Episode 16
「はぁ~……ホントにもうすぐなんですねぇ~。まるで夢のようです!!いや実際私の夢の1つだったんですけどね!w」
「そ……そうなんですか。その夢のお手伝いが出来て光栄です……。」
「いやぁ~感謝感謝ですよ!このチームの皆さんも、ウチのマネージャーさんも。ホントありがとうございますしか出てきませんよ。あ!!あと江戸さんも!そう言えば最近江戸さんにお会いしてないなぁ……。」
「江戸さん??」
「ウチの……あの……本所属の方のオーナーさんの1人なんですけど、すっごく良くして頂いて!前はよくお会いして、こんな私の事も気にかけて頂いていたんですけど……。お忙しい方だと思いますので、ここ3ヶ月ほどお見かけしてないですね……。」
「とても良い方なんですね?」
「とぉってもです!!!多分この件もご存知だと思うんですが……。自分の口からちゃんと報告できたらなぁって思ってます!急に決まってしまいましたからね。」
「近々会えるといいですね……。」
「はい!!!ありがとうございます!もちろん大森さんには1番感謝してますからね!!」
「いえ……私はそんな…………大した人間では無いですから。」
「???どうしたんですか?最近元気ないですね……。と言うか、日にちが迫るにつれて元気なくなっている様な……。」
「そ……そんな事ありませんよ。きっとウチにとっても大きなプロジェクトですので、緊張とか重圧とか……そんな感じですよ……ハハ!」
「えぇ!?そんな……。私の事でプレッシャーを与えてしまっているならごめんなさい……。」
「いえいえ!寧ろ私は一緒に仕事する度に元気を頂いているんです!だから全てが上手くいってくれればって思ってますよ。本当に……本当に…………。」
「ホントですか?やったぁー!そう言って頂けると嬉しいです!」
「……後1週間か…………。永遠に来なければいいのに…………。」
「え!?何かおっしゃいましたか???」
「いや!すいません……独り言です…………。」
―*―*―*―*―*―*―*―*―
光陰矢の如し……と言うか、忙しく過ごしていると時が経つのは早いもので、請け負った仕事もヘビーな物は無く、無理なく熟せた。そう俺は中々充実した2週間を過ごす事が出来た。
つまりは今日はもう25日となった。マッテオの依頼の日だ。
あれから春鳥の事務所にも顔を出したが、結局マッテオには会えずじまい。その後も顔を合わせることは無かった。
特に連絡も取り合っていたワケでは無いが、予定では夕方までに連絡が来て合流する事になっている。
少し気になるのは、相手の情報が一切知らされていない事。
今回の依頼は脅嚇への同行。大方同業者か何かへの牽制のつもりだろう。
相手が誰であろうと、俺は依頼された通りに行動するだけ、別段心配する必要はない。
そんな事を考えていると、まるでタイミングを計ったかの如くマッテオから電話が入る。
「よう!調子はどうだ?」
「ボチボチだ。それで手筈は?」
「取り敢えずこっちから迎えを送る。どこが良い?」
「そうだな……。15号線を南に下った所に処刑場跡がある。品川区の端っこだ。そこでどうだ?」
「随分とマニアックな場所だな……。まぁいい、そこに5時でどうだ?」
「あぁ大丈夫だ。」
「それじゃ!A dopo!」
電話を切ると、少し時間には余裕があるので、出掛ける前の一杯にコーヒーを淹れる。
「TVタレントで実業家の……さんが、今月の半ばから行方不明になっていると警察から発表がありました。仕事にも現れず、電話にも出ない知人が…………。部屋は…………。警察は何らかの事件に巻き込まれたと見て…………。」
垂れ流しているニュース番組からとある事件が報道される。
今となっては然程興味も無い。
そうこうしている内に、そろそろ出発しなければならない事に気付く。
装備は最低限で大丈夫だろうが、一応臨機応変に対応できるだけの物は準備していた。その中からライダースジャケットの、内ポケットに入る物を適当にピックアップして押し込む。
夏とはいえ、ホルスターを装備するにはジャケットは欠かせない。どうせ集合場所まではバイクで向かう予定だ。
持てる物だけ持つとさっさと家を後にし、近くに停めてあった愛機Ducati SSに跨る。
颯爽と風を切り走り出すが、この季節特有の生温い湿った空気は不快感を煽る。
夏用ジャケットとは言え、厚着であることに変わりはないそれは、余計に俺の不快指数を上昇させていた……。
交通状況は実にスムーズで、現地には予想より30分も早く着いてしまった。
少し離れた場所に駐車する。どんな車やバイクに乗っているかを、誰にも知られない様にするのは鉄則だ。
少し時間があるので近くのコンビニに寄り、冷たい飲み物を買って流した汗の補給をする。
集合場所の処刑場跡は大きな国道の脇道にあり、交通量が多く人の行き来が絶えないこの場所でも、やはり少し雰囲気が違って見える。
しかし首都高のICも近いこの場所は、車やバイクで遠出する者達の格好の集合場所にもなっている。
しばらくすると聞いていた車種、ナンバーの車が近くに停まった。
色はグレー。今日は黒じゃあ無いんだな、などと考えながら車に近づく。
向こうもこちらに気付いたのか、ドアを開けて降りてくる。
その姿は意外にも女性だった……。
スーツに身を包み、派手なアクセサリーも無く、まるで堅気のOLといった感じだ。
「あのぉ……シカリウムさんですか?」
殆ど合ってはいるが、変に間違えた呼び方をされる。その声には元気がない。
「……そうだ。そっちはマッテオからの使いか?」
「あ……はい……では行きましょう…………。」
物凄くテンションの低い女の人だ。これが素なのか、何か嫌な事でもあったのか……。表情も何処と無く暗い。
「おいお前大丈夫なんだろうな?気分でも悪そうに見えるが……。」
「いえ……すみません……大丈夫です……。こちらにどうぞ。」
その女性はまるで上司でも相手するように、後部座席のドアを開ける。
女性にされるのは酷く変な気分になる。
「いや……こっちで良い。」
助手席に自ら乗り込む。
「あ……すみません……。」
走り出した彼女は15号線から海岸通りに入り、都心の方へとハンドルを切った。
向かう場所も何も聞かされていない。
「マッテオ達との合流地点までは結構あるのか?」
「合流地点ですか?私はあなたをお連れすることしか伺ってません……。」
こいつも何も知らされていないらしい。
寧ろなぜこんな堅気らしき娘を迎えに寄越したのか。
実際俺を怖がっているのか、今にも死にそうな顔色をしている。かわいそうに……。
しばらく無言で車を走らせていた彼女がふいに沈黙を破る。
「あ……あの……。私が伺うなんて滅相も無い事なのですが……。」
「ん?何だ?」
その後もモジモジし、言い淀んでいた様だが、何か決心したように口を開く。
「あの娘は……どうなってしまうのでしょう?」
あの娘???何の話だ?
今回に関係する事なのか?それとも俺をマッテオの一味だと勘違いして、何か別の事を聞いてきてるのだろうか?
確かにこの女性は、マッテオに脅されて俺の送迎をしていると考えると合点がいく。その態度も言動も。
そしたら家族を人質にでも取られているのかもしれない。"あの娘"と言ったか……。娘が居るような歳にも見えないんだが……。
ヤクザのやり方に文句を言うつもりは無いが、少し哀れに感じてしまう。
「すまんが俺は……。」
言いかけたところで、着信音が俺の言葉を遮った。