表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/146

Episode 21

6月30日。梅雨らしく今日もどんよりとした曇り空。

それはまるで私の心を映しているかの様な空模様。

世間ではもう1年の半分だよなどと、お約束のネタを披露している。


あの娘の失踪から丸5日が経とうとしていた。

明日はあの娘の記念日だと言うのに、今だに音信不通だ。ひたすらにアプリをチェックする。

互いに愛用のSNSからメッセージを送っても、一向に既読すら付かない。


消息を絶ったのは25日の夕方。都内のレコーディングスタジオでの音合わせの後、次のイベントへの移動中に忽然と姿を消した。

私が気付いたのは翌日の午前中、彼女と共に出演しているラジオの収録時。その日突然事務所から病欠の連絡。

本人からの個人的な連絡は無かった。礼儀に敏感な彼女は、休む時は必ず個人的にも謝罪のメッセージを送ってくる。


タダ事ではないと感じ取った私は収録後に、個人的にも知っている彼女のマネージャーを問い詰めた。

しかし返ってきた答えは"何も分からない"というもの。

その日の内に出された事務所からの発表は、"急性の疾患によりしばらく全ての活動を休止する"という明らかに取り繕った嘘。

ゴーストライターが書いたであろう彼女本人からとされるメッセージは、親しい者にはすぐに偽物と分かった。


予定されていた彼女の活動は全てキャンセルされた。もうすぐ歌手デビューも控えていたのに、そのデビューイベントでさえ公式ウェブサイトでは中止の文字。

こんな事態を彼女が望んでいる筈は無かった。誰よりも仕事に真摯で、情熱を持っていた。


互いに疑心暗鬼になりながらも、表面上では仲良しにならなくてはならない。

そんな異常な業界の中で、彼女は唯一表裏も無く、いつも本気でぶつかってきてくれた。

私にとってはただ1人の"本物"の友人であり、妹のような家族である存在。


只々心配だった。彼女の身に何が起こったか。

本当に発表できないほどの病気じゃないか?事件に巻き込まれたんじゃないか?事務所とのトラブルでもあったんじゃないか?

そう言えば少し前に事務所を異動していた。歌手活動と連動する為、一時的なモノだと言っていたけど、実際はどうなのだろう……。

それに最近では立て続けに都内でも物騒な事件が頻発している。なんと銃撃事件も数回、昨夜も南の方で起こったらしい。


私の憂懼(ゆうく)の心はすぐに個人的な行動へと駆り立てた。

恥ずかしながらも仕事がそれほど多くは無い私に、時間を作るのは簡単な事。

家族にプライベートの友人、仕事仲間から各所属事務所、分かる範囲で情報を集めた。

やはり間違いなく病気では無かった。家族から聞かされたのは消息不明。

特に彼等にはやはり深刻な事態で、26日の夜には非公開ながらも、警察に捜索願を提出した。

しかしながらこの4日間の初動捜査でも大きな収穫は無かった。


私の方はと言うと、これまた少しの手掛かりしか無い。

怪しい点は沢山あるのだけど、そこは素人目には何でも怪しく感じてしまう。

1つ1つ確かめていくしか無い。


「あ~みん!今日皆でご飯行くんだけど一緒に行こうよ!」


今日の仕事終わりに仕事仲間が話し掛けてくる。

どーせまたSNSで"私達仲良しで~す"などとアピールするタメなのだろう。

最近はそういう営業が流行っている。とにかく女の子同士でイチャイチャする。

ハッキリ言ってウザい!私は上辺だけの馴れ合いが心底好きでは無い。


「ごめん!ちょっと行くトコあるからさっ!また誘ってよ。」


一応社会人としての社交辞令を返す。

しかし彼女らの顔は明らかに不満そうにしている。


「そっかぁ~残念!またね~。」


これまた社交辞令で引きつった笑顔で返される。


「あいついつもノリ悪くない?」

「友達居ないもんねぇ。」

「唯一の友達も休養中でしょ?かわいそ~。」

「キャハハハハハ!」


去って行く彼女達はワザと聞こえるように会話していた。

青筋が浮き出そうになりながらも手を振る。


気にするな私!どうでも良い相手に何言われても関係無いじゃないか!

