Episode 20
「ちょっと待ってくれ!今回は殺しの依頼じゃあない筈だ……。」
「ふむ……。確かにそうだが、先程も言ったように内容は変更する。勿論依頼料も上乗せする。当初の10倍でどうだ?」
金額としては悪くない。寧ろ普段の殺しの報酬より良い。しかし問題はそこじゃあない。
「俺にこんな少女を殺せってのか?」
「プロは依頼されたら、理由はどうであれ遂行するものだろう?それとも女は殺せないか?今更そんな騎士道振りかざす気じゃないよな?」
これも一理ある。
今まで"偶々"そういう仕事が来なかっただけで、特に自分で禁忌を決めていた訳では無い。
いざ来たら出来ませんなんてのは虫が良過ぎる。
何処かで自分の事は悪を打ち倒す"ヒーロー"だとでも思っていたのだろうか?
実際には只の"人殺し"でしか無い俺に、正義の心などある筈が無い。
助けてくれよ相棒。
――都合の良い時だけ猫撫で声あげるんだね……君は!
結局俺らの関係なんてそんなもんだろ?
――悲しい事言ってくれるじゃないか!そんな酷い事言う人に助言なんてありません!
そんな事言わずに……!
――何……?君が人殺しかって?それは間違っちゃいないけどね!
ハッキリ言うじゃあないか!相棒!
――だってそれは君が行ってきた結果でしょ?もう開き直りなよ!
俺にもっと選択肢があれば……!
――君はいつだって色んな可能性を持っていたでしょ?今回だって!
そんな事言われたって、どうしたら良いか分からないよ……。
――と言うかさ……ぼくに相談してくる前にはもうとっくに決まってるんでしょ?
……そうなのか?
――何度も言うけどさ…………
脳裏には真っ白に広がる景色のイメージが流れる。
――ぼくだけはいつでも君の味方だから!
「おい!シカリウス!!!聞いてんのか!?」
電話口からのマッテオの怒号に何故か口元が綻ぶ。
「うるせぇな!聞こえてるよ!お前……最初っからこうなるつもりで俺を雇ったな?」
「さあな……。」
「白々しい奴だ。良いだろう、請け負ってやる。ただし完了すれば報酬は12倍だ!」
そう俺は正義の味方じゃあ無い。そんなモノになりたい訳でもない。悪党は何処迄行っても悪党なのだ。
心に正直に動けばいい。今までもそうして来た。
俺はフリーだ。赴くままに行けばいい。
「手厳しいな……。しかし用意しよう。その代わりと言っては何だが、撃つ時はサプレッサーを外してくれ。実はカリナも所望している。その娘の最後を奪った音を録音したいんだ。」
相変わらず性癖の狂った奴等だ。その音を2人して興奮剤代わりにでもするつもりだろうか。
「銃声はどうする?」
「何のための音楽スタジオだと思ってるんだ?各部屋防音対策は完璧だ。特にそこの地下2階は一部の人間しか入れないし、一般社員にはバレない。」
その為にスタジオまで作った事に呆れつつも、サプレッサーを外す。
「外したぞ。それで事後はどうしたらいい?」
「その部屋は通称"処理室"だ。事後の"掃除"はこちらでやるから安心しろ。」
確かに言われてみれば、壁には明らかに不自然な傷や穴、至る所には謎のシミが付いている。
オマケに床の片隅には排水口らしき物まである。"掃除"は楽そうだ。
この部屋が作りかけに見えたのには理由があった。
「隣の倉庫にはバッグがある。終わったら遺体をこっちに持ってきてくれ、確認したい。だからなるべく顔を傷付けずに頼む。運搬には駐車場にウチの車があるからそれを使ってくれ。勿論運搬料は別で出そう。」
先程駐車場で見たの趣味の悪い車を思い出す。
……多分アレの事だろう。
「随分と用意がいいじゃあないか。段取り通りってヤツか?。」
「まぁ想定の範囲内ってヤツだ。」
「よくもまぁ……。」
「いいから早く進めてくれ。」
少しの間蚊帳の外にいた少女を改めて見つめる。
