Episode 21
6月30日。梅雨らしく今日もどんよりとした曇り空。
それはまるで私の心を映しているかの様な空模様。
世間ではもう1年の半分だよなどと、お約束のネタを披露している。
あの娘の失踪から丸5日が経とうとしていた。
明日はあの娘の記念日だと言うのに、今だに音信不通だ。ひたすらにアプリをチェックする。
互いに愛用のSNSからメッセージを送っても、一向に既読すら付かない。
消息を絶ったのは25日の夕方。都内のレコーディングスタジオでの音合わせの後、次のイベントへの移動中に忽然と姿を消した。
私が気付いたのは翌日の午前中、彼女と共に出演しているラジオの収録時。その日突然事務所から病欠の連絡。
本人からの個人的な連絡は無かった。礼儀に敏感な彼女は、休む時は必ず個人的にも謝罪のメッセージを送ってくる。
タダ事ではないと感じ取った私は収録後に、個人的にも知っている彼女のマネージャーを問い詰めた。
しかし返ってきた答えは"何も分からない"というもの。
その日の内に出された事務所からの発表は、"急性の疾患によりしばらく全ての活動を休止する"という明らかに取り繕った嘘。
ゴーストライターが書いたであろう彼女本人からとされるメッセージは、親しい者にはすぐに偽物と分かった。
予定されていた彼女の活動は全てキャンセルされた。もうすぐ歌手デビューも控えていたのに、そのデビューイベントでさえ公式ウェブサイトでは中止の文字。
こんな事態を彼女が望んでいる筈は無かった。誰よりも仕事に真摯で、情熱を持っていた。
互いに疑心暗鬼になりながらも、表面上では仲良しにならなくてはならない。
そんな異常な業界の中で、彼女は唯一表裏も無く、いつも本気でぶつかってきてくれた。
私にとってはただ1人の"本物"の友人であり、妹のような家族である存在。
只々心配だった。彼女の身に何が起こったか。
本当に発表できないほどの病気じゃないか?事件に巻き込まれたんじゃないか?事務所とのトラブルでもあったんじゃないか?
そう言えば少し前に事務所を異動していた。歌手活動と連動する為、一時的なモノだと言っていたけど、実際はどうなのだろう……。
それに最近では立て続けに都内でも物騒な事件が頻発している。なんと銃撃事件も数回、昨夜も南の方で起こったらしい。
私の憂懼の心はすぐに個人的な行動へと駆り立てた。
恥ずかしながらも仕事がそれほど多くは無い私に、時間を作るのは簡単な事。
家族にプライベートの友人、仕事仲間から各所属事務所、分かる範囲で情報を集めた。
やはり間違いなく病気では無かった。家族から聞かされたのは消息不明。
特に彼等にはやはり深刻な事態で、26日の夜には非公開ながらも、警察に捜索願を提出した。
しかしながらこの4日間の初動捜査でも大きな収穫は無かった。
私の方はと言うと、これまた少しの手掛かりしか無い。
怪しい点は沢山あるのだけど、そこは素人目には何でも怪しく感じてしまう。
1つ1つ確かめていくしか無い。
「あ~みん!今日皆でご飯行くんだけど一緒に行こうよ!」
今日の仕事終わりに仕事仲間が話し掛けてくる。
どーせまたSNSで"私達仲良しで~す"などとアピールするタメなのだろう。
最近はそういう営業が流行っている。とにかく女の子同士でイチャイチャする。
ハッキリ言ってウザい!私は上辺だけの馴れ合いが心底好きでは無い。
「ごめん!ちょっと行くトコあるからさっ!また誘ってよ。」
一応社会人としての社交辞令を返す。
しかし彼女らの顔は明らかに不満そうにしている。
「そっかぁ~残念!またね~。」
これまた社交辞令で引きつった笑顔で返される。
「あいついつもノリ悪くない?」
「友達居ないもんねぇ。」
「唯一の友達も休養中でしょ?かわいそ~。」
「キャハハハハハ!」
去って行く彼女達はワザと聞こえるように会話していた。
青筋が浮き出そうになりながらも手を振る。
気にするな私!どうでも良い相手に何言われても関係無いじゃないか!