言い聞かせつつも、あからさまな陰口は心を抉っていく。

どーせ今夜もどっかの掲示板で、有る事無い事書かれるのであろう。

たまに知らぬ顔してそれを見せてくるからタチが悪い……。


それよりそんな事に今は構っている暇は無かった。

収録現場を出てすぐにタクシーを拾う。今日尋ねる場所は決まっていた。

あの娘が最後に消息を絶った場所。ムジカと言うレコーディングスタジオ。そこで彼女が最後に会った人物。

あの娘の歌手としてのマネージメント業務を行っていた人物。


最重要人物かと思いきや、すでに警察からの事情聴取は行われていて、解放されている。

その時点で限りなくシロに近い。けど話を聞く価値はあると思う。


悪いとは思ったのだけど、そのマネージャーの自宅を調べさせて貰った。

失踪後の事情聴取の後は休職し、自宅に引きこもっているらしい。

失踪の責任の一端を担っているのは自分だと、最後まで一緒に居た自分を責めて落ち込んでいる。それが"表向き"の理由になっている。

私は今高級マンションが建ち並ぶ、その彼女の自宅へと向かっている。



30分ほどでその自宅へと辿り着く。見るからに高そうなマンションにため息をつく。

エントランスはオートロックだったけど、住人の出入りも多いため、何食わぬ顔で侵入出来た。

部屋は14階にある。高層階に住んでいる。中々良い給料らしい。

自分の古臭いアパートと比べて少し落ち込む……。


部屋の目の前に到着し、表札を確認する。

そこに書かれていたのは"大森"の文字。間違いない、ここだ。

緊張のせいか生唾を飲み込み、インターホンを押す。


ピンポーン。


どこにでもある呼び出し音が聞こえた。しかし応答は無い。

続けて何回か押してみる……。やはり応答は無い。

ドアの隣に設置されている電力量計を確認すると、在宅を伺わせるほど忙しなく回っていた。


これは居留守だ。こうなれば強行手段に出るしかない!


「すみませーん!!!」


素手でドアを激しく叩きながら大声を出す。

相変わらず応答する素振りを見せない。


……ったく!声優をナメるなよ!?


「すみませーーーーん!!!!!!!!結城事務所から来た者ですが!!!!!!!!行方不明になっているほ…………。」


そこまで言い掛けたトコで、ドタバタとドアが開けられる。

腹から本気で出した大声は、恐らくこの階全体に響くほどであったと思う。


「な……何ですか?」


蚊の鳴くような声で呟く。その顔はやつれ、目の下にはクマが出来ている。

依然玄関のチェーンロックは掛けられたままだ。


「お久しぶりです!以前にお会いしてますよね!?覚えていますか?」


とびっきりの営業スマイルで応える。

嘘は言っていない。以前あの娘のデビューが決まった後、一緒に会っている。


「あぁ……確かあの娘の友達だった……。」

「だった???現在も進行形で~す!その事でお話を伺いに来ました!取りあえず開けてくれません?」

「お話出来る事は全て警察に話しました……。今更何でしょうか?」

「1つだけ聞きたいのですが、失踪当日一緒に居た、黒いジャケットを着た男の人はどなただったのでしょう???」


バタン!!!と突然勢い良くドアは閉められ、次の瞬間にはチェーンロックを外されたドアが開けられる。

これは良い反応だ。昨日掴んだこの情報は、警察も知らない事じゃないかと言われた。どうやらガセネタではないらしい。


「そんな大声で……。もう!早く入って下さい!」


腕を掴まれ部屋に引き入れられる。

予想外に慌てた態度だった。

その勢いに私の体は極度に緊張していく……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