出て1階へと向かう。
今回の情報は核心に近いと思うけど、彼女が話したがらないならどうしようもない。
一応警察にも伝えるべきかを考える。
私がもし本当に"その男"に辿りついたとしても、何も出来る事は無いだろうし、最初から任せておくのが良いか……。
次の行動を考えているうちに外に出る。
時刻は既に遅く、辺りに人気は少なくなっている。
その暗闇のせいか、背後から近づく男の気配に気付かなかった。