Episode 17
考えなくても間違いなくマッテオからだろう。
表示された名前に溜息を吐き応答する。
「何だ?今丁度向かってる所だぞ?」
「シカリウス、悪いが予定が少し変わっちまってな。お前1人にお願いすることになりそうなんだ……。大丈夫か?」
何を言っているのかこいつは。
突然の要望に呆気に取られる。
俺1人で行く???どんな相手かも何をするのかも知らないのに!?
「おいおい!俺は今回の件の詳細は何も聞かされていないんだぜ?」
「本当に悪いと思ってる。でも話は簡単だ。今回の相手は個人なんだ。それでシカリウスにはそいつに直接会って、そこでオレに電話して欲しい。後はオレが話をつける。お前はその間睨みを効かせてるだけでいい。勿論報酬は上乗せする。」
少しきな臭い話になってきた。
「元々不明瞭な依頼の上に、この土壇場での内容変更は怪し過ぎないか?」
「疑うのは分かるが、別にお前をハメようとしてる訳じゃない!それは本当だ。」
嘘はついてない様に感じるが、何かを隠しているのも事実だろう。
「頼むシカリウス!事はもう動き出しているんだ!」
あぁ……これなんだ。コイツからの依頼はいつも何処か俺を不安にさせる。
今までに嵌められた事も、危険な目に遭わされた事も無いが、何か裏がある様に感じる。
もし何かの拍子に失敗すれば、多大な被害を俺が受けるのだろう。
「どうしたシカリウス?今回の相手はお前に危害が及ぶ様な相手じゃない。それにお前を仕留めようとするなら、精鋭揃いの一個小隊が必要になるだろ?」
フフン!そうだろ?と言わんばかりに鼻で笑う。
マッテオは何を考えているか読めないが、こういう所は憎めない。
……考えても仕方ない。どうせこの仕事を最後に休暇でも取ろうと思ってたんだ。最後くらい博打に賭ってやろうじゃあないか。
さて鬼が出るか蛇が出るか……。
「……分かった。受けてやる。だが報酬は2倍だ!でなければ辞退させてもらう。」
「流石手厳しいな……。了解した。それで手を打とう。感謝する!」
「それでどうすればいい?」
「そこで運転してる女が居るだろ?そいつが相手の居場所を知っている。付いて行ってくれ。」
この女は一体何者なのだろうか……。
「少し電話を彼女に代わってくれないか?」
「いいぞ。」
とは言ったものの、彼女は運転中だ。
「マッテオからだ。」
そう言って携帯を耳に押し当ててやる。
「はい私です……。…………はい。…………はい。…………いえ。…………分かりました。」
会話内容は分からないが、何か指示を受けている様だった。
「終わりました……。」
こちらをチラッとだけ見る。
そんな死んだ様な目を見て、携帯を自分の耳に戻す。
「代わったぞ。」
「彼女に案内は頼んだ。後はよろしくな。」
「了解した。現地でお前に電話すれば良いんだな?」
「そうだ。頼む。」
「じゃあ後でな。」
マッテオとの通話を終える。
「それで……何の話をしてたっけ?」
「いえ………………。」
相変わらず消え入りそうな声で応えた。眉間にはずっと皺が寄っている。
「ただ…………噂によると殺し屋だというのは本当でしょうか?」
どこの噂だろうか。別段間違ってもいないので否定もしない。
「…………あぁそうだ。」
「じゃやっぱり…………。」
それっきり黙ってしまい、現地まで口を開く事は無かった。
目的地は都心にあるのか、辺りはビル群に囲まれつつある。
無言のまま更に車を走らせる事20分、都心では比較的工場が多く、それも彼方此方に積み上げられた紙の束から、印刷関係だと伺わせるエリアに入る。
そんな下町風情が残るこの一角に、目的地となるビルがあった。
「ここです…………。」
「これは……音楽スタジオ?」
看板には楽器のオブジェが付いている。
周りの建物に比べて大きなそのビルは、どうやらこの会社の持ちビルの様だ。
全てのフロアがレコーディングスタジオになっており、地下には駐車場も完備されている。有名人も出入りするであろう事への配慮だろう。
案内役の女性はそのままその地下へと車を入れ、セキュリティの所でIDらしき物を職員に見せる。
「ご苦労様です!どうぞー。」
チラッと確認するだけで俺達を通した。やはりこの女性は関係者か何かだろうか。
駐車場はそれなりに広く、何十台もの車が停まれるスペースがある。
会社への入り口にほど近い場所に車を停める。隣には黒塗りの上にフルスモークの明らかに怪しい車。そういう輩も出入りするのだろうか。
「付いて来て頂けますか?」
車から降りた俺を彼女が先導する。だが数歩進んだ所で突然踵を返す。
「すみません……こっちでした。」
「…………。」
大丈夫だろうか……?
新たな行き先は"入口"と書かれている矢印の向かう先。エレベーターホールだった。
しかしこっちにも空いている駐車スペースが有るのだが、なぜ少し離れた場所に停めたのだろうか……。
まぁ停める場所が決まっているのかもしれない。
エレベーターを使い地上階に入った俺達は、まずは受付へと向かう。
「お疲れ様です!こちらからいらしたのですか……?」
彼女の顔を見るや否や受付嬢が話しかける。
「急いでいたので……。」
「そうですね!恐らくもうお待ちだと思いますよ。」
IDを確認されることもなく、ここでは顔パスのようだ。
「お連れの方は……?」
やはり俺を確認すると怪訝そうな顔をする。
そりゃ俺の見た目は場違いな感じではある。
「今晩のイベントでの警護の方です。ついでなので顔合わせしておこうかと……。」
どういう話なのか分からないが、ここは合わせて何もしないのが得策だろう。
しかし声は震えてるし、目は泳いでいる。嘘を付くのはあまり慣れていないらしい。
「そうですか!色々大変そうですね。」
しかし受付嬢はそんな事は気にならない様子だ。信用があるのだろう。
それに、受付にある社名を見て少し成り行きを理解した。
社名は……。
【スタジオ ムジカ】
イタリア語か……?まぁそれだけで春鳥の関連会社だと伺わせる。
つまりは身内の処理を任された訳だな。この前のチンピラの件もそうだが、内部のコントロールが効かなくなってきているのかもしれない。
と言う事は、この女性は春鳥の関係者である事は間違いない。しかしどう見ても堅気にしか見えないのだが……。先導する彼女の姿を改めて凝視する。
彼女はメインのホールを素通りし、その奥の鍵の掛かったドアをカードキーで開け、そこにあったエレベーターも使わず、さらにカードキーで開けた先のエレベーターに乗り込む。
そして向かったのは上層では無く、また地下方面。
地下2階に降り立った俺達はとある1室へと入る。そこには軽食が用意されており、まるで控室の様だ。
「ここで少しお待ち頂けますか……?置いてある物はご自由にどうぞ。準備が出来次第お呼びしますので……。」
そう言って彼女は部屋を後にした。