言い聞かせつつも、あからさまな陰口は心を抉っていく。
どーせ今夜もどっかの掲示板で、有る事無い事書かれるのであろう。
たまに知らぬ顔してそれを見せてくるからタチが悪い……。
それよりそんな事に今は構っている暇は無かった。
収録現場を出てすぐにタクシーを拾う。今日尋ねる場所は決まっていた。
あの娘が最後に消息を絶った場所。ムジカと言うレコーディングスタジオ。そこで彼女が最後に会った人物。
あの娘の歌手としてのマネージメント業務を行っていた人物。
最重要人物かと思いきや、すでに警察からの事情聴取は行われていて、解放されている。
その時点で限りなくシロに近い。けど話を聞く価値はあると思う。
悪いとは思ったのだけど、そのマネージャーの自宅を調べさせて貰った。
失踪後の事情聴取の後は休職し、自宅に引きこもっているらしい。
失踪の責任の一端を担っているのは自分だと、最後まで一緒に居た自分を責めて落ち込んでいる。それが"表向き"の理由になっている。
私は今高級マンションが建ち並ぶ、その彼女の自宅へと向かっている。
30分ほどでその自宅へと辿り着く。見るからに高そうなマンションにため息をつく。
エントランスはオートロックだったけど、住人の出入りも多いため、何食わぬ顔で侵入出来た。
部屋は14階にある。高層階に住んでいる。中々良い給料らしい。
自分の古臭いアパートと比べて少し落ち込む……。
部屋の目の前に到着し、表札を確認する。
そこに書かれていたのは"大森"の文字。間違いない、ここだ。
緊張のせいか生唾を飲み込み、インターホンを押す。
ピンポーン。
どこにでもある呼び出し音が聞こえた。しかし応答は無い。
続けて何回か押してみる……。やはり応答は無い。
ドアの隣に設置されている電力量計を確認すると、在宅を伺わせるほど忙しなく回っていた。
これは居留守だ。こうなれば強行手段に出るしかない!
「すみませーん!!!」
素手でドアを激しく叩きながら大声を出す。
相変わらず応答する素振りを見せない。
……ったく!声優をナメるなよ!?
「すみませーーーーん!!!!!!!!結城事務所から来た者ですが!!!!!!!!行方不明になっているほ…………。」
そこまで言い掛けたトコで、ドタバタとドアが開けられる。
腹から本気で出した大声は、恐らくこの階全体に響くほどであったと思う。
「な……何ですか?」
蚊の鳴くような声で呟く。その顔はやつれ、目の下にはクマが出来ている。
依然玄関のチェーンロックは掛けられたままだ。
「お久しぶりです!以前にお会いしてますよね!?覚えていますか?」
とびっきりの営業スマイルで応える。
嘘は言っていない。以前あの娘のデビューが決まった後、一緒に会っている。
「あぁ……確かあの娘の友達だった……。」
「だった???現在も進行形で~す!その事でお話を伺いに来ました!取りあえず開けてくれません?」
「お話出来る事は全て警察に話しました……。今更何でしょうか?」
「1つだけ聞きたいのですが、失踪当日一緒に居た、黒いジャケットを着た男の人はどなただったのでしょう???」
バタン!!!と突然勢い良くドアは閉められ、次の瞬間にはチェーンロックを外されたドアが開けられる。
これは良い反応だ。昨日掴んだこの情報は、警察も知らない事じゃないかと言われた。どうやらガセネタではないらしい。
「そんな大声で……。もう!早く入って下さい!」
腕を掴まれ部屋に引き入れられる。
予想外に慌てた態度だった。
その勢いに私の体は極度に緊張していく……。