会話は勿論全て聞いていた彼女は、俺の視線に苦笑いを見せる。
「私やっぱり殺されてしまうんですね……?」
「悪いがそうなるな。」
出来れば命乞いなんて面倒なモノは聞きたくなかったので、いち早く銃口は真っ直ぐに心臓に向ける。
「あのぉ……やっぱ痛いですかね?私痛いのは苦手で……。楽なのが良いなぁってw」
まるで罰ゲームでも受けるかの様に聞いてくる少女に少し困惑する。
「出来れば痛く無いようにお願いしまッス!!!」
掌を合わせて懇願する彼女は、場違いなテンションで顔をクシャっとする。
俺はその雰囲気に見覚えがあった。そう"彼"に似ていた……。
余計な事を考える前に、改めて銃を構える。
そう……これで全てが終わる。これを放てばもう終わる。
「私……どうやらあなたに殺されてしまうみたいですが、それは私の今までの行為が、態度が、人の痛みに気付けなかった怠慢が原因です。だからどうか自分の事は責めないで下さい。」
最後まで微笑みを向けるその娘に、迷うこと無く3発の銃声を浴びせた。
その音はマッテオ達にも電話越しに伝わり、それは彼等には言い知れぬ快楽を与えた様だ。
『最近聞いたクラシック音楽よりも甘美な音だった。』そう言い放つ彼の異常性に構っている余裕は、今の俺には無かった。
通話を終了し、早速隣の部屋に行きバッグを探す。
マッテオの言った通り、隣は倉庫の様になっており、そこには古今東西の拷問器具も用意されていた。
中には使用済みを伺わせる物も有り、俺の胸糞を悪くさせた。
収納ケースの中から、ゴルフバッグの様な大きくてしっかりとしたバッグを見つけ、隣に持ち帰る。
部屋の入口には、既に防護服の様な物に身を包んだ掃除屋達が集まっていた。マッテオの対応はとことん早い。
そこの床に横たわっている彼女をバッグに入れ、担いで部屋の外に向かう。その体はビックリするくらい軽かった。
室内は模様替えしたかの様な紅い鮮血に染まり、咽返るような鉄の匂いに包まれていた。
来た道を戻ろうとすると、掃除屋が逆の道に駐車場直通のエレベーターがある事を教えてくれる。こいつらは常連らしい……。
隠された入り口から駐車場に入り、"例の車"に近寄ってみると、案の定鍵は掛かって無く、イグニッションの鍵穴にはキーが挿しっぱなしになっていた。
トランクに彼女を仕舞い、趣味の悪い車を動かす。セキュリティチェックを前に心配になったが、車を見るなり"通行可"の合図。やはり特別な車らしい。難なく外に出る。
届け先は春鳥の事務所ではなく、マッテオの個人的な邸宅を指定された。少し距離がある。またしても暫くのドライブとなりそうだ。
運転中の無音が嫌いな俺は、ラジオを適当に付ける。
そこから丁度良く流れてきたのは7/1発売のCDのCM。アーティストの名前はホリイリカ。
間違いなく後ろのトランクに乗っている彼女の名前だ。フルネームは初めて聞いたが、発売日とリカと言う名前が合致する者は恐らく他に居ないだろう。
それに今思い返すと、彼女の地声と透き通った歌声に聞き覚えがあった。何時ぞや同じくラジオで聴いたモノだった。
もう既に自身のデビューの日でさえ、舞台に立つ事は出来ない彼女に哀れみを感じながらも車を走らせる。
都心の渋滞を抜け、30分ほど走らせたとある場所で車を停める。
ここはまだマッテオの邸宅からは程遠いが、車を乗り換える必要がある。
トランクに居る彼女を、少し年季の入った乗用車に移す。
しかしこの車の後部座席は二重構造になっており、詳しく調べないと座席下の収納スペースには気付けない。
先程のトランクより若干快適な場所へと移した彼女を、バッグのジッパーを開け1度確認する。
「ハァ……やれやれだ……。」
心の底から溜息を吐く。
そこにある彼女の"寝顔"はまるで天使の様に健やかだった…………。
2章完